運用終了宇宙実験・観測フリーフライヤ SFU

SFUは、多数のミッションを繰り返し行うことができる汎用性の高い実験モジュールとして開発された。打上げ機から放出された後、数ヶ月の間無人で実験を行い、有人宇宙船で回収して地上に戻るという従来の人工衛星とは趣を異にする宇宙船である。

電波天文観測衛星「はるか」 回収型衛星 EXPRESS

フリーフライヤの活躍する舞台は地球の低高度軌道(300km~500km)で、打上げ機から放出された後、数カ月の間実験を行い、回収されて地上に戻るものです。繰り返し利用できることから汎用を旨として設計されています。従って、特定のミッションのために設計された従来の人工衛星とは趣を異にする宇宙船です。

SFUは、研究者が宇宙環境を容易に使用できるように設計されています。したがってSFUの意味は、(1)研究者に対して打上げロケットと標準化された実験設備を提供し、(2)飛行のチャンスを増やしコスト・ダウンを図るために、回収と再使用を実現することです。
SFUの初飛行の目的を優先度の順位に言えば、(1)打上げ・軌道上実験・回収を行うことによって回収・再使用システムの有効性を確認すること、(2)軌道上で科学・工学実験と天文観測を実施することにありました。

SFUは、保守整備をして飛行を繰り返すことから、運用面で飛行機に似たシステムです。航空機の大先輩、ライト兄弟の”Flyer”にあやかって、「スペースフライヤ」と名付けられました。

機体データ

名称(打上げ前) SFU
国際標識番号 1995-011A
開発の目的と役割 ・打上げ、軌道上実験、回収を行うことによって回収、再使用システムの有効性を確認する
・軌道上で科学・工学実験と天文観測を実施する
打上げ日時 1995年3月18日 17時1分
場所 種子島宇宙センター
ロケット H-IIロケット試験機3号機
質量 約4000kg
形状 直径約4.7m×高さ約2.8m 太陽電池パドル別
軌道高度 約300km~500km
軌道傾斜角 28.5度
軌道種類 位相同期軌道
軌道周期 約90分
姿勢制御方式 三軸姿勢制御方式(ゼロモーメンタム)
回収日時 1996年1月13日
回収手段 米国スペースシャトル(STS-72)
着陸場所 NASAケネディ宇宙センター 1996年1月20日
主要ミッション機器 宇宙科学研究所(当時)
・IRTS(宇宙赤外線望遠鏡)
・2DSA(2次元太陽電池実験)
・HVSA(高電圧太陽電池実験)
・SPDP(宇宙プラズマ実験)
・EPEX(電気推進実験)
・MEX(宇宙材料実験)
・BIO(宇宙生物学実験)

宇宙開発事業団(当時)
・EFFU(暴露部実験)
・GDEF(気体力学実験)

USEF
・GHF(傾斜型電気炉実験)
・MHF(反射型電気炉実験)
・IHF(等温電気炉実験)
運用 打上げののち、高度330kmの軌道に投入された直後、太陽電池パドル(SAP)が展開され、3月23日までに軌道高度はミッション遂行の高度である486kmまで引き上げられた。
ランデブー・オペレーションでは、最初に計画されたコントロール・ボックス方式のランデブーから、グラウンド・アップ方式のランデブーに変更された。それはSTS-72の燃料に余裕があり、オービターを直接SFUに接近させることが可能になったためである。シャトル打上げの2週間前、RCSの2つのスラスターに不具合が見つかった。残りのスラスターを使って太陽指向の姿勢が回復し、リアクション・ホイールと磁気トルカーによって姿勢が維持された。それ以後は10個のスラスターが回収オペレーションのために確保された。
STS-72(エンデバー)は1996年1月11日に打ち上げられ、高度472kmの回収予定軌道に乗った。オービターに近い所での回収作業が1月13日に軌道を4周する間に行われた。2枚の太陽電池パドル(SAP)の収納は、MET(ミッション経過時間)の1日目の22時28分に始まり、畳まれたことを確認する信号が確認されず失敗に終わった。部分的に開いてまた畳む実験を3度繰り返したが、ついにSAPの収納をあきらめることになった。その後SFUは日本人宇宙飛行士の若田光一氏の操るマニピュレータ(RMS)で掴まれ、オービターのカーゴ・ベイに収納された。STS-72は1月20日ケネディ宇宙センターに到着した。
観測成果 搭載されたミッション機器により、多くの観測成果を得た。

・IRTS(宇宙赤外線望遠鏡)
この望遠鏡は全体が超流動ヘリウムによって2度K(-271度C)まで冷却されるため、雑音源となる望遠鏡自身の熱放射は極限まで減らされます。その結果、口径は15cmと小型ではありますが、赤外線放射に対して非常に高い感度を備えた望遠鏡となり宇宙の涯からやってくる非常に微弱な赤外線でさえ測定する事ができます。SFUを回転させることによって広く空を掃天することができます。望遠鏡の焦点面には、波長1ミクロンから1000ミクロン(1ミリメートル)にいたる赤外線の全波長域をカバーする、4つの赤外線観測器があり、星、星間ガス・ダストなどのスペクトルが空の広い領域にわたって観測されました。その成果は、本格的な赤外線望遠鏡「あかり(ASTRO-F)」計画に引き継がれていきました。

・2D Array(2次元展開実験)
将来必要となる様々な大型宇宙構造物システムでは、膜面やケーブルのような構造要素が使われます。 張力だけしか受け持たない膜面やケーブルは、うまく組み合わせるととても軽くて構造効率のよい宇宙構造物となります。しかもそれらは簡単に小さくたためてしまうので、宇宙空間での輸送にも大変都合が良いのです。
2Dアレイ(2次元展開アレイ)システムの研究では、このような張力構造物の特性をはっきりとつかまえることが第一の目的です。2Dアレイは平面の収納展開方法(ミウラ折り)を用いています。この折り方によると、平面の端部をひっぱるだけで、大きな面積の構造体を簡単に宇宙に造りあげることができます。
そのような構造体の一例として、効率のよい展開型の太陽電池アレイを開発することも大切な目的として、展開収納実験や振動実験が成功裏に実施されました。 

・HVSA(高電圧ソーラーアレイ実験)
太陽電池は現在最も信頼性の高い宇宙電源です。要求電力の増大にともない、開発すべき高性能化、高信頼性化技術要素も多くなっています。その一つは、地上ではすでに実用されている高電圧の発電と送電です。ところがこのような高電圧機器にめがけて宇宙プラズマが猛烈な勢いで衝突し、様々な現象を引き起こします。ソーラーアレイの周りにはプラズマシースと呼ばれる荷電粒子の雲が形成され、漏電や異常放電、また最近の研究では電離層大気抵抗の発生や材料劣化などが指摘されています。

・SPDP(宇宙プラズマ計測)
人工衛星は真空中に静かに浮かんでいるわけではなく、宇宙プラズマ中をイオン・マッハ数を超える猛烈な速度で航行するため、例えば超音速ジェット機が大気中で作るのと同様の強い乱れを周辺プラズマ中に発生します。すなわち、飛翔体前方ではショック波が励起され、後方では強い密度擾乱領域が形成されます。また、周辺プラズマ温度も数千度上昇すると考えられています。これらの擾乱は飛翔体のスケールが大きい程、大規模かつ強力なものとなることが理論的に予測されています。宇宙で各種の実験を行なったり、宇宙基地建設のための船外活動を行なう場合には、この飛翔体周辺特有の宇宙プラズマ環境を監視する事が必要となります。プラズマ計測装置は、飛翔体周辺のプラズマ環境を計測し、宇宙実験や衛星運用を支援するとともに、飛翔体周辺プラズマ環境の形成メカニズムを研究しました。その研究結果は、彗星など太陽風プラズマ中を運行する天体周辺のプラズマ現象の研究にも直接応用できると期待されています。

・EPEX(電気推進実験)
プラズマ・エンジンは、惑星間旅行や太陽系を跳び出すような将来の恒星間飛行など、人類のかぎりない挑戦の夢を果せるものです。最新の宇宙技術、例えば太陽電池、太陽発電、さらには宇宙原子炉の進歩の結果、電気推進ロケットは木星以遠の深宇宙探査ばかりでなく、月や地球周辺の軌道間輸送機のエンジンとして最も有力な候補です。
SFUで行う実験では、MPDスラスタ・システムというプラズマエンジンの機能が世界で初めて試されました。このエンジンでは、燃料にヒドラジン(N2H4)が使われ、アーク放電によってこれを摂氏数万度にも及ぶプラズマ状態にして、今までの化学ロケットでは決して到達できなかったスピードまで加速して噴射しました。4万秒を越える運転時間、1100秒という高い比推力が達成され、地上のテストと遜色ないものとなりました。
これによって、宇宙船の積荷を大幅に増やすことや、月や金星や火星への、あるいはもっと遠い星へ行くための飛行速度を速めることが出来る様になると考えられます。

・MEX(凝固・結晶成長実験)
先端技術の発展には、組成や欠陥を高度に制御された材料を作る技術が不可欠となります。しかしながら、地上ではしばしば環境相中に流れが生じ、溶質の拡散濃度場の乱れの原因となるのです。その結果として組成の欠陥分布の不均一が生じます。SFUでは、透明有機物質の溶液に微量の染料を混ぜることにより、凝固界面形状と界面前方の溶液中の濃度変化を可視化しました(左図)。地上でこの様な写真を撮影するには、試料を極力薄くして流れによる乱れを抑える必要がありますが、SFUでは、大きな試料を用い、流れのない静かな環境で凝固・結晶成長実験を行う事ができました。その際、光の干渉を利用した顕微鏡によって、界面形状、液相中の濃度・温度分布を測定し、凝固成長結晶の均一性におよぼす微小重力の効果を調べる予定でしたが、この干渉縞は得ることができませんでした。


・BIO(宇宙生物学実験)
宇宙科学の大きな目的の一つは、地球から宇宙へと人間の活動の舞台を拡大していくことにあります。そのなかで宇宙生物学は、宇宙における物質の進化の過程で誕生してきた生命がどのように自らを営める環境を作り上げ、またその環境に適応してきたかを解明するものです。地球上の生物は、地球生命圏の環境に適応し、巧妙にこれを利用して生きています。重力や宇宙放射線など宇宙環境の生物に与える影響を調べることは、地球上で誕生し進化してきた生命についての理解を深めることになるのです。宇宙実験を通して宇宙における人間社会の建設を目指すのが、SFUでの宇宙生物学実験の目的でした。SFUでは、冬眠状態の2匹のイモリを宇宙に送り、宇宙での冬眠からの覚睡、ホルモン処理による受精卵の産卵、卵の発生などの実験を行いました。飛翔後解析によれば、早い時期の卵の発達状況は、地上と類似していることが分かりました。

他にも、EFFU(暴露部実験)、GDEF(気体力学実験)、GHF(傾斜型電気炉実験)、MHF(反射型電気炉実験)、IHF(等温電気炉実験)が行われ、大きな成果を収めました。