RCSによる長秒時噴射
2010年12月のVOI-1失敗後、メインエンジン(OME)を従来通り使用することが不可能であると判断し、VOI-R1は姿勢制御用スラスタ(RCS)を使用して実施することを決定しましたが、推進系にはいくつかの課題がありました。
軌道計画チームが検討したVOI-R1の計画に正確に応えるには、RCSの長秒時噴射により「あかつき」を高い精度で減速させる必要がありました。もし減速量が多すぎた場合には、逆噴射が必要になり、反対に減速量が少なすぎた場合には、効率の悪い条件で追加して噴射することになるため、いずれの場合でも無駄な燃料を使うことになってしまいます。「あかつき」には自分の速度を検知して「ちょうどいい」減速量でRCSを止める機能がないため、あらかじめ「どの程度の時間」RCS噴射すれば、「ちょうどいい」減速量が得られるかを、正確に計算して設定する必要がありました。金星周回軌道投入後に残った燃料の量で、「あかつき」の観測時間が決まってしまうので、燃料枯渇寸前の「あかつき」には、噴射秒時の正確な予測はまさしく死活問題です。
打上げ前には想定していなかったRCSでの長秒時の噴射を正確に推定するため、打上げ前に実施した地上燃焼試験でのデータ、および複数回にわたる軌道上噴射時のデータを解析しました。まず、地上試験で得られたデータから軌道上のRCSの能力を予測するのですが、「あかつき」に残っている燃料の重さを精度よく推定する必要もあるなど、宇宙空間で得られる制御量の予測は非常に難しいものとなります。地上燃焼試験の結果による性能予測と限られた軌道上データから様々な誤差解析を行って予測精度を向上させていきました。
微小な軌道修正にも細心の配慮
一方で、「あかつき」を金星周回軌道に投入するためには、その事前準備として精密な軌道修正が必要になります。精密軌道修正には噴射時間が極めて短い微小な制御が必要になる場合があります。この時に課題になったのはRCSの推力の立上り特性です。噴射時間が短ければ短いほど、先述した長時間の噴射とは違い、RCSの噴射が安定するまでにかかる数秒間の非定常な時間帯の影響が大きくなります。この課題に対しては、複数回にわたって軌道上で取得した、RCSの噴き始めから安定した噴射になるまでの過渡的な時間と、その時に生じる速度変化の特性を見極めることで対応し、非常に精度よく短時間の噴射に対する予測を実施することができました。この結果、VOI-R1に向けた事前の軌道修正を無事に成功し、VOI-R1の準備を整えることができました。そして、2015年12月7日に1,228秒のRCS長秒時噴射を実現しました。