きっかけは1本のテレビ番組

どのようなテーマに取り組んでいるのでしょうか?

大学時代から超小型宇宙機の研究開発に携わっています。最近では地球周回軌道に多くの超小型宇宙機が打ち上げられていますが、私が特に取り組んでいるのは、月や惑星などを探査する超小型宇宙機です。

超小型宇宙機には、低コストで短期間に開発できるという利点があります。しかし、深宇宙へ行くとなると、地球周回軌道とは異なる工夫も必要です。そこで、超小型宇宙機の利点を失わずに深宇宙探査を実現するにはどうすればよいか、研究開発を進めています。

超小型宇宙機に携わるようになった経緯を教えてください。

子どものころは、工作が好きなくらいで、将来どんな仕事をしたいかは特に考えていませんでした。高校生になると、さすがに進路を考えるようになりましたが、物理や数学がわりと得意だから理系かな、電化製品をいじるのが好きだから電気系か機械系の学科かな、という程度のものでした。

大学に入って、学科を決める2年生の夏前に、テレビで火星探査ローバーの特集番組を見たのです。地球から離れた天体にロボットを送り、遠隔操作で探査するというのが、とても面白そうで、自分もやってみたいと思いました。それで工学部航空宇宙工学科に進み、後に超小型宇宙機の研究開発を行っている研究室に入りました。その番組を見たことが、私の人生で一番のターニングポイントだったと思います。

超小型宇宙機で深宇宙へ

大学の研究室では、どのような超小型宇宙機を開発したのですか?

私が研究室に入ったのは、小惑星探査機「はやぶさ2」に相乗りする宇宙機の公募が出たタイミングでした。当時、地球周回低軌道の超小型宇宙機は、さまざまな大学で開発されていました。私が配属された研究室では、その先、つまり深宇宙を目指すことにしました。それが、宇宙研と共同で開発したPROCYON(プロキオン)です。

初めての超小型宇宙機の打上げ・運用では、どのように感じましたか?

PROCYONは、私が大学院修士1年目の2014年12月に打ち上げられました。実は打上げ後もなかなか実感が湧かず、最初のころは「本当に宇宙を飛んでいるのか?」と半信半疑で運用していました。

そんな中、姿勢を変えるコマンドを送ると、PROCYONから送られてきたテレメトリが太陽電池の温度変化を示していました。それは、姿勢が変わったことで太陽光の当たり方が変化したからです。シミュレーション通りに変化しているテレメトリを見て、「本当に宇宙を飛んでいるんだ!」と、ようやく実感できました。また、コマンドを送ってから、その結果がテレメトリに現れるまでの時間が徐々に長くなっていくことで、PROCYONが地球から離れていっているのだという実感も強まりました。

PROCYONは、目標として設定したノミナルミッションはすべて達成しましたが、「できればやりたい」としていたアドバンスミッションの一部は達成できず、完全な成功とはいきませんでした。その後、博士課程に進んだタイミングで、私にとって2機目の超小型宇宙機となるEQUULEUS(エクレウス)のプロジェクトが宇宙研と共同でスタートしました。タイミングに恵まれ、とてもラッキーだったと思います。

超小型宇宙機で行きたいところに行く

EQUULEUSでは、どのようなことを目指したのでしょうか?

PROCYONは、「そもそも超小型宇宙機は深宇宙で動くのか」ということを確かめるミッションでした。それが達成できたので、EQUULEUSでは、さらに小型の宇宙機で、地球や月、太陽といった天体の重力をうまく利用しながら行きたいところに行くことを目指しました。PROCYONは約50cm立方・約65kg、EQUULEUSは6Uサイズと呼ばれる約10×20×30cm・約10kgでした。

EQUULEUSは、2022年11月にNASAの大型ロケットSLS初号機で打上げられました。

ロケット側の事情で延期が続いたため、私は博士課程を修了し、宇宙研の特任助教として打上げを迎えたのですが、PROCYONのときと同様、なかなか実感は湧きませんでした。ですが、打ち上げの翌日には、月フライバイに必要な非常に難しい軌道制御を行わなければならなかったのです。タイミリミットが短く、もし失敗すれば、EQUULEUSは月を通り過ぎて遠くへ飛んでいってしまう。とても緊張したことを覚えています。

その軌道制御に成功し、EQUULEUSが月フライバイ中に撮影した月の裏側の写真を管制室で受け取ったときは、ものすごく感動しました。

EQUULEUSは、超小型宇宙機として世界で初めて地球低軌道以遠での軌道制御に成功し、フルサクセスをすべて達成しました。計画していた地球‑月系のラグランジュ点までの飛行はできませんでしたが、超小型宇宙機による深宇宙探査が今後もどんどん広がっていく可能性を示せたと考えています。

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長周期彗星を待ち構え、親機と子機で観測

現在はどのようなことに取り組まれていますか?

ESAが主導するComet Interceptor(コメット・インターセプター)という彗星探査ミッションに参加しています。親機と2機の子機で構成され、長周期彗星の近くを通過しながら観測するフライバイ探査を行います。子機の1つをJAXAが開発します。子機は35kgほどで、PROCYONとEQUULEUSの中間くらいです。Comet Interceptorへの参加は、これまで宇宙研で取り組んできた超小型宇宙機の実績が海外に評価された結果でもあり、PROCYONやEQUULEUSに携わった者として、うれしいですね。

Comet Interceptorについて詳しく教えてください。

長周期彗星は、公転周期が200年以上で、その多くは人類が詳細な観測をできるようになってから太陽に初めて接近する、つまりまだ発見されていないものです。太陽からの熱の影響をほとんど受けていないため、長周期彗星を観測することで、太陽系が誕生したころの状態を知る手がかりが得られます。ただし、何度も太陽に接近していて軌道も分かっている短周期彗星とは異なり、長周期彗星は、いつ、どのようなものが接近してくるか分かりません。

そのためComet Interceptorは、打上げ後にまず太陽‒地球系のラグランジュ点に向かい、そこで待機します。そして、地上からの観測で長周期彗星が発見され、探査対象に適していると判断されると、その彗星へ向かいます。探査機は普通、打上げ前に探査する天体が決まっていますが、打上げ後に決めるというコンセプトが新しく、面白いなと思っています。

ラグランジュ点での待機は、最大で4年ほどを予定しています。その間に探査に適した長周期彗星が現れなければ、既知の短周期彗星に向かいます。Comet Interceptorは、2029年の打上げを目指しています。

超小型宇宙機を子機として使うことの利点は?

超小型宇宙機は、独力で探査天体まで飛行してミッションを行うことも可能です。しかし、搭載できる観測機器の重量・サイズには限界があります。子機として使えば、探査天体まで親機に運んでもらえます。輸送を親機に任せることで、同じ観測機器を搭載しても探査機全体を小さく・軽くしたり、同じ大きさ・重さの探査機により多くの観測機器を搭載できたりします。

また、子機を親機から切り離して異なる方向から観測することで、より高度な探査も実現できます。さらに、子機であれば、親機より彗星に接近して観測するといったリスクの高い探査にも挑戦しやすくなります。

Comet Interceptorでは、どのようなことを担当されているのですか?

JAXA側のシステム全体のとりまとめをしています。これまで宇宙研の超小型宇宙機は、職員や学生がみずから手を動かし、完全インハウスで開発していました。Comet Interceptorの子機は、宇宙研の超小型宇宙機として、初めてメーカーと共同で開発します。そのため、自分が手を動かしていたときとは違い、一歩引いて視野を広げ全体を見渡すように心がけています。

超小型宇宙機の課題と可能性

超小型宇宙機には、どのような課題がありますか?

超小型宇宙機の課題の一つは、信頼性です。PROCYONは打上げから約1年、EQUULEUSは半年ほどで通信が途絶えました。地球周回と深宇宙とでは放射線環境が大きく異なり、それが宇宙機の寿命を縮めている可能性があります。Comet Interceptorでも、寿命を延ばし信頼性を高めるための取り組みを始めています。深宇宙特有の放射線環境で試験を行い、不具合が出れば原因を突き止め、対策を取っていく予定です。

惑星探査では、目的地に到着するまで長くかかります。Comet Interceptorのように子機として使って親機に運んでいってもらう方法や、検討が進んでいるOTV(軌道間輸送機)を活用することで、超小型宇宙機の輸送能力を補うだけでなく、輸送中は休眠させることによって寿命を延ばし信頼性の向上にもつながるでしょう。

超小型宇宙機で実現したいミッションはありますか?

土星の衛星エンケラドスや木星の衛星エウロパには生命の兆候があるかもしれないと言われています。そうした天体の探査にも超小型宇宙機が活かせると考えています。超小型宇宙機は軽いため、同じロケットで打ち上げても初速が大きくなり、より遠くまで到達できます。エンケラドスやエウロパにも独力で到達できる可能性があります。また、大型の探査機では難しい、リスクが高い探査にも挑戦しやすく、面白い探査ができるのではないでしょうか。

大型のミッションを多く行っている宇宙研で、超小型宇宙機に取り組む理由は?

宇宙研では、宇宙の探査や観測に必要な技術の研究開発を進めています。しかし、新しい技術をいきなり大型ミッションに使うことはリスクが大きいです。地上で何度も試験を繰り返し、技術実証を行うのですが、これには時間がかかります。超小型宇宙機でその新しい技術を実証できれば、大型ミッションへの適用までの時間を短くできます。

やりたいミッションを、やりたいときにできるようにしたいのです。そのためには、高頻度に打ち上げることが可能な超小型宇宙機を活用できることが、宇宙研にとっても重要だと考えています。

宇宙機を賢くしたい

今後、取り組みたいことを教えてください。

宇宙機をもっと賢くしたい、と考えています。

宇宙機の自律化は昔から目指されていますが、まだあまり広がっていません。予測できない振る舞いを勝手にされては困る、というのが大きな理由だと考えています。そのため、現在の宇宙機で多く採用されているのは、If-thenベースの自律機能です。「この状態の場合はこう振る舞う」と、想定されるすべての状態に対する振る舞いを事前に定めておくというものです。この方法であれば、宇宙機が予期しない振る舞いをすることは避けられます。

私は、宇宙機をもっと賢くして、自分で考えて振る舞えるようにしたいのです。もちろん、宇宙機の判断が信頼できるものでなければなりません。そこで注目しているのが、モデルベースの自律機能です。宇宙機の設計情報に基づいたモデルをつくり、宇宙機自身がそのモデルを使って最適な振る舞いを探索し、実行するというものです。If-thenベースでは対応できない未知の状況にも、柔軟に対応できます。

「○○の観測をして」と目的を設定したら、姿勢を変え、必要な観測機器の電源を入れ、テストをして、観測する、といった一連の操作をすべて自律的にやってくれる。そんな宇宙機が理想です。

数値化できない要素の大きな影響

趣味は?

サッカー観戦です。サッカーでは、アップセット、つまり弱いと見られていたチームが強豪に勝つことが比較的多く起こります。スタジアムの雰囲気など、数値では表せない要素が試合に影響を与えるとも言われています。そういうところも、サッカーの面白さだと思っています。

宇宙ミッションにも、それと似たところがあると感じています。チームの雰囲気がよく、みんながモチベーション高く、楽しく取り組んでいると、そのミッションはうまくいくように思うのです。Comet Interceptorのチームも、2029年の打上げを目指し、いい雰囲気ができてきていると感じています。

【 ISASニュース 2025年7月号(No.532) 掲載 】(一部加筆)