「はやぶさ2」プロマネになったとき、とても怖かった
プロジェクトマネージャ(プロマネ)を務めた小惑星探査機「はやぶさ2」のカプセルが地球に帰還したのは、2020年12月のことでした。それから5年以上たちましたが、現在も多くの講演に招かれていますね。
これほど長い間、「はやぶさ2」に関心を持ち続けていただき、ありがたく思っています。最初のころは、科学的な成果について聞きたいという依頼が中心でした。次第にチームづくりやマネジメントについて話してほしいという依頼が増え、今では半々くらいです。マネジメントについて関心を持っていただけたのは、いわば、けがの功名でした。
けがの功名とは、どういうことでしょうか?
2015年に「はやぶさ2」のプロマネになったとき、とても怖かったのです。もちろん、技術的には高い確率で成功できる計算は立てていました。ただその計算の前提が正しいかと言うとこれが難しい。「はやぶさ2」がやろうとしていることは大きな挑戦で、しかも相手は人類未踏の小惑星ですから、計算の前提が正しい確実な保証がないのです。初めての挑戦をして、失敗した場合、何も残らず、「やらなければよかった」となってしまうことが、私には恐ろしかった。
その恐怖を緩和する方法として思いついたのが、成果を誇るよりも成果を追究するプロセスを広く伝えていくことでした。そのために、プロジェクトの様子や、チームが考えているリスクなどを、学会やマスコミ向け説明会、SNSなどで積極的に発信しました。チームが懸命に取り組んでいる姿を見てもらえば、失敗に対する批判をゼロにすることはできなくても、「良い技術が獲得できた」「価値のある挑戦だった」と受け止めてもらえるのではないかと考えたのです。
順調なときも、困難に直面したときも、プロジェクトの様子を発信し続けました。その結果、みなさんに「チームの一員として一緒に挑戦している」という感覚を持っていただけたようです。失敗への強い不安から始めた取り組みでしたが、最終的に成功したこともあって、マネジメントへの関心にもつながったと考えています。
「失敗しないこと=成功」 ではない
マネジメントについて、どのような話をされるのですか?
失敗しないことが成功ではない、という話をしています。失敗しないためのルールはたくさんつくれます。しかし、そのルールを守るだけで成功できるわけではありません。
では、成功のために大切なこととは?
チームのみんなが楽しむことです。楽しむといっても、内輪のなれ合いではありません。私たちは科学者や技術者なので、みんな新しいことに挑戦したいと思っています。その挑戦が楽しいのです。だからこそ、「こんなことをやってみたい!」と思える雰囲気をつくることが大切だと考えています。
ただし、挑戦には失敗のリスクが付きものです。成功が保証されているのなら、挑戦とは言えませんから。一方、宇宙研で実施しているプロジェクトは国の事業でもあるので、失敗は避けなければなりません。しかし、「失敗は絶対許されない」と言うと、チームは萎縮してしまいます。そこで「はやぶさ2」では、あえてプロジェクトの中に失敗してもよい部分や機会をつくり、みんなが挑戦できるようにしていました。失敗をある程度許容し、いい失敗ができる環境をつくることが、プロマネの役割だと思うのです。
チームに魔法がかかった!
「はやぶさ2」で最も印象に残っている出来事は何ですか?
小惑星リュウグウへの1回目の着陸です。「はやぶさ2」から送られてきたリュウグウの地表面の画像を見ると、着陸できそうな平坦な場所が見当たりませんでした。それでも4カ月かけて、なんとか着陸できる場所を見つけ、着陸のためのソフトウェアも改良し、準備を整えていきました。ところが、着陸の直前にソフトウェアにバグが見つかったのです。
このとき、私が細かい指示を出さなくても、一人ひとりが自分の役割を理解して動き出しました。以心伝心でチーム全体の動きがかみ合い、問題を解決し、着陸そしてサンプル採取に成功。あのときは、チームが魔法にかかったかのようでした。
プロマネがチームに魔法をかけたのでしょうか?
「私が魔法をかけた」と言えたら格好いいですね。でも実際には、私自身もその魔法にかかっていたと思います。
思い返してみると、これまで携わった小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSや「はやぶさ」、そして大学時代の超小型衛星でも、「魔法にかかった!」と感じた瞬間がありました。そういうこれまでのプロジェクト運営の経験から、魔法をかけるコツみたいなものは掴んできた感覚はあります。でも、確実に魔法をかけられる域には達していません。チームは人ですから。必要条件の一つは、チーム全体が楽しみながら集中していることなのは確かです。またいつか、あの特別な瞬間を感じてみたいと思っています。
若い力がチームを動かす。そして一つの心残り
2025年4月には、「はやぶさ2」のプロマネと拡張ミッションのチーム長を退任されました。
「はやぶさ2」は、2020年12月に地球上空でカプセルを分離した後、拡張ミッションに入りました。トリフネと1998 KY26という2つの小惑星を探査する予定です。
正式な退任は2025年4月でしたが、拡張ミッションに入ってからは実質的に三桝 裕也さんがリーダーを務めていました。若い人にバトンを渡すことが、プロマネとしての私の最後の課題になっていたので、三桝さんが「僕が引っ張っていきます」と言ってくれたときは、とてもうれしかったです。
今、「はやぶさ2」拡張ミッションチームは、とてもよい雰囲気になっています。これから若い人たちがどういう挑戦をしてくれるのか、楽しみです。一方で、私自身は「はやぶさ2」を離れる寂しさも感じています。
「はやぶさ2」のプロマネを務めた10年間を振り返って、どのようなことを思われますか?
プロマネになったのは39歳のときで、まだ若手と呼ばれる立場でした。最初はプロマネという肩書がとても重く感じられました。しばらくして思ったのは、プロマネというのは必ずしも、すべてを知っていて、スキルが誰よりもある人でなくてもいいということです。若いということにも大きな意味があるのだと気づいて、気持ちが楽になったことを覚えています。海外の宇宙機関でも、若手が中心となっているチームは、みんな楽しそうで活気にあふれています。
プロマネを務めた10年間は長かったけれども楽しく、いろいろな意味で大きな財産になりました。ただ、実は一つだけ心残りがあります。
心残りとは、どのようなことですか?
「はやぶさ」をテーマとした映画がいくつもつくられました。実は、「はやぶさ2」の打上げ前、サブプロマネの中澤 暁さんは「完璧に成功させて、映画はつくらせない」と言っていたのです。私も、そのとおりだと賛同していました。
でも、成功を収めた今は、考えが変わりました。「完璧に成功させて、映画はつくらせない」と格好よく語っていたことも含めて、「はやぶさ2」をめぐる人間ドラマを映画にしてもらいたいなあ。

工学の精神で、動き続ける組織に
2025年4月、宇宙科学研究所の副所長に就任されました。
副所長という立場になると、技術の現場から離れ、マネジメントが中心になります。自分が楽しめるだろうかと、不安を感じました。一方で、藤本 正樹所長のもとで山積する課題に取り組み、宇宙研の未来を描くのは面白そうだという期待もありました。
藤本所長は、「工学の再興」を掲げています。近年の宇宙研は、物価高騰など外的要因もあって、思うように活動できない状況です。ただ不満を言っていても、何も変わりません。今の環境でできることを積極的に実行すべきです。それは、まさに工学的な考え方であり、その精神を取り戻そうというのが、藤本所長の思いです。
私も強く賛同します。様子をうかがうだけの組織より、目標に少しでも近づこうと動き続ける組織のほうが魅力的に見え、応援してもらえるでしょう。
副所長は2025年度から2名体制となり、私と澤井 秀次郎さんが就任しました。2人がともに工学を専門とする点にも、藤本所長のそうした意図があるのだと、私は受け取っています。
副所長として、どのような役割を担当しているのですか?
澤井さんは技術戦略を、私は科学戦略を担当しています。宇宙研ではミッションを中型と小型に分けていて、世界最先端の成果を目指す中型ミッションの方向性を描くのが、私の役割です。
中型ミッションとしては、2026年度に火星衛星探査計画MMXの打上げが予定されています。その次に決まっているのは、2036年度打上げ予定のマイクロ波背景放射偏光観測宇宙望遠鏡LiteBIRDのみで、目標とする10年に3機というペースが崩れています。2030年代に打ち上げる中型ミッションの道筋をつけることが急務です。
宇宙科学のため、だけではないミッションを
将来ミッションを考える際、何が必要だと思われますか?
以前は、宇宙科学や宇宙開発といえば宇宙研など国の研究機関が中心を担っていました。現在では、宇宙に関わる民間企業も増え、独自に宇宙を目指すベンチャーも出てきました。この状況を考えると、ミッションのつくり方も変えていく必要があります。
宇宙研は宇宙科学の研究所ですが、「宇宙科学のため」だけを目的としたミッションでは、外部からの支持は得にくいでしょう。宇宙業界だけでなく、さまざまな産業の技術発展にも貢献し、多くの人が関心を持つようなミッションをつくることが重要だと考えています。そのためには、民間企業や大学など、さまざまな立場の人たちと対話し連携することが不可欠です。
宇宙研を技術の "踊り場" に
具体的な取り組みとしては、どのようなものがありますか?
宇宙研ではミッションを中型と小型に分けていましたが、新たに準小型ミッションという枠組みをつくりました。小規模の予算で短期間に実現することで、ミッションの頻度を上げることを目指しています。
準小型のもう一つの狙いは、自分たちで手を動かしてものづくりをする環境を取り戻すことです。中型ミッションでは、製作をメーカーに委ねることが多くなります。その結果、ネジの締め方も分からないような、現場を知らない集団になってしまう恐れがあります。準小型の規模であれば、自分たちで手を動かしてつくれ、挑戦もしやすいでしょう。
宇宙研だけでなく、民間企業や大学などから多様な人たちが集まり、企画し、挑戦し、技術を生み出し、ミッションを実現する。さらに、その技術がほかの産業へも応用される。宇宙研を、そうした技術の"踊り場"にしたいのです。そして、そこで得た技術や知見を中型ミッションにつなげていきたいと考えています。
宇宙研の副所長としてのマネジメントは、「はやぶさ2」とは違いますか?
まったく違います。プロジェクトは目標が明確です。「はやぶさ2」では全員が、リュウグウからサンプルを持ち帰ってくるという目標を共有していました。一方で、宇宙研はさまざまな目標を持った人たちが集まっています。どのようにすればいいチームになるかは、今も試行錯誤を続けているところです。
普段から心掛けていることはありますか?
与えられた環境の中で、いかに楽しむかを意識しています。周りの人にも、「もし私が楽しそうにしていなかったら教えてほしい」と伝えています。しかめっ面は、宇宙科学には似合いません。
おいしい肉を求めて、温度プロファイルを取得する
休日はどのように過ごされていますか?
私は肉を食べるのが好きです。一時期、安い肉を買ってきて、どうすればおいしく食べられるか工夫することに夢中になっていました。焼いている途中に肉用の温度計で測定して、どんな温度プロファイルで焼くと一番おいしくなるかを調べるのです。5時間かけて焼いたこともあります。編み出した秘技で研究室のバーベキューで振る舞うと、皆が「おいしい」と言ってくれます。
ただ、ひとつはっきり分かったことがあります。 高い肉のほうが圧倒的においしい......
【 ISASニュース 2026年4月号(No.541) 掲載 】(一部加筆)

