IKAROSは大成功を収めましたが、それで終わりではありません。IKAROSはソーラー電力セイル実証機であり、将来の探査ミッションのための重要技術の実証が目的でした。現在、我々はソーラー電力セイル探査機による木星圏探査ミッションについて検討しています。

ソーラー電力セイルというのは、ソーラーセイルを拡張したJAXAのオリジナルのコンセプトです。ご存知の通り、ソーラーセイルとは太陽光を大きな膜面に受けて推進力を発生させる推進方法であり、推進のための燃料が必要ないというのが大きな特徴です。一方で、太陽光から受ける力は非常に小さなもので、IKAROSではその大きさは1mN程度でしかありませんでした。これは地球上で1円玉にかかる重力の1/10程度の大きさでしかなく、有限な時間では加速量が非常に限られることを示しています。もちろん、セイルの径を何百m、何kmと大きくすれば力も大きくなりますが、あまりに大きなセイルは現実的ではありません。そこで考えられたのがソーラー電力セイルです。

図1 ソーラー電力セイル探査機

図1 ソーラー電力セイル探査機

ソーラー電力セイルでは、大きな膜面に大量の太陽電池セルを貼り付け、大電力を発生させます。これだけでは推進力は得られないので、同時に高比推力(非常に燃費の良い)イオンエンジンを搭載します。これにより、純粋なソーラーセイルより圧倒的に大きな推進力を得ることができます。もちろん、イオンエンジンを搭載するので燃料も必要になりますが、燃費が良いため燃料自体は少なくて済みます。高比推力イオンエンジンは駆動に大量の電力が必要なのですが、それも大きなセイルに貼り付けられた太陽電池セルによって賄えます。また、日本が経験したことのない木星圏以遠でも、探査機が活動するための電力を発生させることが可能なのです。

太陽─木星系のラグランジュポイントであるL4点、L5点(主星・従星を一辺とする正三角形の頂点)のまわりには多数の小惑星が存在することが知られています。これを木星トロヤ群小惑星といいます。木星トロヤ群は、小惑星のスペクトル分類でいうとD型やP型に属し、「はやぶさ」が探査したItokawa(イトカワ)が属するS型小惑星や「はやぶさ2」が向かうRyugu(リュウグウ)が属するC型小惑星より、さらに始原的な天体であるといわれています。そこで我々は、世界で初めてトロヤ群小惑星のランデブー探査を行うことを検討しています。ランデブー探査とは、小惑星との相対速度をゼロにして行う探査であり、小惑星を一瞬で通り過ぎるフライバイ探査に比べてはるかに難しい探査の形式です。ランデブー探査のためには大きな軌道変更が必要となり、従来の化学推進では大量の燃料が必要となります。また、木星トロヤ群小惑星は太陽からの距離が大きいため、従来形式の太陽電池パネルを搭載した探査機では発生電力が十分ではありません。ソーラー電力セイルはその二つの課題を克服でき、現状では、大きなペイロードを持って木星トロヤ群でランデブー探査するための唯一の方法といえます。

探査機は、IKAROSのように円筒形の本体を持ち、そのまわりに大きな膜を広げる形態となっています。膜の大きさは一辺がおよそ50m(IKAROSは14m)で、その大部分に薄膜の太陽電池セルを貼り付けます。それにより木星圏でも5kW程度の発電が可能となります。それはNASAの木星探査機Junoの10倍以上であり、その豊富な電力により木星圏でイオンエンジンを噴射して軌道を変更し、小惑星にランデブーすることが可能となるのです。小惑星に到着後の表面探査は、子機(ランダー)が行います。ランダーの重さはおよそ100kgで、探査機全体の重さはおよそ1300kgです。ランダーとして100kgのフィラエを搭載したESAの彗星探査機ロゼッタがおよそ3トンであることを考慮すると、ソーラー電力セイル探査機が非常に高い輸送能力を持っていることが分かると思います。

探査機は打上げ後、火星より遠い領域まで飛行した後、約2年後にいったん地球に戻ってきます。このフェーズを「2年EDVEGA」(Electric Delta-V Earth Gravity Assist:イオンエンジン併用の地球スイングバイ)と呼んでいます(図2)。この間にイオンエンジンにより加速し、地球スイングバイを経て木星に飛行します。さらに木星スイングバイをして、小惑星に向かって飛行します。この間にもイオンエンジンを噴射し、小惑星との相対速度がゼロになるように制御するわけです。図3は、ある木星トロヤ群小惑星に到着するための軌道例を示しています。トロヤ群到着のためには10年以上の飛行時間が必要となります。とても長い時間と思われますが、深宇宙探査では、ある程度やむを得ないことです。そのため、技術をきちんと若い人に引き継いで、この壮大なミッションを進めていくことが大事だと考えています。技術的な課題はいろいろあり、野心的なミッションであるとは思いますが、工学的にも理学的にも大きな成果が期待できるミッションだけに、何とか実現したいと考えています。

図2 2年EDVEGAフェーズの軌道

図2 2年EDVEGAフェーズの軌道

図3 木星からトロヤ群小惑星に向かう往路の軌道例(太陽-木星固定座標系)。矢印はイオンエンジンによる推力方向を指す。

図3 木星からトロヤ群小惑星に向かう往路の軌道例(太陽-木星固定座標系)。矢印はイオンエンジンによる推力方向を指す。

(さいき・たかなお)