「得意淡然 失意泰然」で臨む
火星衛星探査計画MMXのサブプロジェクトマネージャ(サブプロマネ)を務めていらっしゃいます。ミッションの内容と現状について教えてください。
MMXは、火星の衛星フォボスとダイモスを観測し、フォボスの表層物質を採取して地球に持ち帰る世界初の火星衛星サンプルリターンミッションです。これまで搭載機器の開発や試験を個別に進めてきましたが、現在、完成した搭載機器を1箇所に集め、宇宙に打ち上げるフライトモデルの組み立てを行っています。日々、さまざまな問題が発生しますが、一つひとつ解決し、小さな問題も見逃さないように慎重に作業を進めています。フライトモデルの組み立てが完了すると、1年以上かけて総合試験を行います。2026年度の打上げを目指しており、2027年度に火星周回軌道投入、2031年度に地球帰還を計画しています。
サブプロマネはどのような役割を担っているのでしょうか?
サブプロマネの主な役割は、現場の人と話して問題をいち早く把握し、いつどのように解決するかを、プロジェクト全体を俯瞰してプロマネと共に判断することです。
私の座右の銘は「得意淡然 失意泰然(とくいたんぜん しついたいぜん)」です。明の崔後渠(さいこうきょ)による「六然訓(りくぜんくん)」に含まれる言葉で、物事がうまくいっているときこそ淡々と振る舞い、失敗や困難に直面したときには焦らず落ち着いて行動せよ、という意味です。これは、今の自分の立場において必要だと思います。また、羽生 善治さんは、将棋に必要なのは直観、読み、大局観だと語っています。ひとつの場面で約80 通りの可能性から直観で候補を3通り程度に絞る、それを繰り返して何十手先を読む、しかし10手先でも6万通りにもなるので今は素早く攻めるか、じっくり守るかを大局観で判断して打つ手を1つに決める。これもサブプロマネに必要なことだと考え、普段から心掛けています。
どのような経緯でMMXのサブプロマネになったのですか?
宇宙研のシステムズエンジニアリング室で、さまざまなプロジェクトの立ち上げを支援していました。MMXもその1つでした。どのプロジェクトにも魅力がありますが、学生時代に惑星科学を専攻していたこともあり、惑星科学の最先端を行くMMXに強く惹かれました。その時に声をかけていただきました。
声がかかった理由は何だと思われますか?
当時の宇宙研所長から搭載機器の選定と国際協力の立ち上げを依頼いただきました。搭載機器の選定では、その性能や期待される成果について研究者の意見を聞き、理解することが必要です。私はNASDAに入って月周回衛星「かぐや」プロジェクトに参加し、観測機器の開発も担当し、惑星科学のバックグラウンドを持っていたからではないかと思います。また、「かぐや」はNASDAが衛星を、宇宙研が搭載機器を担当する共同プロジェクトでした。2つの機関の異なる文化を融合した大型プロジェクトの経験が、MMXのような大型のプロジェクトの遂行に役立つと思われたのかもしれません。
世界初のピンポイントサンプリングに期待
MMXで特に期待していることを教えてください。
たくさんありますが、1つ挙げるとすれば、表層物質のサンプリングです。MMXは、ロボットアームを使って筒状の装置をフォボスの表面に突き刺し、その筒を抜いて試料を採取します。2024年1月、小型月着陸実証機SLIMが月面へのピンポイント着陸に成功しました。日本独自のこのピンポイント着陸技術をMMXに活用してフォボスに着陸し、目標地点から数cm以内の精度での試料採取を目指しています。ぜひ成功させて、ピンポイント着陸に続き、ピンポイントサンプリングも日本の宇宙探査の看板技術にしたいと思います。
補佐役に徹した豊臣 秀長を尊敬
仕事以外で最近興味を持っていることはありますか?
奈良の古墳をたびたび訪れています。きっかけは、キトラ古墳の色鮮やかな壁画を見て、その技術の高さに驚いたことです。これをつくるのにどれほどの苦労があったのだろうと、はるか昔に思いを馳せながら、一つひとつの古墳をじっくり見て歩きます。キトラ古墳が造られたとされる7世紀末から8世紀初めは律令制が始まり、日本が国家として歩み始めた時期です。古墳造営の過程では、資金や技術、人手などさまざまな問題が発生したことでしょう。そうした問題を解決し、古墳を完成させる。それは巨大プロジェクトであり、ついMMXに重ね合わせて見てしまいます。
尊敬する人はいますか?
豊臣 秀長です。豊臣 秀吉の3歳年下の弟で、110万石の大名になりましたが、歴史的には目立たない存在です。秀長は調整力や軍事戦略、統治能力に優れ、秀吉の補佐役として重要な人物でしたが、あえて目立たないよう努めていたとも言われています。この姿勢が生涯、秀吉の信頼を得ることにつながったようです。秀長は現場の声をよく聞き、周囲からの信頼も厚く、人々は秀吉の前にまず秀長に相談していたそうです。秀長のそうした振る舞いは、サブプロマネにも通じます。2026 年のNHK大河ドラマは秀長が主人公だと聞き、とても楽しみにしています。
【 ISASニュース 2024年11月号(No.524) 掲載 】