構造系は怖い

2020年に、日本大学の理工学部航空宇宙工学科から宇宙研に移ってこられました。現在はどのような研究開発をされているのですか。

専門は宇宙構造物の構造動力学です。人工衛星や探査機の構造というと硬いものというイメージがあるかもしれませんが、私が対象としているのは主に膜やケーブルなど柔軟な構造物です。

ロケットは格納できる衛星のサイズが決まっているので、大きな衛星をそのまま打ち上げることができません。また、近年は人工衛星の小型化がトレンドになっていますが、宇宙ではセンサーを付けたマストを長く伸ばして観測したい、といった要望もあります。そこで、小さく収納して打ち上げ、宇宙で広げたり伸ばしたりする技術が必要になります。私は、そうした展開構造や伸展構造の研究開発をしています。

宇宙で構造を広げたり伸ばしたりすることには、どのような難しさがあるのでしょうか。

ロケットが打ち上げられるときには大きな振動が発生し、人工衛星や探査機はその振動に耐えられなければいけません。また、宇宙空間で展開や伸展したときに歪んでしまっては困ります。だから、しっかりしていることが要求されます。ただし、重くなると、大型ロケットでなければ打ち上げられなくなってしまいます。「しっかり」と「軽い」という相反することを両立させるのが難しく、苦労しています。しかも、宇宙で使うことができる材料は限られています。そうした難しさが面白さでもあるのですが、そもそも構造系というのはとても怖いものなのです。

構造系は怖いとは、どういうことですか。

人工衛星や探査機には、さまざまな観測装置やエンジンが搭載されています。それらを開発した人たちは、「すごい観測をするぞ!」「あの天体へ行くぞ!」と世界先端を狙っているわけです。もし構造に問題があって壊れたり歪んだりしたら、それらを達成できなくなってしまいます。搭載物は壊れやすいものにしないでくださいとお願いするのですが、ぎりぎりを攻めているので、どうしても繊細なものになります。構造の問題で皆さんの努力や期待を台無しにしないように、ものすごいプレッシャーを感じ、怖いのです。

しかも、構造は見えますからね。開かなかったり折れたりしたら、失敗だとみんなに分かってしまいます。とても怖い......。

地上で実験ができない!

人工衛星や探査機の構造系を担当する人に求められる能力やスキルはありますか。

優秀な先輩たちを見ていると、洞察力がすごいですね。図面をぱっと見ただけで、「ここが危ない」と指摘します。言われれば分かるのは当然で、誰も言っていないときに危ない箇所に気付けることが、構造系の人には求められているように思います。

ここが危ないとなれば、問題があるかどうかを検証して、壊れないように変更を加えます。少なくとも硬い構造物であれば、これまで培われてきた理論や技術を応用していくことで対応できます。しかし気付かないと、どうにもなりません。

柔軟な構造物に関する理論や技術は、どういう状況ですか。

柔軟な構造物については、理論も技術も十分には確立されていません。だから、ケースバイケースで考え対応する必要があります。

私は大学に所属していたとき、小型ソーラー電力セイル実証機IKAROS(イカロス)のプロジェクトに参加しました。IKAROSは、薄い大きな膜を広げ太陽の光の圧力を受けることで宇宙空間を進みます。ソーラーセイルというコンセプトは私が学生のころからありましたが、誰も実現できずにいました。何が難しいって、膜の展開に関する理論も技術も確立されていない上に、地上で実験することができないのです。

地上実験ができないとなると、膜の展開をどのように検証するのですか。

地上では重力があるため、薄い大きな膜は、くしゃっとなって形を保てません。そこで、小さい膜で実験をして、大きい膜ではどうなるかをいろいろな式に当てはめて予測する、というのが1つの方法です。しかし、小さい膜の実験結果から大きい膜の挙動を全て正しく予測できるとは限りません。

もう1つの方法は、数値シミュレーションです。数値シミュレーションならば、大きさの制限なく展開の挙動を計算によって予測できます。しかし、実機と同じサイズの膜で実験をしてうまくいけば、その結果をみんなが信用してくれるのに対して、数値シミュレーションでうまくいくという結果が出ても、「計算上でしょう」と言われてしまいがちです。

IKAROSの場合は?

IKAROSでは、実機サイズの膜の展開挙動の検証を主に数値シミュレーションで行いました。私たちが、展開挙動を予測する解析コードを開発しています。私たちの数値シミュレーションを信用してもらえてIKAROSは2010年に打ち上げられ、宇宙空間で1辺14mの薄膜を展開することに成功しました。ソーラーセイルを世界で初めて実現したのです。

薄膜の展開構造についての理論や技術の基本的な部分はIKAROSで確立できたと、個人的には考えています。より信頼されるものにするためには実績を重ねていく必要がありますが、残念ながらIKAROSの後が続いていません。一方、アメリカではソーラーセイルの打上げ計画が複数あります。せっかく日本が世界のトップに立ったのに、追い付かれ追い越されてしまうのは、悔しいです。負けたくないと、私たちの研究室でもソーラーセイルの開発を頑張っています。

宇宙飛翔工学研究系 教授 宮崎 康行

日本がソーラーセイルのトップであり続けたい

どのようなソーラーセイルを開発しているのでしょうか。

私の研究室では、大学の研究室と一緒に、学生が中心になって超小型ソーラーセイルを開発しています。打上げ時の大きさは縦10cm・横10cm・高さ20cmで、宇宙空間で1辺5mの薄膜を展開します。

IKAROSは本体を回転させて遠心力で薄膜を展開しました。広げた状態を維持するため、本体はずっと回転させておきます。しかし、回転しているために薄膜が波打ったりしわが寄ったりすることがあり、すると光の当たり方が変わって姿勢が乱れ、制御に苦労するという課題もありました。

私たちが開発している超小型ソーラーセイルは、4本のマストを伸ばして薄膜をピラミッド型に展開します。薄膜をピラミッド型にすることで、光の当たり方の影響を受けにくくなり、たとえ姿勢が乱れても元に戻すのが簡単になるのです。とはいえ、ピラミッド型に展開するのは簡単ではありません。現在、展開の精度を高めるための研究に取り組んでいます。

小さく収納して打ち上げて宇宙空間で望み通りの形状に精度良く展開できるようになれば、長期間安定した飛行が可能になり、ミッションの幅も広がることでしょう。面白いミッションができるとなれば、頑張りたくなります。しかも若い人たちとやっていると、アイデアが豊富で、それをぱっと図面に起こしてきたり、動きが早くて楽しいですね。日本がソーラーセイルのトップであり続けるためにも、超小型ソーラーセイルをぜひ実現したいと考えています。

スターシェードで系外惑星を直接観測する

研究室で取り組んでいるほかのテーマも教えてください。

大きなテーマの1つが、系外惑星の観測です。太陽系以外にも、恒星の周りを回っている惑星がたくさん発見されています。地球型の惑星も見つかり、生命が存在している可能性があります。しかし、系外惑星を直接観測して大気の成分など詳しい情報を得ることはできていません。恒星の光がまぶし過ぎるのです。その問題を解決する方法として、宇宙望遠鏡と恒星の間に恒星の光を遮る構造物を置く、というアイデアがあります。スターシェードと呼ばれるこのシステムの実現を目指しています。

恒星の光を遮る構造物をオカルタと呼び、数十mの大きさが必要です。形は円がよいと思うかもしれませんが、円形では回折した光が望遠鏡に入ってしまいます。望遠鏡に回折した光が入らないようにするには、花びらのような形がよいとされています。数十mと大きく、花びらのような複雑な形をした構造物をそのまま打ち上げることはできませんから、小さく収納して打ち上げて宇宙空間で展開する必要があります。

どういう構造で、どのように収納して、どのように展開すれば、宇宙空間で望みどおりの形状になるのか。そのための研究開発を行っています。少しでも歪むと、回折した光が望遠鏡に入ってしまいます。究極的に難しいので、究極的に面白く、私たちの腕の見せ所です。ただし、私が現役の研究者でいるうちに実現するのは難しそうなので、若い人たちに期待しています。

スターシェードシステムを用いた系外惑星の観測

スターシェードシステムを用いた系外惑星の観測。宇宙望遠鏡と惑星の間に花びらの形状をした数十mのオルカタを置いて恒星の光を遮る。

流されてたどり着いた場所

子どものころから宇宙に興味があったのですか。

いいえ、宇宙にはまったく興味がありませんでした。小学2年生のときに、父の仕事の関係で九州から東京に来ました。父は家を買うのが好きで、都内で何回も引っ越しました。親とよく不動産屋に行き、いろいろな家を見ていた影響でしょうか。こんな家に住みたいな、と家の絵を描くのが好きでしたね。子どものころは建築家になろうと思っていました。

中学時代は数学が好きでした。塾の数学の先生に憧れ、数学者って格好いいな、数学者になろう! と思っていました。高校に入ると、物理学者になるぞ! に変わりました。最初は物理学がまったく分からなかったのですが、分かり始めると急激に面白くなっていったのです。

どのような経緯で現在の専門分野に進んだのですか。

高校2年生のときに友達が、純国産ロケットの開発についての本を読んでいたのです。それを見ていて、ロケットって格好いいな、好きな数学と物理学を生かしてロケットを設計して飛ばそう! と考え、宇宙工学を学べる大学に進みました。よくそんなことで進路を決めたな、と思います。

大学4年生になると、ロケットの構造を専門とする研究室に入りました。当時は、大学を卒業したら宇宙開発事業団(NASDA)に入ってロケットを飛ばすつもりでいました。そんな甘い考えの私に対して、同期の友人は大学院に行くと言うのです。私たちの研究室の教授は定年退職することが決まっていたので、宇宙研の三浦公亮先生の研究室に行きたいということまで考えていました。そして、彼が三浦先生を訪ねるとき、私も一緒に付いて行くことに。実はそのときの私は、「宇宙研って?」という状態でした。

三浦公亮先生は宇宙構造工学がご専門で、電波天文衛星「はるか」の大型アンテナの設計にも使われたミウラ折りを考案された方ですね。

三浦先生の話を聞いているうちに展開構造って面白そうだなと思い、「僕も大学院に行きます!研究室に入れてください!」とコロッと変わってしまったのです。主体性がなく、周りに流される人生です。

宇宙飛翔工学研究系 教授 宮崎 康行

常に美しく。そして宇宙研は面白い

研究開発をしていく上でのこだわりやモットーはありますか。

1つは、「必ず成功させるという気持ちでやる」ということです。成功・失敗は、やってみないと分かりません。そして、失敗からいろいろなことを学べるので、失敗してもいいのです。しかしそれは、必ず成功させるという気持ちで力を尽くして取り組んだ場合のことです。力を尽くさなければ、当然失敗します。そして、その失敗から学べることはありません。

もう1つは、「常に美しく」です。この電子基板は美しい、と感じることがあります。それをつくった人に、どうしてこういう配置・配線にしたのかと聞くと、詳しく答えてくれます。どんな細かいことでも1つ1つきちんと考えてつくられたものは、美しく感じるのです。隅々まで考えが及んでいないものは、美しく感じません。ですから、何事も1つ1つきちんと考えることを心掛けています。美しいというのは見た目の良さではありません。何が美しいのか、なぜ美しいと感じるのかを考えることも大切だと思っています。

宇宙研に来て、どのようなことを感じましたか。

大学にいたとき、宇宙研はだんだん面白くなくなってきている、という声を聞きました。でも宇宙研に来て、そんなことはない、やはりとても面白いところだ、と強く感じています。

面白いというのは、どういうことでしょうか。

挑戦している人が多いということです。私も、挑戦ができるから宇宙研に来ました。大学の研究室でも人工衛星や探査機を打ち上げることはできますが、規模は限られます。宇宙研では、大きくて難しいプロジェクトに挑戦できます。プレッシャーも大きいですが、だからこそ面白いと思えます。プレッシャーもない楽な環境だったら、宇宙研には来ていません。

【 ISASニュース 2023年5月号(No.506) 掲載 】(一部加筆)