探査天体と地球を汚染から守る「惑星保護」

現在はどのような研究開発をされているのですか。

惑星保護の研究開発に取り組んでいます。惑星保護とは、宇宙を探査するときに対象天体と地球、両方を生命や生命由来物質による汚染から守る活動をいいます。地球の保護が最も優先されるべき事項と位置付けられています。探査天体の保護は、天体を自然の状態で保つことで、科学調査の価値を損なわれないようにするために重要です。後者においては、最も厳しく扱わなければいけないのが、微生物です。

これまでの日本の宇宙探査においても惑星保護に取り組み、達成されてきました。ただし、惑星保護は対象天体によって要求されるレベルが異なります。例えば「はやぶさ2」の対象である小惑星リュウグウは、水や有機物が含まれていることが期待されていて、持ち帰った試料から実際にそれらが発見されています。しかし、リュウグウに生命が存在する可能性や、地球から微生物を持ち込んでしまったとしてもそれがリュウグウで増殖する可能性は非常に低いと推測されていたため、惑星保護的にはそれほど厳しくしなくてもよかったのです。

厳しい惑星保護が要求されるのは、どのような天体ですか。

惑星保護を厳しくしなければいけないのが、地球生命が持ち込まれてしまった際に現地で増えてしまう可能性のある天体です。現在のところ、火星、木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドスに対して、最も高いレベルの惑星保護要求が規定されています。

これまでの宇宙探査においても、探査機が制御不能に陥ってそれらの天体に衝突してしまう確率を規定値以下にするなどの対策を取ってきました。火星やエウロパやエンケラドスの着陸探査・サンプルリターンを目指そうという段階に近づいて来たことから、近年、惑星保護の研究開発がより重要になってきていると感じています。

微生物はたくましい

微生物は宇宙空間で死んでしまうのではないですか。

私たち人間が宇宙服を着ないで宇宙空間に出たら、生きていることはできません。ですが、国際宇宙ステーションで「たんぽぽ計画」という実験を行い、微生物を宇宙空間にさらした後に地球に回収して調べたところ、微生物は宇宙空間でも条件によっては長期間生存できることが分かったのです。私も学生のとき、この実験に参加しました。

微生物が長期間生存できる条件とは?

太陽光が当たらないことです。宇宙空間に出ると、真空、大きな温度変化、強い宇宙線など、いろいろな厳しい環境にさらされますが、国際宇宙ステーションの飛行高度で微生物にとって致死効果が最も高いのは紫外線を含む太陽光であることが明らかになりました。しかし、光は容易に遮蔽できます。例えば、探査機の部品のすき間に潜り込んでしまえば光が遮られ、微生物は長期間生存できます。集まっていると外側の微生物が光を遮ってくれるため、内側の微生物は生き残ることも分かりました。

微生物は非常にたくましくて、宇宙の過酷な環境にさらされても条件次第ではなかなか死なないことが実験で示されているのです。示されてしまった、と言った方がいいでしょうか。

では、どのように探査対象の天体を微生物による汚染から守るのでしょうか。

探査対象の天体に地球から微生物を持ち込まないためには、探査機の滅菌が不可欠です。現在使われている滅菌方法は、どれも一長一短があります。

例えば、加熱による滅菌は簡単ですが、探査機部品への影響に注意が必要です。薬剤での拭き取りや紫外線照射は優れた滅菌効果を発揮しますが、表面しか効きません。探査機に悪影響を与えずに、内部まで確実に滅菌できる方法が必要です。過酸化水素の蒸気は、ある程度入り組んだ構造も滅菌できて、水と酸素に分解され残留性がないので、優れた滅菌方法として注目されています。

日本の宇宙科学コミュニティは、探査機の滅菌に関する経験がまだ乏しいため、何をすれば微生物がどれだけ死ぬのかというデータを集め、技術の検証を行っているところです。一方で、医療機器や医薬品、食品の分野には優れた滅菌技術があります。私が併任している宇宙探査イノベーションハブでは、分野や組織の枠を超え産業界や大学との共同研究を通じて革新的な技術を開発し、その成果を宇宙で利用したり社会に実装したりすることを目指しています。その取り組みを惑星保護にもつなげられたらいいな、と思っています。

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生と死と休眠の境界を理解し制御したい

微生物学が専門ですね。

はい。微生物は、惑星保護の観点からは邪魔な存在で、私たちはやっつける方法を一生懸命考えています。一方で、微生物が宇宙空間でもなかなか死なないということは、生命が惑星間を移動する可能性を示唆します。生命はどれほど遠くまで到達できるのだろうか? 地球の最初の生命は宇宙から飛来してきた可能性もあるのだろうか? など、いろいろ思いを馳せずにはいられません。地球外生命探査も、宇宙人のような知的生命体ではなく、まずは微生物がメインのターゲットとして想定されています。

宇宙探査において微生物というのは、ネガティブな面とポジティブな面があるのです。微生物の研究者としては、その間でジレンマを感じることもあります。

微生物について、どのような視点で研究されているのですか。

私が最初に研究していたのはシアノバクテリアという光合成をする微生物で、特に陸地に生息している種は過酷な環境でもなかなか死にません。なぜ死なないのだろう、すごいな、という驚きや尊敬が研究のモチベーションになっています。環境が悪くなると生命活動を極端に低下させて休眠し、環境が良くなると復活する微生物もいます。微生物の生と死と休眠の境界を理解したいと思っています。

惑星保護においても生命探査においても、そこにいる微生物が生きているのか、死んでいるのか、休眠しているのかを正しく判断することは、とても重要です。さらに、その状態を自在に操ることができるようになりたいのです。生から死へ、休眠から死へ誘導できるようになれば、惑星保護にも役立つでしょう。

生命のつながりを守りたい

子どものころから生物が好きだったのですか。

生物に興味を持ったのは、高校の生物学の授業がきっかけです。DNAの塩基3個の配列が1個のアミノ酸をコードしていること、そのコドンと呼ばれる遺伝暗号は全ての生物に共通していることを知り、ものすごく驚きました。人間とはまったく違う生物に見えるのに、昆虫でも、植物でも、キノコでも同じだなんて、えっ! 本当に? と。系統樹にも驚きました。同じ祖先からこんなにいろいろな生物が進化してきたのかと。普遍性と多様性の両方で、生物ってよくできているなぁ、すごいな、不思議だな、と思って、生物に惹かれていきました。高校の生物学の先生には感謝しています。

大学では生物資源の分野に進まれたのですね。

私の母は、私がまだ小さかったときに病気で他界しています。高校で生物学を学んだときに、私を産んでくれた母はもういないけれども自分は生きている、生命のつながりというのはすごいな、と思ったのです。だから、絶滅の危機にある生物を救ったり、生命のつながりを守るようなことをやりたいと考えていました。

でも、絶滅があるからこそ進化が起きて多様な生物が生まれたということに、大学に入ってから改めて気付いたのです。それで、生命のつながりを守るって何だろう、何をすればいいんだろう、と分からなくなってしまって......。そういう状態で選んだのは、宇宙実験をやっているという研究室でした。宇宙実験って珍しいな、くらいの理由で決めたのですが、研究を始めると、ささいな実験であっても、この実験結果は世界で自分しか知らないのか、ということが楽しくて、いつの間にか迷いはなくなっていました。

お前たちは宇宙に行ってきたんだな、いいな。

宇宙実験というのは、先ほど出てきた「たんぽぽ計画」ですね。

そうです。宇宙実験は、準備にとても時間がかかります。「たんぽぽ計画」が立ち上がったのは2007年ごろで、私が研究室に入るずっと前から、たくさんの先輩たちが準備を進めてきました。そして、私が大学院の博士前期課程だった2015年、微生物などの試料をついに国際宇宙ステーションに打ち上げることになったのです。ラッキーなタイミングでした。絶対に失敗してはいけないと、緊張しながら試料を準備しました。

ロケットの打上げが成功し、国際宇宙ステーションに試料が無事到着したときは、ほっとしました。そうしたら欲が出てきたんです。地球に回収した試料の分析を自分でやりたい、と。そういったことも後押しになって、博士後期課程への進学を決めました。

宇宙から地球に戻ってきた試料を手にしたとき、どのように感じましたか。

試料は4種類用意しました。宇宙空間にさらすもの、宇宙空間にさらすけれども太陽光が当たらないようにするもの、国際宇宙ステーションの中に置いておくもの、地上に置いておくものです。蛍光顕微鏡で観察すると生きている微生物は光るようにしてあります。宇宙空間にさらすけれども太陽光が当たらないようにした試料では微生物が生きているだろう、と予測していました。

ドキドキ、ワクワクしながら顕微鏡をのぞき、光る点を見つけたときは、ものすごく感動しました。あの瞬間は忘れられません。私はまだ宇宙に行ったことがないのに、お前たちは宇宙に行ってきたんだな、いいなと、うらやましかったですね。

宇宙空間にさらし太陽光を遮らなかった試料では、生きている微生物はわずかでした。「たんぽぽ計画」によって、微生物は宇宙空間でどのくらい死ぬのか死なないのか、生き残る条件などが詳しく分かってきました。この時は惑星保護を考えていたわけではないのですが、結果的に得られた知見は惑星保護にも役立ち、ひょっとしたら宇宙空間で探査機を滅菌するという戦略も考えられるかもしれません。

学際科学研究系 特任助教 木村 駿太

「地球外の生命」には3つある

今後どのようなことをやっていきたいとお考えですか。

地球外の生命について追究していきたいと思っています。この「地球外の生命」には3つあると考えています。

1つ目は、地球以外の天体に存在する生命です。太陽系内では、火星、エウロパやエンケラドスの探査に参加し、生命が存在しているのかどうかを明らかにしたいと思っています。それらの着陸探査やサンプルリターンにはレベルの高い惑星保護が不可欠ですから、研究開発をもっと頑張らなければいけません。

2つ目は、地球から宇宙に偶然飛び出していく生命です。生命が誕生する環境となると条件が厳しいですが、生命が生きていくことができる環境であればハードルは低くなります。地球の生命が宇宙に飛び出し、別の天体にたどり着いて第2、第3の生命圏を育んでいる可能性もあるのではないかと考えられています。「たんぽぽ計画」では、宇宙空間を漂う微粒子を捕集して微生物や生命の材料となり得る有機化合物が含まれていないかも調べられています。

3つ目は、人間が月や火星に行って暮らすことです。「たんぽぽ計画」で実験に使ったシアノバクテリアは、光合成によって酸素を発生します。地球上にシアノバクテリアが出現したことで、大気中に酸素が増えるきっかけになりました。月や火星にシアノバクテリアを持っていって酸素をつくり出し、人間が暮らせる大気に変えることが検討されています。こうしたことにも、シアノバクテリアを研究していた経験を役立てられればと考えています。

当面は、1つ目に特に力を入れていきたいと思っています。

地球以外の天体に生命は存在するとお考えですか。

地球以外の天体にも生命はきっといると考えています。探査機を送ることが現実的なのは現在のところ太陽系内に限られますが、エンケラドスやエウロパでは、活動している生命や、今まさに生まれようとしている生命が見つかる可能性があります。火星では生命の痕跡が見つかるのではないかと言われていますが、私は生きている生命がいる可能性もあると思っています。微生物は休眠というすごい能力を持っていて、何億年という歳月を経て復活するという報告もあります。火星に休眠している微生物が見つかることを期待しています。

ただし、こうした生命探査は時間がかかります。仮にエンケラドスからのサンプルリターンが実現しても、そのとき私が試料を分析できる年齢かどうか......。生命探査は、若い人たちにも参加してもらい、バトンを渡しながらやっていくことが必要です。学生さんにとって私は話しやすいようなので、どんどん巻き込んでいけたらと思っています。

ご自身の性格は?

どうしたら失敗せずに成功させることができるだろう、といつも考えていて、一つ一つきちんとやらないと気が済まない。よく言えば真面目かな。惑星保護のように失敗が許されない活動をするには向いているかもしれません。

【 ISASニュース 2023年4月号(No.505) 掲載 】(一部加筆)