ジオスペースにおけるプラズマは、時として、O+イオンの密度が急激に増加し、イオン組成が大きく変わることがあります。背景プラズマのイオン組成は、その場所で生起する数多くの電磁気現象の性質を支配するパラメータであるため、その変化原因や変化領域を明らかにすることが極めて重要です。1980年代後半以降、高度20000 km ~ 25000 kmあたり(GPS衛星が飛翔する高度)の朝側を中心とする「O+イオン高密度領域」の存在が指摘されてきました。その生成機構については、リングカレント高エネルギー粒子とプラズマ圏低エネルギー電子の相互作用の結果、熱エネルギーが電離層に輸送され、それによって電離圏のO+イオンがジオスペースに漏れ出してくるというアイデアが提唱されてきましたが、このアイデアでは、O+イオン高密度領域が朝側に集中する理由を説明できないため、新たな観測やアイデアの提唱が望まれていました。

「あらせ」の観測により、サブストームが起こった時に、真夜中のオーロラ帯から非常に多くの低エネルギーO+イオン(~ 10 eV)がジオスペースに向かって流れ出していることが明らかになりました。図1は、その一例を示しています。Wp指数はサブストームの発生を示す指数で、赤矢印で示したように連続して3回サブストームが起こっていることが分かります。この時、高度約30000 kmのほぼ真夜中辺りを飛翔していた「あらせ」は、サブストームに伴って磁場双極子化(ΔHの増加)が発生していることを観測していました。この磁場双極子化に伴って、O+イオンの増加が現れており、そのエネルギーは1 keVくらいから始まって10eV辺りまでゆっくりと変化していました。これは、オーロラ帯の電離圏から「あらせ」の位置までO+イオンが磁力線に沿って飛んでくる間に、イオンの速度によって到達時間が変わっていくという速度フィルター効果によるものと考えられます。一方、H+イオンについてはあまり明確な増加はみられませんでした。すなわち、サブストームが起こるたびに、O+イオンのみが選択的に電離圏からジオスペースに供給されていることが示されています。このような例は、「あらせ」が夜半球を飛翔している14か月分のデータから55例みつかっており、一般的に起こっている現象と考えられます。さらに、計算機シミュレーションを実施することにより、ジオスペースに供給されたこれらのO+イオンはゆっくりと朝側に動いていき、その空間分布は、これまでに報告されてきたようなO+イオン高密度領域の形状と非常に似ていることが明らかになりました。これは、電離層から出てきたO+イオンが低エネルギーであるため、共回転電場による西向きのドリフト効果が強く現れ、真夜中から西へ向かって朝側に移動することによると考えられます。ジオスペースにおけるO+イオン高密度領域分布の朝夕非対称性をうまく説明することのできる、この新たな形成機構の提唱は、「あらせ」の観測データ解析と計算機シミュレーションの両面から可能となったものです。

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図1:サブストームの発生に伴って真夜中のオーロラ帯からジオスペースに流れ出した低エネルギーO+イオンの観測例。上から順に、サブストームの発生を示すWp指数、「あらせ」が観測した磁場変動、H+イオンフラックス、O+イオンフラックスを表示している。サブストーム(Wp指数の増加)が連続して3回発生した時に、「あらせ」は磁場双極子化(ΔHの増加)と1 keVから10 eVあたりまでエネルギーが変化するO+イオンフラックスの増加を観測していた。