「銀河を吹き渡る風」の動きを見る

2023年6月、金沢大学から宇宙研に移ってこられました。

大学院生のときに宇宙研に所属し、その後、助手として2006年まで宇宙研にいました。金沢大学に移ってからも宇宙研のX線天文衛星のプロジェクトに参加するなどつながりはありましたが、17年半ぶりに宇宙研に戻ってきました。

X線分光撮像衛星XRISM(クリズム)の打上げ間近というタイミングだったので、その準備に追われ、2023年9月7日に打ち上げられた後も初期機能確認運用、ファーストライトと慌ただしく、2024年2月から定常運用に移行して、ようやく落ち着いたところです。

XRISMは、どういう衛星ですか?

XRISMは、数百万度から数千万度の高温ガスを観測し、宇宙で起きている熱く激しい活動や天体を調べます。

私は、XRISMに搭載されている観測装置のうちの1つ、Resolve(レゾルブ)の開発にサブPI(副代表研究者)として携わってきました。Resolveは、X線マイクロカロリメータという検出器を絶対温度0.05度(マイナス273.1℃)という極低温に冷却することで、宇宙からやってくるX線のエネルギーを高精度に測定します。それによって「銀河を吹き渡る風」の動きを見ようとしています。

銀河を吹き渡る風とは?

銀河団は数千個もの銀河の集まりですが、宇宙の初期にはそのような巨大な天体はありませんでした。銀河の小さな集まりが衝突・合体を繰り返して大きな銀河団に成長していったと考えられています。また、銀河団は高温のガスで満たされていることが、X線による観測から分かっています。銀河団の衝突・合体に伴って、高温ガスも混ざり合います。そうした高温ガスの動きを、銀河を吹き渡る風と呼んでいるのです。

元素は、特性X線と呼ばれるそれぞれ固有のエネルギーのX線を放射しています。高温ガスが放射するX線のエネルギーをマイクロカロリメータで高精度に測定することで、高温ガスの中にどの元素がどれくらい存在するのか、どのような物理状態にあるのか、さらにドップラー効果によって波長が変化することを利用すると動きも分かります。銀河を吹き渡る風の動きを詳しく捉えることで、銀河団がどのように成長してきたのかを明らかにする。それがXRISMの大きな目標の1つです。

4度目の挑戦!

2024年1月にはファーストライトで取得されたデータが発表されました。

XRISMは大マゼラン雲にある超新星残骸N132Dを観測しました。これまでは見分けることができなかった複数の特性X線を、しっかり分離できています。

実は、このX線マイクロカロリメータによる観測は、2000年に実現する計画だったのです。その達成に23年もかかってしまいました。

その23年間にどういうことがあったのでしょうか。

最初のX線マイクロカロリメータはASTRO-Eに搭載され、2000年にM-Vロケットによって打ち上げられましたが、所定の軌道に投入することができなかったのです。2005年に代替機としてASTRO-E II(すざく)が打ち上げられたのですが、冷却用の液体ヘリウムが失われてX線マイクロカロリメータによる観測ができませんでした。2016年にはASTRO-H(ひとみ)が打ち上げられ観測を開始したものの、衛星の姿勢制御のトラブルによって1カ月で運用を終了しました。そして2023年、XRISMが打ち上げられたのです。4度目の挑戦でした。

この間、装置の改良を続け、エネルギー決定精度は2倍以上に、その他の性能も大きく向上しました。同じX線マイクロカロリメータを用いた観測装置ですが、ASTRO-Eとは別の装置と言ってもよいくらい進化しています。

XRISMの打上げのときは、どのような思いでしたか。

「とにかく上がってくれ!」と。打上がった後にXRISMからの信号を初めて受信したときは、「無事でよかった」と思いました。でも、これまでのことがあるので、打ち上がっただけでは安心できませんでした。観測装置の電源が入っても、絶対温度0.05度まで冷却できても、まだ安心できませんでした。観測を開始して、従来の観測装置とはまったく違う高精度のデータが取れていると分かって、「ようやくここまできた」と、ちょっと安心しました。

その段階でもまだ「ちょっと安心」なのですね。

できる限りのことをやって打ち上げます。しかし宇宙では何が起きるか分からないので、いつまでたっても完全に安心はできませんね。実はXRISMで、X線マイクロカロリメータにX線が入ってくるところに取り付けた保護膜が開けられていないというトラブルが起きています。保護膜が閉まっているとエネルギーの低いX線が遮られてしまいます。今はエネルギーの高いX線を出している天体を観測しているので大きな支障はないのですが、対策を検討しています。

人工衛星の場合、打ち上がったら、もう手を出せません。できることならば、今すぐ宇宙に行って保護膜を開けてきたいです。

XRISMの開発段階でも多くの苦労があったのではないでしょうか。

大変なことの連続でしたね。一番大変だったのは、液体ヘリウムが漏れたことです。

Resolveは日米欧の国際協力で開発していて、X線マイクロカロリメータと絶対温度1度から0.05度への冷却をNASAが担当し、ヘリウムタンク、機械式冷凍機と冷却システム全体を格納する真空断熱容器を日本が担当しました。実際に宇宙に行くフライトモデルを組み上げたところ、液体ヘリウムが容器から漏れるという問題が生じました。液体ヘリウムが漏れてしまうと冷却できず、観測ができません。原因を究明して対処するにはNASAのメンバーに日本に来てもらって一緒に取り組む必要があるのですが、コロナ禍の最中で海外からの移動が制限されていたこともあり、対応に1年以上かかりました。「解決できないのではないか」と思ったときもあります。

困難を乗り越えられた原動力は?

「どうしても打ち上げたい」という願望と、「打ち上げないわけにはいかない」という責任感の両方ですね。そして一緒に頑張ってきた仲間たちが、大きな支えになりました。日本側にもNASAのメンバーの中にも、ASTRO-Eから20年以上にわたって一緒に頑張ってきた人がいます。このチームは強いです。

X線からマイクロ波へ。銀河団から宇宙背景放射へ

今後どのようなプロジェクトに携わっていく予定ですか?

宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星LiteBIRD(ライトバード)計画を推進する人材の公募があり、宇宙研に戻って来ました。私はずっとX線天文衛星に携わってきましたが、LiteBIRDが観測するのはX線ではなくマイクロ波です。また、これまでは宇宙誕生から何十億年もかけてつくられた銀河団など大きな構造を観測してきましたが、LiteBIRDで観測するのは宇宙誕生の38万年後に発せられた宇宙マイクロ波背景放射です。宇宙マイクロ波背景放射の偏光を精密に観測することでビッグバン以前の宇宙、いわゆるインフレーション宇宙論を検証する。それがLiteBIRDの目標で、2030年代初めの打上げを目指しています。

なぜ、観測する波長も対象も違う衛星に携わることにしたのですか?

実は、LiteBIRDに搭載するマイクロ波検出器は、X線マイクロカロリメータと基本的な原理は同じです。検出器を極低温に冷却して観測する点も同じです。これまでX線天文衛星で培ってきた技術や知見を活かすことができるだろうと考えました。

それに、宇宙がどのように誕生したのかは誰もが興味を持っていることでしょう。私も、ビッグバン以前の宇宙がどうなっていたのか、大いに興味があります。

X線天文衛星をもう1機やりたい、という思いは?

XRISMのX線マイクロカロリメータは面積が小さいので、大面積化を実現し、それを搭載したX線天文衛星を打ち上げたい、という思いはあります。似た技術の多いLiteBIRDをやることが、次のX線天文衛星にも役立つはずだと考えています。

例えば、冷却システム。液体ヘリウムを用いると極低温まで冷却できるため、天文衛星の冷却システムによく使われてきました。しかし、液体ヘリウムは徐々に消費され、枯渇すると観測ができなくなります。XRISMでは液体ヘリウムと機械式冷凍機を併用するシステムを採用し、液体ヘリウムが枯渇後も観測を継続できるようになっています。LiteBIRDは、機械式冷凍機だけで極低温を実現しようという先駆的なミッションです。それを成功させることが、今後のX線天文衛星の冷却システムにもつながります。

これまでのX線天文衛星で培われた技術がLiteBIRDに活きて、LiteBIRDで培われた技術が次のX線天文衛星に活きる。そうやって、将来につなげていきたいと思っています。

宇宙物理学研究系 教授 藤本 龍一

複雑な現象を基本法則で解く物理学に惹かれて

宇宙物理学の道に進んだきっかけは?

高校の物理の先生との出会いが大きかったですね。物理学とは複雑な現象を基本法則で説明する学問である、と教えてくれました。高校物理の問題は、覚えることは少なく、原理を理解して道筋を立てて考えていけば解ける。それが新鮮で、物理って面白いと思い、大学では物理学を学ぼうと決めました。

物理学の中でも宇宙物理学を選んだ理由は?

それも先生との出会いですね。絶対この道に進むぞ、という目標があったわけではなく、その時々の出会いに導かれて歩んできました。あっ、ちょっと格好よく言い過ぎたかもしれません。物理学は物性と素粒子・宇宙とに大きく分けられますが、物性は複雑すぎて自分には無理だと思ったということもあります。

でも、観測装置を開発していると、物性の知識が必要になってきます。必要に駆られて勉強してみると物性も面白く、学生時代にもっと勉強しておけばよかったと後悔しています。若い人には、自分が目指す分野だけでなく、ぜひ幅広く興味をもって勉強してもらいたいです。

ご自身の性格は? また仕事をする上でのこだわりはありますか?

我慢強く、じっくりやるタイプです。XRISMやそれ以前の衛星でも、私はNASAとのやりとりを担当していました。日本人とアメリカ人は考え方が違い、意見が対立することもあります。そうした中で物事を進めていくのには、この性格が役立ったかもしれません。

私は、いくつものことを並行してやるのが苦手です。だからこそ、やり始めたことは最後までやることを心掛けています。

宇宙物理学に進んでいなかったとしたら?

宇宙物理学が専門とはいえ、人工衛星の開発は様々な工学技術の結集であり、すでに半分別の分野に進んでいるのかもしれません。どちらも自然科学の分野ですが、目的やそれを実現するアプローチは随分異なっていて、どちらもとても奥が深く、面白いです。もし宇宙物理学ではなく全然別の分野に進んでいたとしたら、それはそれできっと面白かっただろうと思います。

【 ISASニュース 2024年3月号(No.516) 掲載 】(一部加筆)