セイルの構成

IKAROSは2010年5月に打ち上げられ、差し渡し20mの翼を広げ太陽の光を受けて惑星間を航行しました。ギリシャ神話に出てくるイカロスは、ろうで固めた鳥の羽でつくられた翼で大空を飛びましたが、現代のIKAROSの翼であるセイル膜は、厚さわずか7.5μmの非常に薄いポリイミドフィルムでつくられています。食品用ラップフィルムの厚さが十数μmなので、それよりももっと薄いフィルムです。IKAROSでは2種類のポリイミドフィルムが用いられました。

一つは、1960年代のアポロ計画のころに開発された米国デュポン社のKaptonに類似したポリイミドです。この材料は、放射線や紫外線に耐え、かつ高い耐熱性があります。そのため、フィルム同士は熱融着ではなく接着剤で貼り合わせる必要があります。もう一つは、JAXAで開発された熱融着可能なポリイミドで、ISAS-TPIと呼ばれています。Kaptonのような一般的なポリイミドの特徴である対称性芳香族複素環の単位基本構造を崩す(非対称構造)ことにより、高い耐宇宙環境性を有しながら熱可塑性を発現させることを実現したものです。加熱することでスーパーのレジ袋のようにフィルム同士を熱融着できるため、接着剤を使用する必要がなく、接合部の品質管理評価、製造工程の削減が可能になります。当初IKAROSでは、時間的な制約により接着膜を基本としましたが、将来を見据えて部分的に熱融着膜も取り入れて、広く薄い膜をつくりました。

セイル膜の全体図を図1に示します。セイル膜面上には、薄膜太陽電池、宇宙塵の衝突を検出するALADDIN(大面積惑星間塵検出アレイ)、姿勢制御を担う液晶デバイスなどの薄膜状デバイスが搭載されました。また、一辺14 mの膜面は、四つの台形ペタルに分割されて製作されました。四つのペタルはブリッジと呼ばれる面ファスナで接続されて、正方形状になります。正方形の四隅には、遠心力による膜の展開・展張維持のための先端マスが取り付けられています。図2にペタルの写真を示します。

図1 ソーラーセイル膜面の全体像と主なデバイスの配置

図1 ソーラーセイル膜面の全体像と主なデバイスの配置

図2 フライトモデル予備ペタル表面(太陽面)

図2 フライトモデル予備ペタル表面(太陽面)

薄膜太陽電池

通常の人工衛星には、ガラス板のような太陽電池が使用されています。しかし近年、プラスチックフィルムを基板とした薄膜状の太陽電池が民生用として開発されてきました。厚さは、基板を含めて30μm程度です。この太陽電池は、耐放射線性が高く、フィルム状で柔軟性にも優れています。IKAROSでは、このような太陽電池を膜面上に搭載し、軌道上で展開、発電を行う実験が実施されました。搭載された太陽電池ユニットを図3に示します。この薄膜太陽電池ユニットは多層構造をしていて、ベースのセイル膜に薄膜太陽電池と宇宙環境から太陽電池を守る保護膜(ISAS-TPI)を接着剤で貼り合わせました。どれもコピー用紙よりも薄く、さらに電極や集電回路も薄膜です。試作の際には、「その辺にあるもので薄膜の太陽電池に10μmの接着剤を塗って、保護膜を貼り付けてきて」ということが、よくありました。接着剤を薄く均一に塗れる装置があるわけではなく、家庭用ラップフィルムより薄いペラペラの保護膜を、しわを入れず、空気も入れず、ピッタリ貼り付けるには、どうしたらいいでしょう?

図3 薄膜太陽電池ユニット

図3 薄膜太陽電池ユニット

IKAROSは締め切りが本当にタイトだったので、最適な装置や道具がない状況での試行錯誤がずっと続きました。ベストなものをつくりたいとギリギリまで粘っていたら、結果的にプロトタイプモデルまでのすべての薄膜太陽電池のユニットは宇宙研で手づくりすることに。そんな薄膜太陽電池開発でしたが、無事軌道上で地上検証データと近い発電特性が得られました。ミッション成功です。IKAROSの観測画像やイラストを見たときには、ぜひ薄膜太陽電池を探してみてください。イカロス君の歌の歌詞にも登場しますよ。

(よこた・りきお、たなか・こうじ、そうま・えりこ)