「SLIMテーマソング」に込めた想い

小型月着陸実証機SLIMのウェブサイトで公開されている「SLIMテーマソング」は、伊藤さんが作曲されたそうですね。どういうイメージで、この曲をつくったのでしょうか?

宇宙開発のイメージとしてよく言われるのが、壮大さです。一方で、私が実際に携わって思うのは、宇宙開発はとても人間くさい仕事だということ。プロジェクトのメンバー同士で、侃々諤々の議論をすることもあります。でも、同じ釜の飯を食べてきた仲間であり、信頼関係で結ばれています。壮大さに加えて、ヒューマンドラマのような人間くささも表現できたらいいな、と思いながらつくりました。ぜひ多くの人に聞いていただきたいと思います。

評判は?

どうでしょうね(笑)。自分から聞くのも恥ずかしいですし、周りの人も直接は言いづらいと思いますが、とてもうれしいこともありました。2024年3月にNPO法人「JAXA宇宙科学研究所と夢を創る会」による「JAXA宇宙科学研究所応援コンサート〜弦楽五重奏で宇宙をたのしむーん〜」が相模原キャンパスで開催され、SLIMテーマソングを演奏してくださったのです。とても感動しました。(*ISASニュース 2024年5月号いも焼酎 参照)

SLIMは生きている!

SLIMでは何を担当されたのですか?

誘導航法制御という部分です。SLIMは、自身のカメラが捉えた画像などの情報から現在の位置や速度を推定し(航法)、目標地点までの軌道を計算して決め(誘導)、エンジンを噴いたり止めたり機体の姿勢を回したりしながら(制御)、目標地点にピンポイントで着陸します。その自動操縦で着陸するためのプログラムの開発や設計を担当しました。

月面着陸のときの管制室の様子を教えてください。

降下を始めてから着陸まで20分ほどです。着陸は自動操縦で行われますから、基本的に私たちはSLIMの状況が表示されているテレメトリ画面を見守るのみです。「このままうまく降りてくれ」と祈る一方で、あれが起こるのではないか、これが起こるのではないかと考えてしまい、ピリピリした精神状態が続きました。

私は、SLIMの誘導航法制御に9年もの時間を捧げてきました。にもかかわらず、わずか20分で、成功か失敗か結果が出てしまうのです。以前、SS-520-5号機という小型ロケットの誘導航法制御を担当したときは、3年を捧げて、飛行は10分足らずでした。打ち上げるまでの道程が苦しく長い分、成功すると、しびれるほど強烈にうれしくて、また経験したくなる。それが宇宙開発の魅力の1つです。

SLIMは2024年1月20日、世界初の月面ピンポイント着陸に成功しました。

テレメトリ画面に月面着陸を示す「MLM」の文字が表示されたものの、SLIMの着陸姿勢が想定と異なっていることが分かり、管制室は緊張と動揺に包まれました。ただし、SLIMからはデータが送られてきていました。SLIMは生きている! 私は心の中で小さなガッツポーズをしました。でも何が起きているのかを早急に把握する作業と、着陸後の運用作業で慌ただしくなり、みんなでガッツポーズをするという雰囲気ではありませんでした。

今回、絶対に成功しなければいけないラインはクリアできました。でも、着陸降下データを詳しく解析していくと、いろいろな改善点やアイデアが出てきます。次の月着陸ミッションでは、この経験を生かし、完全なガッツポーズをしたいです。

宇宙飛翔工学研究系 助教 伊藤 琢博

次は超精密なフォーメーションフライト

次はどのようなミッションに携わりたいと考えていますか?

私たちは月面ピンポイント着陸をやり遂げましたが、それは20年前に先輩たちが構想したものです。今度は自分たち若い世代が新しい構想を描き、実行しなければなりません。私が挑戦したいのが、フォーメーションフライトです。これは、一定の距離や配置を保って複数の宇宙機を飛行させる技術です。

複数の衛星をフォーメーションフライトさせれば、100mどころか1km、100kmという巨大な望遠鏡として機能させることも可能で、天体を高分解能で観測できるようになります。また、小惑星や衛星など天体の周りを複数の探査機が並んで飛行することで、これまでにない観測ができるようになります。フォーメーションフライトは、天体観測や宇宙探査を変革するポテンシャルを持つ技術です。

フォーメーションフライトを利用した天体観測の中には、衛星間距離について精度1μm以下のきわめて正確な制御を求めるものもあります。この衛星間制御を自律化した、画期的な超精密フォーメーションフライトの実現を目指しています。私は、自在に宇宙機を飛ばすための技術を提供することで、画期的な天体観測や宇宙探査の実現に貢献したいです。

【 ISASニュース 2024年6月号(No.519) 掲載 】