GEOTAILが30年もの長い期間、地球周辺の宇宙空間を観測し続けたことによって生み出された科学成果は膨大なものです。図に示すように国際的な科学雑誌に掲載された論文数は運用終了時点の2022年12月の時点で1,307編、総引用回数は36,000を越えています。ここでは、膨大な科学成果の中から、私自身にも思い入れの深い、磁気圏尾部における磁気リコネクションに関する科学成果について、紹介させて頂きます。

磁気リコネクションは磁場エネルギーをプラズマの運動・熱エネルギーに変換する物理過程で、多くの宇宙プラズマ研究者の関心を集めている現象です。地球磁気圏では、磁気圏内のプラズマ対流や、活発なオーロラが発生することなどで知られる磁気圏サブストームと呼ばれる擾乱現象の主要因の1つとして重要なプロセスです。GEOTAILの科学目標の1つは「磁気圏尾部におけるリコネクションによる磁場エネルギーの解放やプラズマの加速の物理を解明する」ことでした。

GEOTAILのような地球周辺の宇宙空間における人工衛星による観測は、「磁気リコネクション現象が発生しているまさに"その場"で何が起こっているのか」を詳しく知ることができるという大きな特長を持っています。GEOTAILには、イオンと電子の速度分布関数を高精度に観測できる機器や幅広い周波数帯域で電磁場変動を精密に観測できる機器が搭載されており、"その場"観測の特長を最大限に活かせるように設計されていました。その結果、磁気圏尾部リコネクションの重要性を示す直接的な証拠を得ることに成功しただけに留まらず、磁気流体力学的な描像を越えて、プラズマを構成する個々のイオンや電子の振る舞いが磁気リコネクションの物理にとって重要であることを明らかにしました。沿磁力線ビームなど複数のコンポーネントからなる複雑なイオンの速度分布、イオンと電子が分離して運動する二流体効果、電子の非熱的加速、など、宇宙空間プラズマにおける様々な運動論的な物理過程が次々と見出されたのです。

中でも画期的だった観測の1つは、磁気リコネクションを駆動させる心臓部である磁気拡散領域を観測できたことです。わずか数例ではありますが、磁気リコネクションに伴ってアルフベン速を超える電子の流れ、など、磁気拡散領域内の磁気中性線の極近傍にのみ見ることができると予想されていた特徴を観測することに幸運にも成功しました。これらの観測結果や同時期に進展した数値シミュレーション研究の成果から、磁気拡散領域の空間スケールや構造の一端が明らかになり、磁気リコネクションの理解は大きく進みました。

1つの衛星による "その場" 観測は、ある一点での精密な観測データを得ることはできますが、磁気リコネクションの空間的な広がりを把握することはできません。このため、数多くの磁気リコネクションの観測例を集め、整理することによって、はじめて空間的な広がりを推測することを試みることができます。GEOTAILが近尾部軌道に遷移した1994年から運用終了までに243例の磁気リコネクションの観測データが集まりました。この内、電子加速を伴うような激しいリコネクションは93例しかありません。30年間でこれだけの観測例しか得られなかったことは、磁気リコネクションを"その場"観測することが如何に難しいかを物語っていますが、GEOTAILの軌道が磁気圏尾部のリコネクションの観測頻度をあげるために最適化されたものだったからこその成果です。

磁気リコネクションの観測コレクションからも、新しい知見が得られています。その1つは、磁気拡散領域の3次元的な空間構造が推定されたことです。イオンの流れを速度分布関数のレベルで解析し、磁気圏尾部を支える尾部電流中のイオンの運動論的な振る舞いと関連付けて考察することで、それまではほとんど議論がなされていなかった尾部リコネクションの朝-夕方向の構造を推定することができました。この他にも、長期間観測を活かして、太陽風の状態によって尾部リコネクションの発生位置がコントロールされることや、磁気リコネクションの発生場所は太陽風状態だけではなく、発生時の磁気圏の状態によっても影響されること、なども最新の研究成果で明らかになってきています。

このように、長期間観測があってこそ、観測確率が低い現象や長期的な太陽風に対する応答について調べることができました。これらは磁気圏研究にとって重要な課題です。GEOTAILが30年間も観測をすることができたことは、私たちにとって非常に貴重な研究の機会を与えてくれました。今後もGEOTAILの観測データは参照され続け、新しい知見をもたらすことでしょう。

※ 磁気リコネクションについては、例えば、GEOTAILの初期の成果を紹介した ISASニュースNo.166(1995年01月号)「オーロラの源を探る-GEOTAILが見た地球のしっぽ-」などもご参照下さい。

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GEOTAIL衛星の国際的な科学雑誌に掲載された論文数の推移
青線は累積論文数

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GEOTAILの成果を総括した上でその成果を将来につなげることを目的に開催されたGEOTAILシンポジウム@東大本郷キャンパス・小柴ホール(2023年3月28 - 31日)