観測機器の立ち上げ
VOI-R1が目前に迫った2015年10月、科学機器チームは緊張の日々を迎えていました。軌道投入後速やかに観測を始められるように、各機器を電源オンとしその健全性を確認する作業を行ったのです。たかが電源オンとあなどるなかれ。これら機器は2011年に遠方からの金星測光観測を実施して以来、探査機温度の上昇を軽減するため長期電源オフの休眠状態に入っていました。その期間は4年以上。長年使わず保管した電気器具に再度通電したがうまく動かない、皆さんはそんな経験はありませんか? ましてや宇宙空間です。近日点通過のたびに設計時の想定を上回る高温環境を経験し、宇宙放射線も降り注ぐ。調子が悪くなる機器があっても、ちっとも不思議ではないのです。電子機器ももちろんですが、フィルターホイールやカメラシャッター、冷凍機など可動機械も大変に心配されたのでした。
機器チームはまず、2010年打上げ後の初期運用の記憶と記録を掘り起こし、各機器の消費電力と温度の正常範囲、ステータス確認項目等、健全性を示す手順を改めて明確化し臨みました。ただし2015年10月の「あかつき」は地球から電波で往復10分を要する遠距離を飛翔中。コマンドへの返事を得るまでこれだけ待たねばならない上、太陽に近いことによる温度条件から衛星の向きに制約があります。高利得アンテナは地球へ向けられず、中利得アンテナによる低速度での通信となるため、機器ステータスをリアルタイムで確認することはできません。画像データとともにそれらもいったんデータレコーダに記録し、後で再生する必要があるのです。リアルタイムで機器ステータスを確認できないことが、またいっそう緊張を高めます。
図8に示すように、5台のカメラはすべて同じ面に取り付けられています。温度や軌道・姿勢の制約を考慮して、紫外イメージャ(UVI)、1µmカメラ(IR1)、中間赤外カメラ(LIR)の各カメラでは撮像を、2µmカメラ(IR2)では冷凍機駆動装置の電源オン時の消費電力のみを測定することとしました(IR2が撮像可能温度まで冷えるには、丸一日以上の時間が必要なのです)。超高安定発振器(USO)については、周波数の安定度を確認しました。各チームはその実施日まで、まるで面接の順番を待つ受験生のような気持ちでいたのでした。
紫外イメージャ:UVI(2015年10月14日)
先陣を切ったのはUVI。まずは、1次電源(PCU)からUVI制御装置へ短時間の電源供給を行い正常な消費電力値であることを確認する作業です。冒頭で述べた通り、ここで不合格になる可能性だってあるわけで、自機器が壊れるだけならまだしも異常電流が流れて「他機器へ害を及ぼす」のがいちばん心配されたことでした。幸いそのようなトラブルはなく、次のステップ、観測シーケンスによる試験観測の実施です。ひととおりの作業を終え、データを再生。観測中ステータスはフィルターホイールが正常に回転したことを示していました(安堵)。取得された画像は、明るい恒星が視野内に存在しなかったためダーク画像のような深宇宙画像でしたが、長期間に浴びた放射線の影響(それらは、あれば白傷・黒傷として現れます)も見当たらず、検出器が健全であることを確認しホッとしました。
中間赤外カメラ:LIR(2015年10月16日)
次いでLIR、やはり短時間の電源供給により正常な消費電力値であることを確認。そして、試験観測。再生した観測中ステータスではペルチェ素子による検出器冷却の温度安定性、シャッターの正常駆動が確認できました。取得画像は、視野中央部のレンズと周辺部のバッフルからの熱放射が作るパターンが期待通りに見られ、これも試験合格です。
1µmカメラ:IR1(2015年10月19日)
IR1も手順はUVI、LIRと同様。再生した観測中ステータスよりフィルターホイールが正常に回転したことを確認。画像はUVIと同じくダーク画像同様のものでしたが、明らかなデッドピクセルは見当たりませんでした。これも合格。
2µmカメラ:IR2(2015年10月19日)
IR1と同じ日、IR2は探査機電源から冷凍機駆動装置IR2-CDEへ短時間の電源供給を行いました(カメラの駆動制御装置はIR1と共通なので、個別に確認する必要はありません)。IR2-CDEの消費電力値も正常であることを確認して合格。
超高安定発振器:USO (2016年2月1日)
カメラ群から一足遅れて超高安定発振器(USO)も目を覚ましました。電波掩蔽観測の要であるUSOは、発振子を精密に一定温度に保つことでその周波数を安定化させています。覚醒後に測定された周波数安定度は打上げ前と変わらず、これも合格。
こうして慎重に再立上げをクリアした科学機器たち、いまや金星周回軌道で大活躍しているのはパブリックリリースを通じ知られている通りです。2013年の太陽活動極大がとても低調だったという幸運はありましたが、やはりこれら科学機器が丁寧に作られた「素晴らしい工芸品」であったというしかありません。もう一つの雷大気光カメラ(LAC)については、ちょうど本稿執筆中に新しい情報が入ってきましたので、最後にそれを紹介して筆を置くこととしましょう。
雷・大気光カメラ:LAC(2016年8月2日)
雷を検出する目であるAPD素子の最高感度を得るためには300 Vの高電圧を必要とします。探査機の日陰通過ごとに徐々に電圧を高め、8月2日に270 Vで「初めて雷光の検出」を試みました。300 V時の1/5程度の感度であり雷シグナルを検出はしなかったものの、金星の縁(リム)を回り込む太陽光への反応らしきものが見られました。その反応の仕方も含め、装置は健全のようです。次の日陰シーズンは2016年11月以降で、いよいよ最高感度で雷検出に挑みます!