火星探査機の写真から始まった

現在、どのような研究開発を行っているのでしょうか。

太陽系のあらゆるところに探査機を送り込み、それらの行く先々で発見があって、世界中の人をわくわくさせる。そういう世界の実現を目指して、超小型探査機の研究開発を進めています。

超小型探査機とは、全質量がおよそ100kg未満の探査機です。超小型探査機であれば、大型探査機よりもコストを2桁くらい下げられ、開発期間も短くなるため、打上げ頻度を上げ、新しい技術にも挑戦しやすくなります。

なぜ超小型探査機による太陽系探査を目指すようになったのですか。

だいぶ変遷があるのですが......。私は大学進学が近くなっても、どの分野に進みたいか定まっていませんでした。そんな高校3年生のある日、たまたま手に取った新聞に、火星着陸探査機 MarsPathfinder(マーズ・パスファインダー)が撮影した火星表面のカラー写真が載っていたのです。それを見て、「地球から遠く離れた火星で動くものをつくっているなんて、とてつもなくすごい!」と猛烈に感動し、「惑星探査機をつくりたい」と思うようになったのです。

大学時代は、キューブサットという1辺10cmの立方体で1kgの超小型衛星の開発に没頭しました。設計から試験のやり方まで研究室のメンバーでゼロから考え、失敗を繰り返しながらつくった「XI - IV(サイ・フォー)」は2003年に打ち上げられ、世界で初めて宇宙での運用に成功したキューブサットになりました。強烈な成功体験で、人生で何回でもやりたいと思いました。

2007年からJAXA宇宙研に。

当時は、超小型衛星ができることはあまりにも少なく、それが発展していっても私の目指す太陽系探査ができるとは思えませんでした。探査をやるには宇宙研しかない、と考えたのです。小惑星探査機「はやぶさ」、小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS(イカロス)」、「はやぶさ2」プロジェクトに参加し、どれもチャレンジングで、わくわくして、こんなことをずっと続けていきたいと思いました。しかし、自分でプロジェクトを企画して実現するのは一生に1回できたらいい程度だという現実も知りました。

一方で、大学を中心に超小型衛星の技術がものすごい勢いで進んできていました。この流れを発展させていけば高頻度な太陽系探査ができるのではないか、と思ったのです。しかし、当時のJAXAではまだ超小型衛星に対する評価が低く、それを正面突破するのは難しいと感じ、大学に移ることにしました。

学際科学研究系 教授 船瀬 龍

超小型探査機で深宇宙へ

その後、どのような超小型衛星の開発を?

大学に移った直後に、「はやぶさ2」に相乗りする小型衛星の公募がありました。狙ったようなタイミングで、「自分のための公募なんじゃないか」とさえ思いましたね。深宇宙探査機に必要な基本的機能の実証を行う「PROCYON(プロキオン)」を提案しました。超小型衛星による深宇宙探査は、世界で初の試みでしたが、2014年に打ち上げられ、所定のミッションを達成しました。

翌年、NASAの月への無人宇宙船「オリオン」に相乗りする小型衛星の公募が出ました。これから月近傍への打上げは増えるでしょう。放出された後に自分で軌道制御できれば、ただ月へ行くだけでなく、月の重力などを使って超小型衛星自身が軌道を変えて深宇宙に行くこともできます。超小型衛星が軌道制御技術を磨けば、高頻度に太陽系探査を行う道が開けると考え、「EQUULEUS(エクレウス)」を提案しました。2022年に打ち上げられ、月の重力を使った軌道制御の実験を10回以上行い、狙いどおりの制御に成功しました。しかし2023年5月に通信が途絶しました。超小型衛星による深宇宙探査は、まだ黎明期です。回数を重ねることで信頼性は上がっていくので、挑戦を続けることが大事だと思います。

2019年から宇宙研の教授職を兼任されています。

JAXAとしても超小型衛星を宇宙探査に使っていきたいということで、その研究開発を主導する人材の公募がありました。「これをやるのは自分しかいないだろう」と応募しました。

動き出している超小型探査機の計画はありますか。

1つは、欧州宇宙機関(ESA)が主導する「Comet Interceptor(コメット・インターセプター)」です。母船と2機の超小型探査機で長周期彗星を観測するもので、JAXAは超小型探査機1機を担当する予定です。PROCYONとEQUULEUSは大学やJAXAの研究者・学生がインハウスで開発しましたが、そのような体制では年に2機、3機と打ち上げることはできません。このボトルネックを解消するため、これまで培った技術を宇宙ベンチャー企業に共有し開発を委託するという新しい取り組みを始めます。その先には、超小型衛星による土星探査も計画中です。

いくつもの世界初を実現してきました。秘訣は?

こんなのできるわけないだろう、ということを大胆に提案しているように他の人からは見えるようです。でも私としては、物理現象には反していないし原理的にはできるはずだからやってみよう、という感じなのです。ほかの人が尻込みしてやらないことに挑戦していく。それが私の研究者人生の探査戦略です。

【 ISASニュース 2023年11月号(No.512) 掲載 】