金星の高度約100 kmより上空に広がる熱圏では、大気は主に昼側から夜側へ流れています。これは太陽放射で加熱される昼側から冷たい夜側へ向いた圧力勾配によって駆動されています。一方、金星の高度 45〜70 kmほどには厚い雲が広がっており、西向きの風が吹いています。この風の速さは秒速100 mに及び、この高度において金星の大気は約4日で一周しています(スーパーローテーションと呼ばれる)。この駆動メカニズムは分かっていませんが、雲層に存在する大気波動がその運動の駆動・維持に重要な役割を果たしていることが分かってきています。近年、こういった大気波動は超高層大気にまで伝搬し、金星の熱圏のダイナミクスにも影響を及ぼすことが提唱されていますが、その実態はよくわかっていません。また、金星は固有磁場を持たないため、超高層大気は太陽風に直接曝されており、太陽風の影響を受ける領域でもあります。私たちは、このように上下から影響を受ける金星熱圏のダイナミクスをより理解するため、「ひさき」を用いて研究を行ってきました。
2014年3月から2015年11月の間に、金星の極端紫外大気光の連続観測を5期間にわたり実施しました。この観測によって同定された輝線のうち、特に明るい酸素の輝線(83.4 nm、130.4 nm、135.6 nm)に注目しました。酸素原子は金星熱圏における主要成分の1つであり、金星熱圏の運動力学・化学的性質を理解する上で重要な成分です。これらの輝線は熱圏中の酸素原子が電離圏中の光電子と衝突することによって発光するので、その強度は酸素原子柱密度および光電子フラックスの変動に依存します。実際は、高い発光効率の高度120〜140 kmにおける変動を捉えていると考えることができます。
12 -図1a-dは太陽紫外フラックスおよび酸素大気光の発光強度の時間変動の一例を示しています。光電子は熱圏中のCO₂が太陽紫外光を受け光電離することによって生成されるため、大気光の発光強度は太陽自転周期と同期して変動しているのがわかります。大気光データの変動周期成分を求めると、太陽自転周期である約27日周期のほか、約4日周期で変動する成分が検出されました(12 -図1f-h)。これは金星全球の熱圏中の酸素原子柱密度または電離圏中の光電子フラックスに数パーセントの4日周期変動があることを示しています。さらに、5期間の観測の結果、この4日周期変動成分は金星の朝側を観測した時に強く現れる性質も明らかになりました※1,2。
一方、金星探査機Venus Expressが同時期に観測した太陽風の変動と大気光の明るさの関連を調べましたが、明確な相関関係は存在しませんでした。このことから、「ひさき」が観測した大気光の周期変動は熱圏上部からの影響で引き起こされているのではなく、熱圏下部からの影響を受けた熱圏酸素原子の密度変動が原因で起こっているのであろうと考えられます※1,2。
熱圏下部からの影響として、最初に述べた大気波動が関わっている可能性があります。地球では中層大気(成層圏や中間圏)において様々なスケールの大気波動が観測されており、中層大気の物質輸送に重要な役割を担っていることが知られています。このような大気波動は金星中層大気(雲層や中間圏)でも探査機によって観測されており、金星においても大気波動が物質輸送に重要な役割を果たしている可能性があります。私たちの観測結果は、こういった大気波動による物質輸送の影響が金星の熱圏高度にまで及んでいる可能性を示唆しています。
以上のように、「ひさき」の観測によって金星熱圏の酸素原子密度に約4日周期の変動が存在することが明らかになりました。しかし、これを駆動するメカニズムはまだ完全には解き明かされていません。私たちは、大気が4日循環している高度で生まれる大気波動が鍵を握っているのではないかと予想していますが、観測的な証拠はまだありません。より詳細な議論を行うには、金星中層大気の同時観測が必要となるでしょう。幸いなことに、私たちは金星探査機「あかつき」を有しています。「あかつき」は複数のカメラを搭載しており、2015年12月の金星周回軌道投入以降、雲層から熱圏下部にわたる様々な高度の観測を行っています。私たちは「ひさき」のデータと「あかつき」の同時観測データを組み合わせることで、今後も金星の熱圏と中層大気をつなぐメカニズムの詳細に迫っていきたいと考えています。
12 -※1 K. Masunaga et al., J. Geophys. Res., 120, 12, 2037-2052,doi:10.1002/2015JE004849 (2015).
12 -※2 K. Masunaga et al., Icarus, 292, 102-110,doi: 10.1016/j.icarus.2016.12.027 (2017).