材料で困ったことがあれば何でも相談を
2022年、宇宙飛翔工学研究系の准教授に着任されました。どのような研究を行っているのでしょうか?
大学院生時代を過ごした宇宙研に、約10年ぶりに戻ってきました。その間、宇宙分野から離れていましたが、現在は再びロケットや衛星、探査機など宇宙飛翔体で使われる材料の研究に取り組んでいます。
宇宙研では、さまざまな宇宙飛翔体の開発が進められています。その過程で材料に関する不具合が発生すると、材料の専門家に声が掛かります。不具合が生じた実物や発生時の環境などを調査し、原因を特定して対策を提案することが、私の仕事の一つです。
宇宙で材料を使用するには、どのような難しさがあるのでしょうか?
材料のスペックは、カタログに載っています。しかし、そのスペックは地上の環境で使用した場合のものです。宇宙は極端な低温や高温、放射線が飛び交うなど、地上とは大きく異なります。そのため、想定される使用環境をつくり出して実験を行い、要求されるスペックを満たしているか確認する必要があります。環境条件をほんの少し変えた途端、壊れてしまうこともあります。これを理解するには、壊れにくさ、を試験する必要があります。一般的には、強くて硬い方が良いと思われるかもしれませんが、脆い特性を材料が有していた場合、宇宙空間で突発的な事象によりすぐに壊れてしまう恐れもあります。これは、一般的な感覚では分かりにくいところです。不具合の原因や対策は、カタログのスペックだけでは分からないことも多いので、材料の専門的な知識と経験が不可欠です。
ただし、一概に脆いから使用できないというのも乱暴な話です。ロケットや衛星においては、箇所箇所によって求められる特性が異なりますので、適材適所で材料を組み合わせることも大切です。
私たちは特定のプロジェクトに所属するのではなく、「材料で困ったことがあれば何でも相談を」と、宇宙研で行っている宇宙飛翔体の開発のすべてに門戸を開いています。
材料を引っ張り続け、長期的な信頼性を確かめる
材料に関する困りごとへの対応のほかには、どのような研究に取り組んでいるのでしょうか?
私の研究のキーワードは、材料の強度と信頼性です。近年の宇宙探査では、遠くの天体を目指したり、地球と探査対象の天体を往復したりするなど、運用期間が長くなる傾向があります。今後は、さらなる深宇宙探査、そして火星への有人飛行も計画されています。そのため、長期間にわたって劣化や破損が起こらない、より高い強度と信頼性を持つ材料が求められているのです。有人飛行の場合は、人の命を守るためのさらに高い信頼性が求められます。それを実現するための研究を行っています。
具体的には、どのようなことを行っているのですか?
想定される環境を保って材料を引っ張り続けたり、振動させ続けたりして、劣化や破損の状態を計測する実験を行っています。実験は、数年続くこともあります。長期間の宇宙飛行に耐える強度と信頼性を確認するには、時間がかかるのです。
こうした地道で時間のかかる実験は、日本の得意とすることかもしれません。そして、得られたデータは、より高い強度と信頼性を持つ材料が必要とされるこれからの宇宙探査において、日本の強みになるでしょう。
チタンの大きな可能性に惹かれて
なぜ材料分野に進んだのですか?
大学を選ぶとき、宇宙という言葉が頭の中にぼんやりとありましたが、具体的に何を学びたいかまでは決まっていませんでした。大学でさまざまな講義を受ける中で、材料という分野に出会い、「ああ、これだ!」と感じたのです。感覚的なもので言葉にするのは難しいのですが、「ピンときた」と言うのが近いかもしれません。
当時、チタンが新しい材料として注目されていました。チタンは大きな可能性があって面白そうだと、材料の世界に飛び込みました。
チタンには、どのような可能性があるのでしょうか?
宇宙空間の極低温でも使用できる材料としては、鉄やアルミニウムがあります。しかし、鉄は重いし、アルミニウムは軟らか過ぎます。一方、チタンは強くて軽いので、ちょうどいいのです。しかも、高温環境でも強度を保ちます。実際に最近では、さまざまな宇宙飛翔体にチタンが使われています。でも、もう一声欲しいとも思います。
改善の余地があるということでしょうか?
先ほども触れた「粘い」です。例えば月面でも、クレーター内部などの太陽光がまったく当たらない永久影では、マイナス200℃以下になります。そのような極低温の環境でチタンを使おうとすると、粘いという点での信頼性が気になるのです。チタン合金に含まれる元素の種類や割合を調整することで、この課題を克服できれば、宇宙でのチタンの利用がさらに広がるでしょう。
大学時代にチタンの大きな可能性に惹かれ、材料、しかも宇宙材料の世界に入りました。そして宇宙から一度離れ、再び戻ってきたことで、あらためてチタンに注目して研究を進めたいと考えています。こういうことをしたら面白いに違いないと、以前は思い付かなかったようなアイデアがいくつも浮かんでいます。今、とても楽しいです。
宇宙で材料を回収し、再利用する
今後取り組みたいことを教えてください。
材料の再利用です。
月面基地をつくり、その基地を拠点にしてさらに深宇宙を目指すことが計画されています。月面基地やそこで宇宙飛翔体をつくる材料をすべて地球から持って行くのは大変です。宇宙にある材料を利用できれば、効率的でしょう。
宇宙にある材料とは?
多大なエネルギーを使って宇宙へ運ばれたものの、役目を終えて地球周辺を漂っている飛翔体がたくさんあります。まだ夢物語かもしれませんが、それらを回収し、月面基地や宇宙飛翔体の材料として再利用するのです。
例えば、ロケット上段は宇宙飛翔体を切り離した後、デブリとなり地球の周りを回り続けます。このロケット上段には、チタンなどの有用な材料が使われています。こうしたデブリを回収し、材料を再利用できれば、宇宙活動はもっと広がるのではないでしょうか。それができれば、デブリという言葉はなくなりますね。
これを実現するには、材料を再使用しても長期的に高い強度と信頼性が保たれることを確認しなければなりません。その実験を今から進めておき、将来、「この材料を再利用できないだろうか」となったときに、「強度と信頼性のデータはここにありますよ」とサッと出したいですね。
宇宙材料にとって今は過渡期
材料研究の面白さとは?
一口に材料と言っても、金属、セラミックス、高分子材料、複合材料など、さまざまな種類があります。金属も、鉄、アルミニウム、チタンなど、さまざまです。そして、それぞれ個性が違い、どういう使い方をしたらよいかも違います。
人も同じですね。初対面では、相手のことがよく分からず戸惑います。でも接していくうちに個性が分かってきて、個性に応じた付き合い方ができるようになると、楽しくなるでしょう。
材料もそれぞれの個性を理解し、個性に合った使い方をして、その個性を最大限発揮できると、とても楽しいです。
将来、どのような宇宙材料が求められるのでしょうか?
少し前までは、宇宙に行くこと自体が目的でした。それが、より遠くへ、また有人で、と目標が変わりつつあります。それに伴って求められる材料も変わってきています。以前は、軽くて強いことが求められていました。それが、宇宙で長期間運用する、また遠方への有人飛行を視野に入れ、長期的な高い信頼性が求められるようになっているのです。
今は、宇宙材料の過渡期です。それを踏まえて、10年先、20年先に求められる材料を考え、研究開発を進めておかなければなりません。材料が制約となって、やりたい宇宙探査を諦めなければならないとしたら、とても悲しい。そうした制約を取り除きたい。「こういう宇宙探査をやりたい」と言われたら、「この材料を使えば実現できます」と答えられることを目指しています。
研究におけるご自身の強みは、どのようなことだとお考えですか?
強みと言っていいのかは分かりませんが、私は気が長いんだと思います。データが出るまで何年もかかる実験を続けられるくらいですから。宇宙研にはアクティブな人がたくさんいます。そういう中に私のような人がいてもいいのではないか、と思っています。
【 ISASニュース 2025年4月号(No.529) 掲載 】(一部加筆)