新しいプロジェクト体制で再び挑む

XRISMのプロジェクトマネージャを務めていらっしゃいます。XRISMとは、どういうプロジェクトですか。

X線分光撮像衛星の略称で、「クリズム」と読みます。XRISMは、2016年に打ち上げられた後に不具合・破損が起きて短期間で運用を断念した、X線天文衛星ASTRO-H(ひとみ)の代替機です。

JAXAでは、ASTRO-Hの事故がなぜ起きたのか、技術的な要因はもちろん、背後にある組織的な要因についても徹底した調査を行いました。そして、同じ過ちを二度と起こさないために、XRISMではさまざまな対策を取っています。再発防止策の1つとして、プロジェクトの体制も変更しました。

これまでの科学衛星プロジェクトでは、科学者が総責任者に当たるプロジェクトマネージャ(PM)を務めていました。科学者であれば、大きな成果を上げたいと思うのは当然。ですがそのために、プロジェクト管理と科学研究推進のバランスを保つのが難しい場合がありました。XRISMでは、PMと科学成果の創出に責任を持つプリンシパルインベスティゲータ(PI)を分け、さらに技術開発に責任を持つプロジェクトエンジニア(PE)を新たに置いています。PIとPEは対等な位置付けで、PMがプロジェクト全体の責任を担います。

新しい体制は、うまく機能していますか。

はい。PIとPEの間で激しい議論が起きることもありますが、私は「対立は恐れないでほしい」と言っています。科学者は、「こういう性能の機器が欲しい」と言います。一方、技術者は、現在の技術やスケジュールや予算から「ここまでの性能しか出せない」と言います。立場が違うのですから、対立して当然です。存分に議論して、プロジェクトにとって最適解を導くことが大切です。結論が出ないときは、PMである私が判断します。

システムズエンジニアリングの核は、要求と検証

どのような経緯でXRISMのPMになられたのでしょうか。

私は、大学では通信を学びました。子どものころは天文少年だったこともあり、通信と天文の両方に関わる仕事がしたいと、NASDAに入りました。宇宙3機関の統合前、NASDAと宇宙研の共同プロジェクトとして始まった月周回衛星「かぐや」の開発に携わったことが縁で宇宙研のミッションに参画するようになり、サブマネージャーとして国際水星探査計画ベピコロンボのプロジェクト管理を担当することになりました。

宇宙研に来た当初は、文化の違いに驚くことばかりでした。旧NASDAとは仕事の進め方が大きく違い、例えば、宇宙研では仕事の過程を文書に残す習慣があまりなかったのです。たくさんの人が一緒に仕事をするには、文書による情報共有が不可欠です。正直、大変でした。実は、NASAやESAは、NASDA以上に文書に残します。ベピコロンボはESAとの共同プロジェクトだったこともあり、日本側に加えて欧州側とも正しく情報を共有することの必要性について、メンバーの意識が少しずつ変わっていきました。

その後、宇宙科学プログラム室の室長をしているときに、ASTRO-Hの事故が起きたのです。科学プロジェクトの支援を行う部署であったことから、事故の教訓の取りまとめを担当しました。また私は、JAXAの研修制度を利用して慶應義塾大学の大学院でシステムズエンジニアリング学の博士号を取得しています。XRISMではシステムズエンジニアリングの強化が必要とされていたこともあり、PMを任されることになったのだと思います。これも縁かなと思っています。

システムズエンジニアリングとは?

システムズエンジニアリングは、プロジェクトの目的を実現させるための方法です。いろいろな要素を含んでいますが、最も核となるのは「要求と検証」だと、私は考えています。まず、プロジェクトの目的を実現するにはどういう機器が必要か、要求を明確にします。次に、要求に基づいて設計し、つくる。出来上がった機器を検証し、要求を満たしていなければ、つくり直したり、要求を変更したりします。「要求と検証」が適切に行われなければ、プロジェクトの目的は実現できません。PIとPEの配置には、「要求と検証」を明確にするという効果もあります。

NASAは、以前からシステムズエンジニアリングを導入し、実績を上げています。XRISMにはNASAも参画していることから、システムズエンジニアリングの共同チームを設置し、NASAの経験と知見を取り入れています。とても勉強になります。

XRISMは、どのような観測を行うのですか。

XRISMのミッションのひとつは、銀河団に満ちている高温プラズマに含まれる元素やその速度を詳しく測定し、銀河団や元素がどのようにつくられたのかを明らかにすることです。XRISMの打上げは、2022年度を予定しています。

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サーバントリーダーとして

宇宙研では個性豊かなPMたちがプロジェクトを率いてきました。目指すPM像はありますか。

最近読んだビジネス書の中にリーダーのタイプを分類したものがありました。自分に合っていると思ったのは、サーバントリーダーです。日本語では支援型リーダー、メンバーへの奉仕や支援を通じてメンバーが主体的に行動する状況をつくり出すタイプという解説が付いていました。私は、歴代のPMのようにリーダーシップがあるわけでも、切れ者でもありません。方向性を打ち出して、あとはチームの皆さんが主体的に楽しく仕事ができる環境を整えることを心掛けています。

XRISMプロジェクトには、国内外40を超える大学や研究機関から100人以上の科学者や技術者が参加しています。

これほど大きくなってくると、みんなの意識を統一することが、とても大切です。そのために、標語を掲げています。設計をしていたときの標語は、"Better is the enemy of good enough"。よりよいものを求めることは必要十分の敵、という意味です。ここを変えればもっと性能が上がるのに、と思うもあります。しかし欲張ってしまうと、確実なものづくりができません。「betterは禁止です。good enoughで行きましょう」と言い続けました。

ものづくりの段階にある現在の標語は、"Failure is not an option"。失敗という選択肢はない、という意味です。これは、「アポロ13号」が月への飛行中、事故に遭遇したときに、フライトディレクターのジーン・クランツが言った言葉です。XRISMは代替機なので、成功することが大前提、絶対に成功させなければなりません。

プレッシャーも大きい中、どのように気分転換をされていますか。

1つは、ベランダ菜園です。今は、カブとダイコンとアスパラが育っています。いつも収穫が楽しみなんです。もう1つは、ロードレース。ただし、走るだけでなく、プラスアルファの楽しみがあるレース限定です。千葉の富里町で開催されるスイカロードレースに、3回ほど参加しています。近年は新型コロナのために開催されずに残念です。富里町はスイカの名産地として知られていて、給水所ならぬ「給スイカ所」があるのです。ベランダ菜園にしてもロードレースにしても、実利のあるものが好きなのかもしれませんね。

XRISMプロジェクト プロジェクトマネージャ 前島 弘則

【 ISASニュース 2022年2月号(No.491) 掲載】