宇宙のことをほとんど知らずにJAXAへ

研究開発部門に所属されています。

相模原キャンパスにいる人はみんな宇宙科学研究所の所属だと思われることも多いのですが、研究開発部門の三つの研究ユニット所属の人も相模原キャンパスにいます。私は電気系を専門とする第一研究ユニットで航法誘導制御の研究開発を行っています。第二研究ユニットは機械系、第三研究ユニットはソフトウェア系です。

航法誘導制御とは?

簡単に言うと、宇宙機の自動運転です。今どこにいるか、姿勢や速度はどうなっているか。目標地点に到達するためには、車でいえばハンドルやアクセル、ブレーキをいつ、どう操作すればよいか。それらを宇宙機が自律的に判断し実行するための技術が、航法誘導制御です。

以前から宇宙機の航法誘導制御がご専門だったのですか?

制御という点は共通していますが、大学院で研究していた対象は電気飛行機でした。宇宙についてはほとんど知識がなく、ロケットの役割すらわかっていませんでした。JAXAに入って新人研修を受けるまで、小惑星探査機「はやぶさ2」は太陽電池パネルを広げたあの姿のまま自力で地上から宇宙に打ち上げられると思っていたほどです。同期は、天文やロケット、宇宙機について専門的に学んできた人や、子どものころから宇宙に強い関心を持っていた人ばかりでした。その中で私は、知っているふりをしながら、宇宙開発の入門書をこっそり読んでいました。

JAXAを志望した理由を教えてください。

電気飛行機の実験で調布航空宇宙センターにある風洞をお借りしていたので、JAXAは身近な存在でした。志望動機には電気飛行機の制御に関わる研究開発をしたいとも書きましたが、一番の理由は別にありました。

モノを動かすことが好きで、子どものころはミニ四駆を改造して走らせるのに夢中でした。また、夢があってワクワクするような、先を見据えたことをやりたかった。JAXAなら「モノを動かすこと」と「先を見据えたこと」の両方ができると思ったのです。それが一番の理由です。

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SLIMの状況を一つの画面で視覚的に把握可能に

初めて参加したプロジェクトは?

小型月着陸実証機SLIMです。宇宙の知識はほとんどなかった私ですが、SLIMという名前は知っていました。さらに、坂井真一郎プロジェクトマネージャは研究室の先輩で、レジェンド的な存在でした。そうしたこともあって、SLIMとの縁を感じました。とはいえ当初は、月面にピンポイント着陸する? そんなことが可能なのか!と驚くことばかりでした。

SLIMでは、航法誘導制御を担当し、テレメトリ画面の開発にも携わりました。

テレメトリ画面とは?

宇宙機から送られてくるデータは0と1が並んでいるだけなので、そのままでは人には理解できません。人が理解できるように処理したデータをテレメトリと呼び、それを表示した画面がテレメトリ画面です。

宇宙研の宇宙機の運用で標準的に使われているテレメトリ画面には、機器を示すアルファベットの略語と、その状態を示す数字が並んでいます。実績もあり信頼性も高いのですが、経験が浅い人には分かりづらい面もあります。

宇宙研の科学衛星運用・データ利用ユニット(C-SODA)の中平聡志さんが、もっと分かりやすくできないかと新しいテレメトリ画面の開発を進めていました。そして、SLIMの航法誘導制御系で使ってみないかと声をかけていただき、その開発に一緒に取り組むことになったのです。

テレメトリ画面の開発では、どのようなことを意識しましたか?

意識したことは二つあります。まず、私がイメージしていたテレメトリ画面は、SF映画に出てくるような、宇宙機の状態が視覚的に示されたカラフルなものでした。それに近づけたいというのが一つ。次に、宇宙機の運用に不慣れな自分が分かりやすいものをつくれば、ほかの人にとっても分かりやすいはずだと考えていました。航法誘導制御系のメンバーにもヒアリングを重ねながら開発を進めると、電源系や熱系からも使いたいという声が上がってきました。

どういうテレメトリ画面ができあがったのでしょうか?

SLIMの位置と速度、メインエンジンとスラスターの出力状況、バッテリー残量、通信状況、姿勢を表した3Dグラフィックなど、そのときに必要な情報を一つの画面にビジュアル化しました。この画面だけでSLIMの状況をリアルタイムに把握できます。

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30万人が見守った月面着陸

新しいテレメトリ画面は、月面着陸の際にも有用でしたか?

はい。日本時間2024年1月20日午前0時20分2秒、テレメトリ画面に月面着陸を意味する「MLM」が表示されました。このとき、3Dグラフィックでは機体が90度傾いていました。計画とは異なる姿勢です。姿勢を示すテレメトリデータと整合していることも確認できたため、正しいと確信していました。しかし、3Dグラフィックが間違っているのではないかという声もありました。

その後、着陸直前に月面に放出されたロボットのSORA-Qが撮影した画像が届き、そこには傾いた状態のSLIMが映し出されていました。「ほら、この姿勢だった!」と叫びました。心の中でですが。

SLIMでは、従来のテレメトリ画面をメインに、新しいテレメトリ画面を補助として使いました。従来の画面に表示される数値からでも姿勢は導き出せますが、視覚的に瞬時に把握できる新しい画面の利点は大きかったと思います。

月面着陸の様子はライブ配信され、日本では深夜にもかかわらず約30万人が視聴しました。

ライブ配信でも、新しいテレメトリ画面が使われました。SLIMのメンバーと同じ臨場感を味わっていただけたのではないかと思います。

テレメトリ画面について、今後どのような展開を考えていますか?

中平さんを中心に、さまざまなプロジェクトに売り込みをかけています。使いたいという声をいただくことも多く、要望を聞きながら改良を重ねています。私が姿勢制御を担当している水星磁気圏探査機「みお」の運用でも、この新しいテレメトリ画面を使う予定です。

日本の水星探査構想と同い年

水星磁気圏探査機「みお」について教えてください。

「みお」は、国際水星探査計画BepiColomboにおいて水星を周回しながら磁気圏を観測する探査機です。2018年に、欧州の水星表面探査機MPOと結合された状態で打ち上げられました。2026年11月に水星に到着し、12月に分離されて観測を開始する予定です。私は姿勢制御を担当しています。

「みお」は約4秒で一周のスピードで回転するスピン衛星です。しかも、長いワイヤアンテナやマストを伸ばしていて、地球と通信するためにアンテナの向きを変える必要もあり、姿勢を安定させるには高度な制御が求められます。

「みお」にはどのような思いで取り組んでいますか?

SLIMに縁を感じたと言いましたが、「みお」にも縁を感じています。

BepiColomboが日欧共同プロジェクトとしてスタートしたのは2000年ですが、実は日本ではそれ以前に水星探査ワーキンググループを結成し、単独での水星探査を検討していたのです。そのワーキンググループが結成されたのは1997年、私が生まれた年です。日本の水星探査構想とは同い年なのです。

長年にわたる多くの人の努力の積み重ねによって実現した水星探査です。その重みを胸に、あらゆる状況を想定したシミュレーションを行うなど観測の準備を進めています。

ほかにも携わっているプロジェクトはありますか?

複数あるのですが、自分がきちんと貢献できていると思えない段階なので、プロジェクト名を挙げるのがためらわれます。それぞれのプロジェクトで、もっと頑張らなければ。負けず嫌いなのかもしれません。

µmオーダーの精度で複数の宇宙機を制御する

現在、東京大学大学院新領域創成科学研究科の博士課程にも在籍されています。どのような研究をされているのですか?

SLIMでプロジェクトマネージャを務めた坂井先生の研究室に所属し、超精密フォーメーションフライトの研究に取り組んでいます。「モノを動かすこと」と「先を見据えたこと」の両方を満たすテーマです。

超精密フォーメーションフライトとは? それによって、どのようなことが可能になるのでしょうか?

望遠鏡は大きいほど高い性能になりますが、宇宙に打ち上げられる大きさには限界があります。そこで、小さな望遠鏡を複数打ち上げて配置し、互いに連携させて一つの巨大な望遠鏡として機能させる方法が期待されています。

そのためには、フォーメーションフライトといって、複数の宇宙機の相対距離と姿勢を一定に保って飛行させる必要があります。超精密フォーメーションフライトでは、100 m〜1,000kmも離れた宇宙機の相対位置をµmオーダーの精度で制御することを目指しています。実現すれば、宇宙重力波望遠鏡や宇宙赤外線干渉計も可能になります。

2030年代初頭に、超精密フォーメーションフライト技術の軌道実証を行うSILVIAというミッションが検討されていて、私も参加しています。

相模原と調布と筑波をつなぎたい

今後、どのようなことをやっていきたいとお考えですか?

JAXAでは、「ALL JAXA」を掲げて、組織横断的な連携強化に取り組んでいます。それでも、専門が同じ制御であっても調布の人とは学会でしか会わなかったりします。もったいないですよね。さらに連携を深めれば、新しい取り組みや大きな成果につながるのではないかと思うのです。

私とJAXAとの関わりは調布から始まりました。私は今、相模原にいます。研究開発部門の主要拠点は筑波です。それらの橋渡しができればと、社内交流を目的としたJAXA FESTIVALの実行委員を務めたりしています。

シャツに「SCCOT」という文字が見えますが、SCCOTとは?

SCCOTはSagamihara Campus Creative Outreach Teamの略で、相模原キャンパスの学生も含めた若手有志の集まりです。オンライン特別公開の運営などを通じて相模原キャンパスのPR活動を行っています。SLIMのライブ配信もSCCOTが実施しました。

講演などをすると、参加者の皆さんが宇宙にとても詳しいことに驚きます。一方で、そうでない人にも、宇宙の魅力や面白さを伝えたいと思うのです。それには、宇宙に興味を持ってくれていることを前提とした今までの伝え方だけでは不十分かもしれません。私は宇宙についてほとんど知らない状態でJAXAに入りました。その経験を生かし、新しい伝え方を見つけ、宇宙やJAXAの活動を応援してくれる仲間を増やしていきたいと思っています。

カーネギーホールでトランペットを

子どものころ、将来どういう職業に就きたいと思っていましたか?

小学校の卒業文集には落語家と書きました。私がシャイなことを気にした親の勧めで落語教室に通い始めたら、はまったのです。シャイなところは変わりませんでしたが。

落語教室に通うのは珍しいですね。

ほかにも書道、空手、トランペットなど、さまざまな習い事をしていました。いろいろなことに興味があったのです。

ニューヨークで1年間暮らしたときには、「僕はブラックベルトだ」と言うと驚かれ、稽古を頑張ってよかったと思ったものです。また、通っていた学校の学園祭の会場がなんとカーネギーホール。そこでトランペットを吹いたことは、私の自慢の一つです。

いろいろなことに興味がある中で、どのように進路を決めたのですか?

なかなか絞れず、大学進学でも研究室選びでも可能性を広く残すことを意識しました。制御を専門に選んだのも、いろいろなところに使われる技術だからです。研究室ではみんなが電気自動車をやっている中、私だけ電気飛行機に取り組むことに。そして今は宇宙機の制御へ。選択肢を狭めなかったおかげで、宇宙までたどり着けたのだと思っています。

今後は、制御にとどまらず、さらに視野を広げていきたいです。いろいろなことに興味があるというのは、今も変わりません。

仕事をする上で心掛けていることはありますか?

「はい」か「イエス」しか言わないようにしてきました。宇宙の知識では後れを取っていると感じていたので、何でも引き受けて学びたかったのです。ただ手を広げ過ぎたので、これからは深めるフェーズに移ろうと思っています。

【 ISASニュース 2026年6月号(No.543) 掲載 】(一部加筆)