地球の周りにある空気を利用して宇宙へ

風洞実験の準備中だと伺いました。

今回の風洞実験は、スペースプレーンの研究開発の一環です。地球から宇宙へ向かう手段として、現在はロケットが使われています。ロケットは、燃料とそれを燃やすための酸化剤を搭載して打ち上げられます。地球の周りには空気があって、空気は酸化剤となり揚力も生み出しますが、ロケットはそれをまったく使っていません。一方、地球の周りにある空気をうまく使って宇宙に向かおうというのが、スペースプレーンです。

私は学生時代からスペースプレーンのエンジン、特に空気を吸い込むエアインテークの研究開発に取り組んできました。

エアインテークの開発には、どういう難しさがありますか?

スペースプレーンのエンジンは、エアインテークで空気を吸い込み、ファンで圧縮し、燃焼器で燃料と混ぜて燃焼させ、発生したガスをノズルから高速噴射することで推進力を生み出します。どの要素にも開発の難しさがありますが、エアインテークはエンジンの要素で最も上流にあるため、その性能でエンジンの最大性能が決まってしまうというのが特徴です。エアインテークの性能が低いと、下流の要素の性能をどんなに上げても挽回することはできません。

エアインテークの役割は空気を吸い込むことですから、空気の流れにさらす必要があります。しかし、機体から突出させると、抵抗が大きくなってしまいます。一方で、空気密度が小さくなる高高度においても十分な空気流量を確保しなければなりません。安定な燃焼を行うために、超音速で流入する空気を減速することも必要です。エアインテークの性能を最大化できる形状や取り付け位置などを検討するためにも風洞実験が欠かせません。

風洞実験は、どのように行うのでしょうか?

宇宙研には最大でマッハ4(秒速1000m以上)の空気流をつくり、超音速での飛翔環境を模擬できる超音速風洞があり、そこで実験します。模型を風洞内に設置して超音速の空気流を当て、空気の流れの可視化や圧力分布などの測定を行います。空気の流れの可視化は備え付けの装置で行いますが、圧力は模型にセンサーを付けてチューブを風洞の外まで引き出して計測する必要があります。圧力の計測点は数十箇所にもなるので、チューブの取り回しに苦労します。

風洞の測定部は一辺60cmの正方形なので、模型はそこに収まるサイズに制限されます。そのため、実際の大きさでの空気の流れや圧力を十分に表しているとはいえません。そこで、数値計算も行い、その結果と風洞実験の結果を比較します。風洞実験は体力を使う、大変な実験です。それでも宇宙輸送システムを一歩でも前に進めたい、エアインテークの風洞実験もその一手だ、という思いで取り組んでいます。

自由に宇宙へ行って戻ってくる

どのような宇宙輸送システムを目指しているのでしょうか?

自由に宇宙へ行って戻ってくることができる。その実現が、宇宙輸送システムが目指すゴールだと考えています。「行って戻ってくる」を実現するには、再使用可能な輸送システムの確立が必要です。機体を再使用できるようになれば、打上げコストが下がり、打上げ頻度も増え、「自由に」にも近付くでしょう。

再使用可能な輸送システムにおいては、アメリカのスペースX社がはるか先を走っています。そこで使われているのはロケットエンジンです。スペースX社としての戦略があるのだとは思いますが、地球の周りには酸化剤になる空気があるのだから、それを使わない手はないだろうと私は思うのです。スペースプレーンで、空気吸い込み式エンジンを使うことで酸化剤の搭載量を減らせれば、推進効率が向上し、コストも下がります。

ただし、空気吸い込み式エンジンを使った宇宙輸送システムは、まだありません。技術的に難しいのです。難しいからこそ、私たちの手でスペースプレーンを実現し、「飛行機のように」自由に宇宙へ行って戻ってくることができる世界に到達したいと思っています。

地上から地球低軌道へ、さらに深宇宙へ

「宇宙輸送システムを一歩でも前に進めたい」という言葉がありました。ほかの取り組みについても教えてください。

スペースプレーンは地上から地球低軌道への輸送を担いますが、宇宙輸送といったときに、地球低軌道から深宇宙への輸送もあります。最近は、地球低軌道から深宇宙へ飛行する軌道間輸送機(深宇宙OTV)の研究開発にも取り組んでいます。

探査機は、まずロケットで地上から地球低軌道へ運ばれ、放出されます。そこから目的の天体へは、探査機の推進システムによって飛行していきます。探査機には、目的の天体で探査を行うための部分と、輸送を担う部分があるのです。探査を行う部分は、目的に応じてカスタマイズされた一点物になります。一方、輸送を担う部分は標準化して共通のものにできるのではないか、という検討を進めています。

探査機の輸送を担う部分を標準化することで、どのような利点があるのでしょうか?

ロケットは、打ち上げる探査機に応じてカスタマイズされるわけではありません。大部分は標準化されていて、取り付け部分などがオプションとして用意されています。探査機についても輸送を担う部分を標準化すれば、どのミッションでも同じものをつくればよくなります。それによって、設計や試験にかかるコストを下げることができます。

輸送は、お客さんがあってこそのものです。深宇宙宇宙輸送のお客さんは探査機です。探査機の任務は探査であり、輸送は探査を下支えするもの。だからこそ、輸送の部分は低コスト化が求められます。標準化しコストを下げることは、お客さんが集まる、つまり宇宙探査の頻度を増やすことにもつながるでしょう。

深宇宙OTVの標準化に向けて、どのような取り組みを行っているのですか?

深宇宙OTVにおいて標準化できる項目はどれか、どういうオプションを用意すべきかなどの検討を始めたところです。

私は以前、地上から地球低軌道への輸送と軌道間輸送は、飛行環境がまったく違い、技術も大きく違うので、分けて考えた方がよいという立場でした。しかし今は、分けるのではなく、地上から地球低軌道へ、さらには深宇宙へと続く宇宙輸送システム全体を俯瞰して考えるべきだという立場に変わりました。ロケットの標準化で培ってきた知見や技術は、深宇宙OTVの標準化にも適用できると思うのです。

地球低軌道の間や、地球低軌道から静止軌道への輸送を行うOTVは、すでに実用化されています。一方で深宇宙OTVはまだありません。検討中の次世代小天体サンプルリターンミッションで、深宇宙OTVの標準化を見据えた探査機の開発に、世界に先駆けて取り組もうとしています。

ゴールを俯瞰し、現実的な一歩を考える

研究開発を進める上で大切にしていることはありますか。

遠いゴールを描くことは、とても重要です。しかし、一足飛びにはゴールに到達できません。ゴールまでどういう段階を刻み、各段階でどういうアプローチをするかを考えることも、遠いゴールを描くことと同様に重要です。

私は、遠いゴールに向けた現実的な一歩を考えることを、常に意識しています。しかも、その一歩は、ゴールに向かっているという実感を伴う一歩でなければいけません。

スペースプレーンのエアインテークの研究開発や、深宇宙OTVの標準化に加え、衛星プロジェクトで軌道や姿勢を制御するスラスタを担当したり、サンプルリターンカプセルのパラシュートシステムを開発したり、再使用型ロケットや重力天体着陸機の着陸ダイナミクスの研究も行っています。いずれも宇宙輸送システムの前進につなげる意識で取り組んでいます。

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きっかけは「たけさき」の打上げ

子どものころは、どういうことに興味がありましたか?

父が体育教師だったからでしょうか、運動が好きでした。野球、陸上の三種競技、テニス、そして北海道で育ったので冬はスキーと、いろいろなスポーツをしていました。でも、どれも得意というわけではなかったかもしれません。今もスポーツは好きですが、もっぱら観戦ですね。

子どものころから機械いじりも好きでした。ものづくりに携わりたいなと、漠然と思っていました。

航空宇宙工学の道へ進んだきっかけは?

中学生のときに、宇宙実験用小型ロケット「たけさき」(TR-IA)の打上げをビデオで見たことが、きっかけの一つだったと思います。そのビデオは、NASDAの広報企画に応募した記念品として送られてきたものでした。その映像を見て、ロケットをつくる仕事があると知り、ロケットなどの飛ぶもの、特にそのエンジンに興味を持つようになったのです。

実は、どういう企画だったのか、なぜ応募したのか、ほとんど覚えていません。でも、飛ぶものへの興味や、それを自分でつくりたいという思いは、そのときから今も変わらず持ち続けています。

【 ISASニュース 2025年1月号(No.526) 掲載 】(一部加筆)