紛れもない事実 in 2019

2019年、「はやぶさ2」は、人類未到の小惑星リュウグウに対してタッチダウンを成功。さらに、人工クレーターを生成し、二回目のタッチダウンで地下物質の採取にも成功しました。これら二回のタッチダウンは、いずれも位置精度1m以下で成功させています。2010年に小惑星往還を完遂した「はやぶさ」に続いて、世界で二例目となる「はやぶさ2」太陽系往復探査を今まさに、今年、日本がやり遂げようとしています。「はやぶさ2」にはたくさんの方が関わっています。JAXAだけでなく、たくさんのメーカーの方、国内外の研究者が、それぞれの失敗体験、成功の経験、専門性などを結集したからこそ、成し遂げることができたのだと思います。この観点から、個人個人の技術力、それが一つにまとまる組織力、その背後に流れている宇宙科学のスピリット、こういうものが非常にうまくかみあった結果が成功につながったと思っています。

JAXA 宇宙科学研究所 教授/はやぶさ2プロジェクト プロジェクトマネージャ 津田 雄一

先人のたゆまぬ努力と情熱

もちろん、先人の宇宙科学に対するたゆまぬ努力と情熱があったからこそ、この成功に至ったのです。我々は、1955年以来、脈々と続いてきた我が国の宇宙開発黎明期を支えてきた研究者や技術者、国内関連企業の技術者の方々の積み重ねの上に成り立っています。

日本はアメリカに比べると非常にビハインドの中で、どう惑星探査を進めるか、どう人類に貢献する科学成果を得るかと、もがいてきた一つの成果が、「はやぶさ」であり、「はやぶさ2」だったと思います。

技術は「人」によって受け継がれるもので、紙の上に残すもので受け継がれるものではありません。ですので、一度失われた技術を取り戻すのは簡単ではありません。今の状況が厳しいという理由で惑星探査を中断してはいけませんし、むしろ「はやぶさ2」が大きな成果を出している今こそ、これを踏まえてどんな将来につながるのかを考えるときではないでしょうか。

JAXA 宇宙科学研究所 教授/はやぶさ2プロジェクト プロジェクトマネージャ 津田 雄一

技術史の視点で見た「はやぶさ2」

太陽系探査に限れば、我々は「より遠くへ」「より自在に」という標語を掲げて、ミッションを打ち立ててきました。太陽系探査を簡単なものから難しいものへ順番に並べると、フライバイ、周回探査、着陸となります。その先に大きな惑星への往復飛行があり、世界の惑星探査もこれに沿って進んでいて、ある種の王道みたいなものです。一方、我々日本では、フライバイも周回探査も行っていますが、同時に「往復飛行」を一足飛びに実現させる対象として小さい天体にいち早く着目し技術を発展させた、これが「はやぶさ」であり「はやぶさ2」です。日本は「王道」とは少し違うパスを開拓したことで、「小天体探査」という新しい分野を切り開くことができました。

「はやぶさ2」が見せたのは、ひとたび小天体に到着できれば、探査機は非常に高度な「自在性」を発揮できるということです。得られた科学・技術的成果は最大限利用する。これは我々がやるべき責任です。今、2020年代の探査計画が進んでいます。が、これらが計画されたのは「はやぶさ2」の成果が出る前でした。我々の実力を活かした計画は、これから考えなければなりません。

「より遠くへ」と「より自在に」を掛け合わせることが重要で、探査工学と宇宙輸送の組み合わせで世界を変えるという考え方をすれば、新たな科学技術の高みを目指せると思います。例えば、「輸送機」を宇宙空間で運行すれば、重力天体往復も可能です。地球と太陽の重力が拮抗する領域に探査機を置くと、この領域内で探査機は燃料なしで移動できます。こういう適切な領域に、探査機を燃料補給した上で、適切なタイミングで打ち出せば、火星・小惑星・木星などに探査機を運ぶことができ、人類の活動領域が格段に広がります。

そして今の日本の宇宙輸送系は元気をもっと出せる、という気がします。例えば、SpaceXで打上げロケットの再使用を実行するよりもはるか昔に、宇宙研では再使用ロケットの実験をしていました。こういう技術をうまく生かし切るというのが、一つの手なのではないかと思います。

JAXA 宇宙科学研究所 教授/はやぶさ2プロジェクト プロジェクトマネージャ 津田 雄一

宇宙科学の「課題」

「はやぶさ2」は探査機をシリーズ化して大幅に開発工程を省き、予算内にぎりぎり押し込めることでようやく実現できました。今の宇宙科学ミッションの枠組みでは、それさえもできないでしょう。もちろん我々は、「制約の割にはすごいことができる」ことは示せます。しかし、それで人類の科学に貢献したことになるでしょうか?

我々は「世界を変える科学」を実行するということを考えなければいけませんし、それができる実力があります。ただ、今の宇宙科学のミッションの頻度も規模も維持できないというのが現状です。だからこそ、面白いアイディアを、今、考えて、工夫しなければならないと思います。我々が自律的でユニークな技術を持っていることは、国際的な我々の立場、科学的な立ち位置という意味でも、非常に重要な役割を演じることができるのではと思います。

日本には、太陽系探査の教科書を一冊丸ごと書く力というのは残念ながらありません。ただ、教科書の一章を書く力は十分持っています。素晴らしい一章を書けるでしょう。ですから、教科書をなぞるのではなくて、教科書の一章を作っていくような惑星探査、太陽系探査になればいいなと個人的には思います。