イオンエンジンの推力を3割上げる

小惑星探査機「はやぶさ2」のイオンエンジンの開発に携わったそうですね。

大学院生のとき、「はやぶさ」のイオンエンジンの地上試験モデルを用いて、どうしたら性能を向上できるかを研究していました。いろいろなアイデアを試していく中で、設計を少し変更するだけで推力が3割向上することが分かったのです。宇宙研の助教となって「はやぶさ2」のイオンエンジンの開発に加わり、その変更を設計に適用しました。

現在は拡張ミッション中です。状況は?

2026年にフライバイする予定の小惑星に向けて、順調に飛行していますが、送られてくるデータには、想定外のことも含まれます。イオンエンジンの寿命は、エンジン内部だけでなく、取り付けられている探査機表面の状態にも依存していることがわかってきました。探査機全体を地上では再現できないため、要素を絞って再現実験を行い、裏付けを行っています。また「はやぶさ2」開発時に仕込んでおいた運用モードが、この故障モードに対して真価を発揮し、拡張ミッションでも稼働し続けています。現在開発中のDESTINY+では、さらに長い運用時間が要求されており、探査機表面を含めて対策を施すことで、非常に完成度の高いものになるでしょう。

プラズマ診断法でイオンエンジンの進化に貢献

第3世代のイオンエンジンは、どの探査機に搭載されるのですか。


小惑星フェートンを探査する深宇宙探査技術実証機DESTINY+に搭載します。イプシロンロケットで低軌道に投入され、地球を周回しながらイオンエンジンで高度を上げて惑星間軌道に入るのですが、地球周回軌道でイオンエンジンを稼動させるのは初めてです。イオンエンジンから排気されるイオンビームは、ライフルの弾丸のように回転しながら排気されるため、推力だけでなく、(推力軸まわりに回転する)トルクも生み出します。地球磁場からの影響も考慮し、このトルクを最小化しなければならないというのが、大きな課題でした。

助教になったばかりのときに、イオンの流れを可視化してトルクと磁場の関係を精密に評価する研究に取り組みました。この成果にもとづいて、今回、トルクを最小化できる設計を100分の1mmの細かさで決めることができました。推力も向上し「はやぶさ」の5割増です。この研究をしていたとき、イオンエンジンの生みの親だった國中 均所長に「そんなものは役に立たない」と言われたことを覚えています。先日、所長に「役に立ちましたよ!」と言ってみました。

國中所長の反応は?

所長がイオンエンジンの研究開発を始めたころは、「何とか動けばいい」と言われていたそうです。「今は動くのは当たり前で、要求仕様が高度で難しくなってきている。当時とは次元がまったく違う」とおっしゃっていましたね。確かにイオンエンジンは大きく進化しました。その進化に私の研究が少しでも貢献できたことは、とてもうれしいです。

電気推進の今後は?

電気推進の特徴は燃費の良さであり、そのため宇宙機の小型化が可能です。一方で、超小型衛星では、電力が足りずプラズマを効率よく作ることができません。この課題を解決するために、イオン液体を使う電気推進機の研究を始めています。電気推進はさらに進化し、地球周辺から深宇宙まで、超小型から大型宇宙機に至るまで、必要不可欠なものとなっていくでしょう。

宇宙飛翔工学研究系 准教授 月崎 竜童

電気の基本はミニ四駆で学んだ

なぜ電気推進の研究をすることに決めたのですか。

小学生のとき、宇宙飛行士の毛利 衛さんの活躍を見て、宇宙に憧れました。中学生になると教科書に載っていた探査機ボイジャーが撮影した惑星の写真を見て感動し、将来は宇宙、特に探査に関わることをやりたいと思うように。大学では航空宇宙工学に進み、研究室見学のとき、電気推進機が吹き出すプラズマを初めて見ました。青紫色をした、とても美しい光でした。その光り輝くプラズマに魅せられ、電気推進の世界に入りました。

子どものころ、宇宙のほかに興味があったことは?

ミニ四駆です。私が生まれ育った静岡県にはタミヤというプラモデルやミニ四駆で有名な会社があったので、友達もみんな夢中でした。電気や機械の言葉や仕組みは、ミニ四駆やラジコンで覚えました。

もう1つ、静岡の子どもが夢中になるのがサッカーです。私も小学生で始め、高校でも続けようと思ったのですが、部員が100人もいて同じポジションには全国大会出場の選手がいました。とても敵わないと、体験入部でやめました。走ることなら自信があったので陸上部に入り、種目は1500mから5000mに取り組みました。大学、大学院でも陸上を続け、箱根駅伝の予選会にも5回出ています。今でも5000mは15分台です!

ご自身の強みは?

外交的で、相手の懐に無邪気に入っていくところですかね。無邪気に近付き過ぎて怒られてしまうこともあるのですが、打ち解け合って裏表なく本音で話し合える関係になることは、研究でもプロジェクトでも、普段の生活でも大切だと思います。

【 ISASニュース 2022年8月号(No.497) 掲載】