マルチフィジックスシミュレーションに挑戦
月惑星探査データ解析グループに所属されています。どのようなことに取り組んでいるのでしょうか?
月惑星探査データ解析グループでは、月惑星の研究や将来の探査に貢献するという目的のもと、探査で得られたデータの解析や、新しい解析手法の開発研究を行っています。その中で私が担当している業務の1つは、月が誕生直後にほぼ全球規模で融解したマグマオーシャンの状態から、冷えて固まり、現在の姿になるまでを模擬するマルチフィジックスシミュレーションモデルの開発です。マルチフィジックスシミュレーションとは、流体、伝熱、構造力学など複数の物理現象を統合してシミュレーションを行うもので、土木や医療、自動車などさまざまな分野で使われています。月惑星探査でもこのツールを利用して新しいことができないか検討することになったのです。
なぜ月のマグマオーシャンに注目したのでしょうか?
私は大学・大学院時代に、月のマグマオーシャンの研究をしていました。月全球規模のマグマオーシャンが冷えて固まった結果、現在の月となったと考えられています。私は、マグマオーシャンを模擬した高温高圧実験及び冷却モデルによって、結晶が析出し分離する過程を明らかにすることを目指していました。かんらん石や輝石など重い鉱物は沈んでマントルをつくり、斜長石など軽い鉱物は浮かんで地殻をつくるという、大きな流れは分かっています。しかし、どんな組成の鉱物が、いつ、どのくらいの粒径で、どれくらいの速度で分離したのか、詳細の分離メカニズムはまだ明らかになっていません。そこで、マルチフィジックスシミュレーションツールを開発することで、新しい視点でそのテーマに挑戦してみようと考えたのです。
このツールを使うと、何をどのくらいの精度で計測すれば、月の組成や進化のシナリオを制約できるか、より根拠を持って提示できるようになるはずです。課題が多く実用化にはまだ遠いのですが、将来の月探査に貢献することを目指して取り組んでいます。
月を研究対象に選んだ理由
子どものころは、どのようなことに興味がありましたか?
父の影響で、子どものころから宇宙が好きでした。宇宙の図鑑を繰り返し読み、科学雑誌を絵本代わりに見ていました。
なぜ月の研究をするようになったのですか?
その後もずっと宇宙に興味があったので、理学部の地球惑星物理学科に進みました。そして卒業論文の研究テーマを決めるとき、宇宙の中でも身近に感じられる天体がいいと思い、月を選びました。
色彩豊かで変化する地球に感動
以前は、地球観測研究センターに所属されていました。
JAXAに就職して最初の配属先が、地球観測研究センターでした。これまで月科学研究に注力していたので、新しいことを始めようと思い、宇宙から地球を見る仕事を希望しました。気候変動観測衛星「しきさい」が観測したデータの解析と可視化を担当し、「地球って、宇宙から見るとこんなに様々な表情を持つ天体なんだ」と驚きました。月の表面はグレーで、ほとんど変化しません。だからなおさら、色彩豊かで、日々変化する地球に、とても感動しました。
近年、民間企業も含め、各国で月を目指そうという流れが盛り上がってきました。また、地球観測に携わったことで、月の面白さを改めて知ることができました。そうしたことから、月惑星探査データ解析グループへの異動希望を出したのです。現在は、火星衛星探査計画MMXプロジェクトチームにも併任しています。
開発から運用、解析、利用まで、すべての現場を経験したい
MMXでは、どういうことを担当しているのですか?
観測機器全体の運用検討を担当しています。MMXには、たくさんの観測機器が搭載されます。それぞれが、いつ、どこで、どういう観測をするかという計画を立てるのですが、観測データを地球に送るダウンリンクの通信量など様々な要素を組み合わせて考慮する必要があり、とても複雑な作業です。2026 年度の打上げ予定に向けて、すでにとても忙しくなっています。
なぜMMXの運用にも携わることになったのですか?
JAXAに入ったときから、開発から運用、解析、利用まで、幅広く現場に携わりたいと思っていました。運用とデータ解析の両方を同時に担当するのは、正直とても大変です。でも、データ解析をしているからこそ、科学者がどういうデータを取りたいのか分かり、そのために観測機器をどう運用すればよいかを考えることができます。二足のわらじを履くというのではなく、運用とデータ解析が両輪となって進めるように頑張っています。
仕事をする上で心掛けていることはありますか?
私はマルチタスクがあまり得意ではありませんでした。そのため、データ解析と運用という両輪を回していくためにも、視野を広くして状況を把握し、優先度を適切に判断できるように心掛けています。
【 ISASニュース 2024年9月号(No.522) 掲載 】