私たちの地球は、数多く発見されている惑星系のなかでどの程度普遍的な存在なのでしょうか?

ご存じのとおり太陽系には8つの惑星が存在しています。そのうち地球型惑星と称される惑星は4つ、その中で惑星表面に水が液体で存在しうる領域であるハビタブルゾーンに、安定して滞在できたと考えられている惑星が私たちの地球です。中心星たる太陽は、銀河系で主流の主系列星の一つで、最大の惑星である木星の約10倍の大きさです。昨年の今頃「Earth's seven sisters」※1と銘を打った宇宙科学ニュースが駆け巡りました。太陽系から約39光年離れた恒星「トラピスト1(TRAPPIST-1)」を公転する、地球に非常によく似た岩石惑星が発見されたのです。しかも7つ。ハビタブルゾーン内の惑星が3つもあります。生命環境の成立性確認に向けた、大気や液体の水の存在を確かめる観測が続くはずで、地球外生命・文明社会の存在への期待が高まっています。中心星のトラピスト1は太陽の約10分の1、木星サイズの小さな赤色矮星で、各惑星との距離が非常に近く、太陽系より木星の衛星系に似ていて、太陽系とはかなり異なる世界のようです。私たち「ひさき」チームは太陽系の惑星環境の現在を観測的に明らかにすることから地球の普遍性・特殊性を探ることを始めています。

太陽系内は太陽風と呼ばれる太陽から噴き出す荷電粒子(プラズマ)の流れで満たされ、惑星環境と物質・エネルギーのやりとり(相互作用)をしています。太陽風は電気と磁気を帯びているので、惑星の固有磁場の強度によって相互作用の影響力が変わってきます。固有磁場の弱い金星や火星の環境では、熱圏と呼ばれる大気圏の中でも外側に位置する領域で、太陽風が直接惑星大気と接触し、大気を宇宙空間に剥ぎ取る大気散逸という現象が引き起こされます。固有磁場が太陽系惑星最強の木星環境では、木星固有磁場の勢力範囲(磁気圏)内に入り込む太陽風の物質・エネルギーは最小限にとどまり、自立する磁気圏であると考えられてきました。現在の惑星環境を決定づけるのは、こうした固有磁場強度に依存する相互作用の、惑星誕生から現在までの積み重ねです。継続した連続観測により太陽風と惑星環境の相互作用が変化する条件を明らかにすることが、冒頭の命題をひも解くことにつながると考えています。

このような問題意識をもって私たちは惑星分光観測衛星「ひさき」を開発しました(1-図1)。太陽系惑星の環境の維持と進化の理解を目標とした、惑星観測専用宇宙望遠鏡です。同一機器で木星・金星など複数の惑星を観測できること、長期間継続観測できることをコンセプトとする地球周回の小型科学衛星です(1-表1)。開発着手から初観測まで5年という短期間でしたが、お陰さまでタイムリーに科学観測を開始することができました。特に木星探査機ジュノーが木星に到着するまで太陽風を観測していた期間に「ひさき」が木星観測の成果を上げたことは、ジュノーチームの科学者にも評価され、現在も継続する国際研究グループを作る礎となっています。ちなみにジュノーは打上げ後木星到着までに5年という歳月が必要でした。

1-図11-図1「ひさき」望遠鏡部。写真は主要機器の極端紫外線分光器と視野ガイドカメラです。黄色線は、観測する光の通り道を示しています。上部から入り主鏡で集められた光はスリット部で2つに分かれ、透過光は極端紫外分光装置へ、反射光は視野ガイドカメラへ導入されます。

1-表1

1-表1「ひさき」諸元※2

「ひさき」には、主要観測機器である極端紫外線分光撮像装置(EXCEED)※2,3,4と、惑星を高精度に追尾するための機能を持った視野ガイドカメラ(FOV)※5、そして将来の技術実証実験として次世代電源系要素技術実証システム(NESSIE)※6が搭載されています。FOVの取得データをもとに衛星の姿勢制御システムでリアルタイムに"手ブレ補正"を実施し、EXCEEDで惑星からの極端紫外放射を検出する衛星です。最大の特徴は、極端紫外のスペクトルを測定することと惑星観測専用であることです。極端紫外は、金星・火星の熱圏の大気や木星・土星の磁気圏のプラズマの分布とエネルギーを特定することを目的とする惑星環境測定にはとても重要な、酸素や炭素、硫黄などの発光輝線がふくまれる波長領域のひとつです。それにもかかわらず、これまでの宇宙科学の歴史のなかで極端紫外スペクトル観測は数例しかありません。「ひさき」は、この波長領域の観測機器としては世界最高の波長分解能と感度を有し、これまでにない時間分解能で太陽風と惑星環境との相互作用を観測します。また、惑星観測に特化したことで、継続した観測時間を確保することができます。いつ発生するか予測のつかない自然現象を観測するためには不可欠な要素です。さらに、宇宙空間では天候に左右されないことが、地上観測にはない強力な武器となります。私たち太陽系科学者にとって、のどから手が出るほど欲する観測衛星となりました。ただし、惑星観測に特化したことで、惑星公転面(黄道面)から視野を外すことはできません。ここは他の宇宙望遠鏡とは異なるところです。

早いものでイプシロンロケット試験機(1号機)で打ち上げられた衛星が「ひさき」と命名されてから4年が経ちました。現在まで無事に観測運用が継続され、観測成果をISASニュース特集号として紹介できることを光栄に思います。この場を借りて関係各所のご協力に改めて御礼申し上げます。後に続く12編の成果報告+コラムを楽しんでいただけましたら幸甚です。

1-※1 I. A. G. Snellen, Nature, 542, 421-423, doi:10.1038/542421a (2017).
1-※2 「ひさき」プロジェクトサイト (http://www.isas.jaxa.jp/home/sprint-a/)
1-※3 K. Yoshioka et al., Planet. Space Sci., 85, 250-260, doi:10.1016/j.pss.2013.06.021 (2013).
1-※4 I. Yoshikawa et al., Space Sci. Rev., 184, 237-258, doi:10.1007/s11214-014-0077-z (2014).
1-※5 A. Yamazaki et al., Space Sci. Rev., 184, 259-274, doi:10.1007/s11214-014-0106-y (2014).
1-※6 A. Kukita et al., Proceeding of 33rd ISAS Space Energy Symposium (2014).