2023年12月2日に、内之浦宇宙空間観測所から観測ロケットS-520-33号機が打ち上げられました。この観測ロケットには、将来の惑星探査には欠かせない先進的な技術の飛行実証試験機が搭載されていました。それは、大気圏突入用の展開型エアロシェル注)技術、巷では、その見た目から「シイタケ(?!)型大気圏突入機」とも呼ばれているものです。

注)エアロシェルとは大気圏突入機体に働く熱や空気力をうける外殻のこと。ここで紹介する技術は、そのエアロシェルが柔らかい材料で作られており、収納展開が可能であるため、展開型柔軟エアロシェルと呼んでいます。

大気のある惑星、例えば、火星や金星の表面に探査機や観測器を送り込むためには、必ず、目的の惑星の大気圏に突入しなければなりません。つまり、大気圏突入技術は、惑星着陸探査を実現するための唯一の窓なのです。惑星着陸探査をより自在に行っていくためには、その窓である「大気圏突入技術」の発展・革新が欠かせません。そこで、次世代の大気圏突入技術として期待されている技術が、展開型エアロシェル技術です。軽くて柔らかい布材料で作られた展開型エアロシェルは、打ち上げ時には小さくたたんでおき、大気圏に突入する前に大きく広げて使います。軽くて大きいエアロシェルは、空気の力を効率よく使うことができるので、空気でのブレーキがよく効き、それにより大気圏突入時の空力加熱を緩和でき、着地時(着水時)の速度も下げることができるのです。この技術は、特に、大気が薄い火星で、その特徴が活きる新技術として世界中で期待されています。

そんな展開型柔軟エアロシェルを搭載した実験機を観測ロケットに載せて、高度300kmの宇宙空間から地球大気圏に突入させて、さらに海上に着水させ、回収までしようというのが、今回の実験です。観測ロケットを使った展開型柔軟エアロシェルの大気圏突入実験は、2012年、2021年にも行われていますが、今回の実験では展開型柔軟エアロシェルが、直径2.5mまで大きく成長しました。このエアロシェルを搭載した実験機は、2021年時の実験機RATS(Reentry and recovery module with deployable Aeroshell technology for Sounding rocket experiment)をベースに大型化したものので、RATS-L(Large)と呼んでいます。

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図1:内之浦へ出発前に展開した直径2.5mのエアロシェル(RATS-L)との記念撮影
(裏側にみえる「ひだ」がシイタケと呼ばれる所以?)

相模原でのさまざまな事前試験を終えて、内之浦へ輸送されたRATS-Lは、一通りの動作確認をして、観測ロケット先頭部に搭載されます。S-520観測ロケットは、その名の通り直径が520mmしかないので、直径2.5mのエアロシェルはコンパクトにたたんだ状態で、ロケットの先端部に搭載されます。

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図2:展開型エアロシェルをコンパクトに収納した状態のRATS-L(左)と
その状態でロケットの先頭に搭載される様子(右)

ロケットに搭載されたRATS-Lは、他の観測機器といっしょに、再度、一通りの動作確認をした後に、射点に運ばれます。打ち上げの前日に、ロケットを発射位置に立てて、リハーサルも兼ねた、最後の動作確認を行って、打ち上げの準備は完了です。

図3

図3:最終確認試験のために射点に配置される観測ロケットS-520-33号機

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図4:最終確認試験中に、テレメトリで送られる情報からRATS-Lの動作を確認する実験チームの様子

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図5:すべての準備を完了して、展開型柔軟エアロシェル(実物大の予備品)といっしょに記念撮影

RATS-Lを搭載した観測ロケットS-520-33号機は、12月2日の午後4時ちょうどに内之浦宇宙空間観測所のK-S台地から打ち上げられました。観測ロケットは、轟音とともに、(大型基幹ロケットとは違ってものすごいスピードで)、あっという間に、大気圏外に飛び立っていきます。

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図6:観測ロケットS-520-33号機の打ち上げの様子

RATS-Lの実験は、打ち上げ後59秒から始まります。まずは、展開型柔軟エアロシェルを収納していた金属製のカバーを開放します。その後、すぐに、エアロシェルの周囲のインフレータブルリング(浮き輪の部分)に、ガスを注入し、エアロシェルを展開します。リアルタイムで降りてくる画像データから、エアロシェルの無事の展開を確認して、一安心。

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図7:ロケットに搭載したカメラで撮影した展開したエアロシェル(地球を背景に)

その後100秒以上かけて十分にガスを充填し、打ち上げ約200秒後に高度274kmで、RATS-Lをロケットから分離します。分離直後のきれいに柔軟エアロシェルを展開したRATS-Lが、他の搭載機器の360度全方位カメラにしっかり映り込んでいました。

図8

図8:ロケットに搭載されていた360°カメラで撮影された分離後のRATS-Lの様子

ロケットから分離後、RATS-Lは、基本何もせず、そのまま放物線を描き最高高度304kmに到達した後、重力に身を任せて加速し、最高速度約2.1km/sで大気圏に突入し、展開された柔軟エアロシェルで、めいっぱい空気力をうけて減速し、そのまま沖合400km(!)の太平洋上へ着水しました。着水後は、インフレータブルリングが浮き輪となり、洋上に浮揚します。RATS-Lは、洋上で一晩過ごした後に、日の出とともに、近くに待機していた船舶・回収隊により無事回収されました。

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図9:朝日に輝く大海原に浮かぶRATS-L

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図10:回収船にRATS-Lを引き上げる様子

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図11:丸2日の航海の後、無事回収したRATS-Lとともに(回収班の雄姿)

無事回収が終わってからも回収班の旅は続きます。回収地点(沖合400km)まで丸2日かかったので、戻ってくるのにも、当然、丸2日かかります。往復あわせて5日間の長い船旅を終えて、無事、宇宙へ行って帰ってきたRATS-Lを連れて帰ってきてくれました。

図12

図12:回収船と戻ってきたRATS-Lと集合写真

それにしても、RATS-Lは、本当に過酷な環境に耐えてよく帰ってきました。打ち上げ前は、ぎゅうぎゅうにつぶして狭いところに押し込められて、高度300km以上の宇宙空間に放り出されて、大気圏突入時の空力加熱(何100℃にもなります)で焙られて、成層圏の冷たい空気(-60℃まで冷えます)でキンキンに冷やされて、最後は、海にたたきつけられ、その上、夜の暗い海の上を独りぼっちで一晩過ごして・・・。本当に無事帰ってきてくれてよかった。ただ、最終の目的地は「火星」だから、まだまだ頑張ってもらわないと・・・。引き続き、よろしくお願いします&頑張っていきましょう。

図13

図13:最後は神頼みでした。

本試験の実施にあたり、観測ロケット実験グループ,藤倉航装株式会社,オフショアオペレーション株式会社,そのほかS-520-33号機の関係者のみなさまに、多大なるご支援を頂きました。心より感謝申し上げます。

(2023/12/27)