地球は生命にあふれ過ぎている

2020 年、海洋研究開発機構(JAMSTEC)から宇宙研に。海洋の研究所から宇宙の研究所に移ったのはなぜですか。

私は、生命がどのように始まり進化してきたのかという「生命の起源」と、生命はどのような環境まで生きることができるのかという「生物の可能性」を知りたいと思っています。

これまで、陸上、深海、地下圏など、さまざまな場所を調べてきました。地球は生命にあふれていて、どこもかしこも生命がいます。どのような環境にでも適応進化できるというのが、生命の非常に重要な特徴です。しかし、地球には生命が多過ぎ、また進化した生命を調べても生命の起源までなかなかたどり着けない。そういうジレンマを感じ始め、生命の起源について地球を調べるだけでは不十分だと考えるようになったのです。

では、どこならば生命の起源を探ることができるのか。それが宇宙なのです。隕石分析などの結果から、各種天体にはアミノ酸を含むいろいろな有機物が存在することが分かっています。もしかしたら、生命がいて、でもまだ現在の地球ほどには生命があふれていない天体があるかもしれません。そういう天体を調べることで、有機物から生命に至る過程はどうなっているのか、何が重要なのか、生命の起源について初めて理解できるのではないかと考えています。

「生命だ!」と分かるのか?

生命探査の難しさは、どのような点ですか。

天体から持ち帰ったサンプルに生命が含まれていたとして、私たちがそれを見て「わっ! 生命だ!」と分かる姿で存在しているかどうかは非常に疑問です。生命とは何か、何をもって生命とするかを議論し、認識を共有しておく必要があります。

探査する天体を地球の生命で汚染しない技術、きれいにサンプルを持ち帰ってくる技術も必要です。生命が存在したとしても、サンプルに含まれる生命はわずかでしょう。地球の生命で汚染することなくサンプルからわずかな生命を探す技術、生命の情報を引き出す技術も準備しておかなければなりません。私は宇宙研で、そうした研究開発も行っています。

地球以外の天体にも生命がいると、お考えですか。

「はい」か「いいえ」か、答えは揺れますね。生物を知れば知るほど、ものすごく素晴らしい仕組みであり、だから簡単にはできないだろうと思うのです。しかし、地球で生命が誕生したことは間違いありません。だとしたら、初期の地球の環境に近く蛇紋岩化反応(かんらん岩と水が反応して蛇紋岩ができる反応)が起きている天体、具体的には火星や、海洋を持つ土星の衛星エンケラドスや木星の衛星エウロパが、生命が存在している可能性が最も高い場所だと、私は考えています。

生命がいるか、いないか。それも重要ですが、二択では大ざっぱ過ぎると思うのです。火星や海洋天体で、無機物から有機物へ、さらに複雑な有機物へと化学進化がどこまで起きているのか。そして、どこでそれらが機能的に連携し、化学システムを構成し、生命になったのか、ならなかったのか。そうした過程について、解像度を高くして細部まで知りたいですね。

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音楽と科学と

子どものころは、どのようなことに興味がありましたか。

科学にはまったく興味がなく、どちらかと言うと嫌いでした。好きだったのは、音楽です。幼稚園児のころ、ピアノを習いたいと親にお願いして、音楽教室に通い始めました。すると先生が、とても耳がよくて音楽のセンスがあるので専門的な教育を受けた方がいいと勧めてくれて、作曲の勉強をしていました。大人になったら作曲家など音楽の仕事をするのだろうな、と思っていました。

なぜ科学の道へ?

音楽には正解がありません。私はこういう表現がいいと思って作曲するのですが、人によって評価が異なります。すっきりしない気持ちが成長するにつれて大きくなり、このまま音楽の道に進んでいいのか悩み始めました。

そんな悩みを抱いていていた高校生のとき、生物の授業でメンデルの法則を学びました。複雑に見える生物が単純な法則に支配されているということを、とても美しいと思いました。科学には必ず正解があることにも惹かれ、もっと生物のことを知りたくなったのです。

音楽を学んできたことは、研究にも生きていますか。

共通点は感じます。音楽では、作曲家がどういう気持ちでこの音を選んだのだろうと考えます。研究でも、微生物の気持ちになって考えます。そうすると、この微生物は、生きるにはこれが大変なのではないか、ここが強みなのではないかと、気付くことができます。

曲の全体の雰囲気は、1音1音がつくり上げるものです。演奏するときも、1音1音をどう鳴らすかを考えます。生物を理解するときも、遺伝子やタンパク質1個1個がどういう働きをしているのか、解像度を上げて細かく考えます。そういう点でも、音楽と科学は似ています。私は最近、科学的な手法を音楽に取り入れたりもしています。

今も音楽が身近にあるのですね。

娘2人がピアノを習っていて、一緒に弾いたり教えたりするのが、私にとって楽しい時間になっています。10歳になる上の子がコンクールに出たいというので、一緒に曲を分析して、ここはどうやって弾くのがいいか議論したりもしています。プロジェクトのような感じで、娘と楽しんでいます。音楽は、人生を楽しく、豊かにしてくれます。

【 ISASニュース 2022年7月号(No.496) 掲載】