地球大気の最も外側の領域(外気圏)は、内側の中性大気の熱圏と、外側の電離大気のプラズマ圏のはざまに位置し、宇宙空間との境界領域にあたります。外気圏の中性大気は、太陽光を散乱することにより特定の波長の輝線を発しています。このうち水素ライマンアルファ線の発光を「ひさき」により観測した結果、磁気嵐に伴う水素大気の密度変動が、プラズマ圏のイオンとの電荷交換反応(イオンと中性物質が衝突した際にイオン側に電子が移る反応)で説明できることがわかりました※1

最近の地球観測衛星(TWINS)により、地球を取り囲むように広がる中性水素の総量が、磁気嵐の発生に伴い突発的に増加(6〜17%)するという現象が新たに確認されました。本来中性である水素原子は磁場の影響を受けないことから、熱圏やプラズマ圏と何らかの相互作用を経て増加するということが示唆されていました。しかし、その詳細な物理過程は明らかになっていませんでした。

2013年に打ち上げられた「ひさき」は地球周回軌道から惑星の高層大気・磁気圏の観測を行っていますが、その飛翔高度は1,000 kmであるため、高度10,000 kmまで広がる地球外気圏大気の発光が常に視野に入ることになります。本稿では木星や金星の観測データにとっては汚染成分となるこのバックグラウンドデータを活用し、地球外気圏の中性大気の変動を追いました。2014年2月に中規模の磁気嵐が数回発生し、地磁気変動の2〜6時間後に中性水素の増加(約10%)が観測されました(13-図1)。

13-図1

13-図1 磁気嵐に伴う水素ライマンアルファ線の増光※1
(上) 2014年2月に観測された夜側の地球水素大気の発光強度の変動。黒点は1分ごとの観測データ、赤線は1周回ごとの平均値を表している。 (下) 地磁気活動度の指標(Dst指数、http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/, Kyoto University)。図中の黒点線はDst指数が最小値を記録した時刻、赤点線は水素大気の発光強度が最大になった時刻を示している。Dst指数の減少に伴い、水素大気の発光強度が増加しているのが確認できる。

外気圏中の中性水素の粒子数の収支は、熱圏およびプラズマ圏との相互作用により決まります。まず、熱圏との相互作用として考えられるのは、熱圏の膨張による外気圏への中性水素の流入量の増減です。磁気嵐発生後、極域に注入されたエネルギーは大気の擾乱を引き起こし、粘性の相互作用・熱伝導・摩擦による損失等により中性大気を加熱します。我々は2014年2月に発生した磁気嵐の中でも最大の地磁気擾乱を引き起こした19日のイベントに着目し詳細な解析を行いました。中性大気の経験モデル(NRLMSISE-00モデル)によれば、この時の熱圏温度は50Kほど上昇していました。しかし、このモデルにより求めた中性大気の組成・密度をもとに熱拡散方程式を解き、中性水素の増分に換算すると0.2%ほどにしか達しませんでした。10%の増加量を説明するためには、2,000K以上にも達する熱圏の温度変動が必要であり、これは現実的な値ではありません。さらに、過去の地球周回衛星(DE-2)の観測および地上分光観測から、熱圏温度は磁気嵐の発生から10時間以上遅れて上昇することが言及されています。この点においても、熱圏との相互作用では「ひさき」の観測結果を説明できません。

一方、中性水素の消失の要因の一つとして考えられるものが、外気圏の中性水素とプラズマ圏のイオンとの電荷交換反応(例えばH+H+→H++H)です。この反応により生成された中性水素は、中性になる前のイオンの運動エネルギーを持つために、高速で外気圏外に散逸します。通常、この消失と生成とが釣り合うことで外気圏は定常状態を維持しています。しかし、磁気嵐が発生すると、地球近傍のプラズマを閉じ込めている電場の発達によりプラズマ圏が縮小し、この電荷交換反応の衝突頻度が低下します。その結果、中性水素の突発的な増加が引き起こされるのではないかと我々は考えました。地球物理観測衛星(OGO-5)による粒子観測の結果から得られた経験式から、19日のイベント中にプラズマ圏界面が5地球半径から2 地球半径まで縮小していたことがわかっています。過去の地球磁気圏観測衛星(IMAGE)による撮像観測および前述のOGO-5の観測により得られた中性水素とイオンの密度分布をもとに、衝突頻度の低下による「ひさき」の視線上の中性水素の柱密度の増分を推定した結果、4×10¹⁰ cm²となりました。これは観測量である5×10¹⁰ cm²と同程度です。さらにOGO-5の観測結果から、夜側のプラズマ圏界面の変動は地磁気変動に対して2〜6時間遅れることがわかっています。この結果からも、磁気嵐発生に伴う中性水素の突発的な増加は、プラズマ圏のイオンとの電荷交換反応で説明できます。

このように地球外気圏の中性水素の分布・組成は磁場の擾乱に影響を受けます。他の惑星では、磁場・重力の強さや海洋の有無により、外気圏大気の発光の様相は地球と比べ異なるでしょう。実際、火星探査衛星MAVENによる観測では、球対称分布が仮定されていた火星コロナが球対称から外れる分布になっていることが明らかになっています。より詳細なコロナ観測を行うことで、惑星大気の散逸過程を解明する手助けとなるでしょう。

13 -※1 M. Kuwabara et al., J. Geophys. Res., 122, 1269-1276,doi:10.1002/2016JA023247 (2017).