年100日以上は能代ロケット実験場

秋田県の能代ロケット実験場から昨日戻ったばかりで、またすぐ能代に行かれるそうですね。

ロケット開発と水素社会実現に向けた活動、その2本立てで研究開発を行っています。能代ロケット実験場にはそのための実験設備があるので、年100日以上は能代にいます。

ロケットの研究開発の道に進んだきっかけは?

高校生のころから飛行機など飛びものに憧れていて、飛びものをつくりたいと思っていました。できれば未来の飛びものがいいな、とも。極超音速航空機はまだ本格的な実用化には至っていなかったことから、そのエンジンの開発に大学時代から取り組みました。

燃料の液体水素をエンジンにうまく送れないことが問題になっていました。極低温の液体水素が温められて沸騰し、流れづらくなってしまうようなのですが、どのくらい沸騰しているのかも分かっていませんでした。そこで、液体水素の沸騰状態を計測するセンサを開発し、データの取得にも成功しました。そのデータを使い、液体水素の流動特性のシミュレーションもできるようになりました。

大学院の修士課程だった2014年、このセンサを観測ロケットに搭載し、宇宙空間で液体窒素の沸騰状態を計測する実験に参加しました。自分達が開発したセンサが宇宙に行き、宇宙から送ってきたデータを見たとき、とても感動しました。そして、宇宙を飛ぶものをつくりたい、と思ったのです。これが私の研究人生のターニングポイントになりました。

このセンサはさまざまな需要があり、H3ロケットの第2段エンジンの地上燃焼試験でも使われました。日本の基幹ロケットの開発に貢献できたというのは、格別にうれしかったですね。

現在どういう思いで、ロケットエンジンの研究開発に取り組んでいるのでしょうか。

宇宙をより近くしたい。そう思っています。宇宙に物を安くたくさん届け、人が宇宙に簡単に行ける、そういう世界にしたいのです。新婚旅行の行き先を選ぶときに、宇宙が候補に入るくらいになればいいな。私も一度は宇宙に行ってみたいです。

宇宙飛翔工学研究系 助教 坂本 勇樹

失敗を肌で感じ、その経験を次に生かす

これまでの実験で忘れられないものはありますか。

再使用ロケット用に開発しているATRIUMエンジンのガスジェネレータ燃焼試験です。2019年の年末で、私は計測室にいました。ガスジェネレータの中では水素と酸素を燃やして高温のガスをつくります。試験を開始すると、ガスジェネレータの温度が一瞬でポンと高くなったのです。異常が発生したら「エマスト!」と叫んで非常停止ボタンを押さなければいけないのですが、私は温度センサの誤りかもしれないと、一瞬ちゅうちょしました。「エマスト!」と叫んで非常停止ボタンを押したのと、ガスジェネレータが割れるのが同時でした。異常だと少しでも思ったら止める勇気が必要なのです。割れた瞬間のことを、今でも肌が覚えています。この肌感は決して忘れることはないし、忘れてはいけないと思っています。

世界をリードする液体水素の実験施設を能代に

水素社会実現に向けた活動とは?

近年、多くの企業が水素社会実現を目標に掲げ、液体水素を輸送・貯蔵する技術の開発に取り組んでいます。液体水素はロケットの燃料であり、能代ロケット実験場には液体水素の実験施設があり、液体水素を扱うノウハウを持った人もいます。そこで能代ロケット実験場では、企業に液体水素を扱うノウハウを伝えたり、企業が開発したバルブなどの試験を一緒に行ったりしています。

液体水素の実験施設の拡張を計画中です。事故を模擬した試験ができる施設にしようとしています。事故が起きないようにすることは大前提ですが、事故が起きても人命が守られる、施設が守られる必要があります。それには、どういう事故が起きる可能性があるのか、そのとき液体水素はどのような挙動をするのかを知っておかなければ、対策を取れないからです。大規模なアクシデントを模擬した試験ができる施設は、まだどこにもありません。世界をリードする液体水素の実験環境を整えることが、私たちの使命だと思っています。水素社会が実現し液体水素がたくさん使われるようになれば、値段が下がります。ロケットの打上げ費用も安くなって宇宙がより近くなる、という効果も期待しています。

能代はどういう街ですか?

とてもいい街ですよ。能代市も市民の皆さんも、ロケット実験場を受け入れ、温かく見守ってくれています。ありがたいです。能代市は、宇宙や水素社会をテーマにさまざまな構想を練っています。それを、大学やJAXAも一緒になって実現しようという試みも進行中で、私はJAXA側の取りまとめをしています。ますます能代が好きになっていきます。

*エアターボエンジンとロケットエンジンの複合エンジン。Air Turbo Rocket for Innovative Unmanned Missionエンジンの略称

【 ISASニュース 2024年4月号(No.517) 掲載 】