次期太陽観測衛星SOLAR-Cプロジェクト始動

SOLAR-Cプロジェクトに所属されています。SOLAR-Cは、どのような衛星ですか?

SOLAR-Cは、地球を周回しながら太陽を観測する衛星です。日本は、1981年に「ひのとり」、1991年に「ようこう」、2006年に「ひので」と、太陽観測衛星を打ち上げてきました。それらは太陽の新しい姿を捉え、太陽の理解を大きく進めましたが、新たな謎も生み出しました。SOLAR-Cでは、特に、紫外線を使った分光観測を行います。運用中の「ひので」より望遠鏡の解像度を空間的にも時間的にも高め、感度も上げて細かい構造や動きまで詳しく観測することで、高温のコロナが加熱される仕組みや巨大爆発である太陽フレアのメカニズムなど太陽大気の謎を解明することを目指しています。

SOLAR-Cは、2024年3月にプロジェクトチームが立ち上がったばかりで、私はSOLAR-Cのプロジェクトエンジニア(PE)を務めています。

プロジェクトエンジニアの役割は?

宇宙研の科学衛星プロジェクトは、研究者が「こういう観測をすれば新しいことが分かる」「あの謎を解くにはこういう観測が必要だ」と構想を練ることから始まり、その研究分野のコミュニティで検討を進めていきます。そうしてできた衛星計画を提案し、いくつもの審査を経てプロジェクト化が承認されると、プロジェクトチームが立ち上がります。SOLAR-Cは今、まさにプロジェクトチームが立ち上がった段階です。ここから本格的に衛星を設計し、実際に製造し、試験を繰り返し、ようやく打上げ、そして観測開始に至るわけです。しかし、研究者だけでプロジェクトを実現できるかというと、そうではありません。

こういう観測をしたいという構想に対し、どういう装置が必要かを検討し、足らない技術があれば開発し、観測装置をつくり上げる必要があります。しかも、要求性能を満たすだけではなく、衛星に搭載できるものにしなければなりません。スケジュールとコストの制約もあります。SOLAR-Cは2028年度の打上げを目指していて、スケジュールに余裕はありません。そうした中でプロジェクトマネージャの下でプロジェクト全体を見て技術について判断し調整する役割を
担っているのが、プロジェクトエンジニアです。重責に胃が痛みます。

過去一難しいプロジェクトの実現に必要なこと

過去に携わったプロジェクトと比較してSOLAR-Cの印象は?

配属が決まってまず、どういうプロジェクトなのかをリサーチしたのですが、自分的には私が経験してきたプロジェクトの中で、最も難しいミッションだと感じました。望遠鏡の開発を国立天文台と宇宙研を主体とした日本のチームが担当し、分光器の開発を米国と欧州各国が担当する国際協力プロジェクトです。国内外のいくつもの組織が参画し、たくさんの人がプレーヤとして入っています。プロジェクトはみんなが納得して進めないとうまくいかないので、要求を取りまとめつつも容認できないときは話し合って納得してもらう必要があります。また望遠鏡と分光器をいくつもの国で分担して開発するので、結合部分の確認が欠かせません。SOLAR-Cでは、そうした人や物のインターフェース調整がとても多くなると予想されるのです。

プロジェクトをうまく進めるために、プロジェクトエンジニアとしてどのようなことが必要だとお考えですか?

まず、きちんと会話をすること。今どういうことをしているのか、困っていることはないかなどを尋ね、話を聞きます。問題が起きそうなところを把握し、先手を打って問題をつぶしていくのです。2つ目は、打合せでは「誰が何をいつまでにやるか」を明確にすること。そうしておかないと、進行が滞ったり、問題が放置されたりしてしまいます。
最後に、人と会話するときの「言い方」に気を付けることです。これは、いくつかの衛星プロジェクトの運用・開発に関わりながら学んだことです。トラブルが起きたとき、ある方が話をすると解決に向けた動きがうまく回り始めるということが、何度もありました。注意して見ていると、「言い方」に理由があると分かったのです。言葉は分かりやすく、穏やかで、話し掛けられた人が自然と「それならできそう、やってみよう」と思う言い方でした。私は大学院生のときから宇宙研でソーラーセイルの研究開発をしていたのですが、当時の私を知っている人には「彼の言葉はヤバかった」と、いまだに言われます。実際、気性が荒く、言い方がきつかった自覚があります。そんな私が、高いコミュニケーション能力が求められるプロジェクトエンジニアとして仕事ができているのは、さまざまな衛星プロジェクトにおいてプロジェクトを進める上で大切なことを学べたからです。性格の根っこの部分は今も変わっていませんが、相手が気持ちよく全力を発揮したくなるような「言い方」を心がけています。

宇宙工学は総合工学である

大学院生のときから宇宙研でソーラーセイルの研究開発をしていたとのことですが、なぜその分野を選んだのでしょうか?

趣味で音楽をやっていたものの、ほかに特別好きなことはなく、大学選びに迷っていました。そんなとき、新海誠さんの『ほしのこえ』のコミカライズ版を手にしました。その中に「宇宙工学科」という言葉を見つけ、気になって調べてみたのです。そうしたら興味が出てきて、宇宙工学科がある大学に進みました。

コミックがきっかけで進んだ宇宙工学科。実際に学んで、どうでしたか?

楽しかったですよ。「宇宙工学は総合工学である」という言葉が印象に残っています。宇宙工学というのはさまざまな分野が関わっているので、それに携わる人は幅広い知識を持ち全体を見てまとめていかなければならない、と言われました。私は、一つのことを深掘りするより、いろいろなことを大きく見る方が好きで得意です。そういう私の特性と宇宙工学の特性が合っていました。

大学院生のときは、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャを務めた宇宙研の川口淳一郎先生の研究室に所属しました。川口研究室では、テーマを決めて研究するだけでなく、宇宙探査プロジェクトにも参加できると知り、いろいろなことに広く取り組める環境に惹かれたのです。大学院生、そしてポスドクとして、ソーラー電力セイルの研究開発などに取り組みました。

世界一を狙える探査ミッションを!

なぜソーラー電力セイルを選んだのですか?

ソーラー電力セイルによって、世界一を狙える宇宙探査ミッションを実現できるからです。イオンエンジンを搭載した1辺40mの大型ソーラー電力セイル探査機で小惑星に行き、着陸機を着陸させて小惑星の表面及び地下のサンプルを採取・分析し、さらにそのサンプルを地球へ持ち帰るというミッションを計画していました。残念ながらプロジェクト化には至りませんでしたが、その着陸機やサンプリング装置などの開発成果は、現在構想中の彗星サンプルリターンミッションに引き継がれています。

ソーラーセイルの研究開発の経験は、プロジェクトエンジニアの仕事に役立っていますか?

プロジェクトの進め方には2つの方向性があると思っています。一つは、最初に決めたことを確実にやるというもの。もう一つは、「こうやったらより良くなる」ということを積極的に取り入れていくというもの。どちらも正しいですが、研究者はできるだけいいデータを取りたいと思っています。私も研究活動をしていましたから、その気持ちはよく分かります。だから、できるだけいいデータを取りたいという研究者の思いを、会話を通してすくい上げていくつもりです。プロジェクトエンジニアに求められることはプロジェクトごとに違いますが、宇宙研では特にそのような視点が期待されていると思うのです。

今後はどのようなことをやりたいとお考えですか?

プロジェクト請負人でありたいと思っています。「この人がいればプロジェクトは成功する」。そう言われる人になりたいのです。そしてプロジェクトを1つでも多く、特に世界一を狙えるプロジェクトを成功させたいです。
ただし、自分一人でできることは限られていて、みんなの力がなければプロジェクトは実現できません。みんなの力を引き出し、気持ちよく仕事をしてもらう環境を作っていくことが重要と考えています。

172_in.jpg

自分プロジェクト「家づくり」で実践

趣味で音楽をやっていた、という話がありました。

5歳ごろからピアノを習っていました。また、高校生のときは、オーケストラ部で金管楽器のセクションリーダでした。演奏会の前など、こうするともっといい演奏になるよ、とみんなで話し合いながら練習するのが、とても楽しかったです。ただし、当時の私は気性が荒く、言い方もきつかったので、周りの空気を悪くしてしまったこともあり、反省しています。

ピアノはずっと続けているのですか?

はい、ずっと続けています。大学生以降は、主に弦楽器の方を含めて室内楽曲に取り組んでいました。子供の頃は惰性で続けていましたが、よりよい演奏になる方法を仲間と会話するようになり、どんどん楽しくなってきたのです。

私にとって音楽は生活の一部です。音楽を通して、人とのつながりもできます。仕事のほかに参加するコミュニティがあるのは、好ましいことだと思います。仕事では、いろいろつらいことがありますからね。

音楽は生活の一部なのですね。

はい。だから家を建てるとき、グランドピアノを置けることが重要な条件の一つでした。それを含めたさまざまな条件を満たす家を建てる。それは、まさに「家づくり」プロジェクトでした。

ハウスメーカーの担当者との最初の打合せには、どういう家にしたいか、「要求」をまとめた資料を持参しました。そして打合せのたびに、誰が何をいつまでにやるかを確認しました。つい仕事のくせが出てしまって......。担当者は、こういう人は初めてだと驚いていましたね。でも結果としてトラブルなく家が建ち、3年たった今でも不満は一つもありません。

家づくりという自分プロジェクトを成功させ、これまでやってきたプロジェクトの進め方は間違っていないぞ、と確信できました。次はSOLAR-Cプロジェクトです。頑張ります。

【 ISASニュース 2024年8月号(No.521) 掲載 】(一部加筆)