良い軌道は美しい

宇宙ミッションデザイナーと名乗られているそうですね。

馴染みがない名前かもしれませんね。探査機が目的の天体までどのルートで飛行するかを決めることを軌道設計といいます。最短で目的天体に行きたい人も、途中で別の天体を探査したい人もいるでしょう。探査機のサイズと燃料の量によっても軌道は制限されます。さまざまな要求を総合的に評価してミッションの成果が最大限になるように、またいろいろな制約を満たすように、軌道を設計しなければなりません。軌道設計は探査内容や探査機の仕様などミッション全体に関わってくることから、軌道設計を含めミッション全体を設計することを宇宙ミッションデザインと呼び、それを行うのが宇宙ミッションデザイナーです。日本で宇宙ミッションデザイナーを名乗っている人はまだ少ないですね。

現在はどのミッションに参加しているのですか?

最も深く関わっているのは、深宇宙探査技術実証機DESTINY+です。いくつもの軌道設計をやってきましたが、難しさで言えばDESTINY+は最上級です。DESTINY+は、小型ロケットで打ち上げられ、地球周回軌道に投入されます。イオンエンジンを稼働し、地球を何百周も回りながら加速して高度を上げていき、月の重力を利用して軌道変更と加速を行い小惑星フェートンへ向かいます。この方法で深宇宙へ行く探査機は、世界初です。初めての方法というだけでも難しいのに、取り得る軌道がとてもたくさんあるのです。すべて計算して最善解を探索していくと、現実的な時間では軌道設計が終わりません。そこで、軌道を絞り込んでから最適化していきます。そのとき必要になるのが、経験で培ってきた勘やセンスです。

良い軌道とは?

最適解を追究し過ぎるのもよくありません。トラブルが起きても立ち直ってミッションを継続できることが重要です。そのためには余裕を持った軌道設計をするのですが、余裕をどう取るかが難しく、トラブルを想定した最善の軌道を設計する手法が私の研究テーマの1つになっています。また、良い軌道は美しい軌道になる、と私は考えています。

DESTINY⁺ の軌道は美しいですか?

はい、自信があります。DESTINY+の軌道はとても美しいんだよ、という話をいろいろなところでしています。それを聞いた芸術家の友人が、その軌道を真鍮線で描いた作品をつくって、私の結婚祝いにプレゼントしてくれました。研究室に飾って、なんて美しい軌道なんだろう、と毎日眺めています(笑)。

宇宙機応用工学研究系 テニュアトラック特任助教 尾崎 直哉

(Photo by Madoka Shibazaki)

AIによって最善の軌道を設計する

モットーや今後やりたいことは?

「不可能なことを可能にする」というモットーで取り組んでいます。しかも、期待を超えていくミッションをやりたい。

1つ挙げると、深宇宙コンステレーションです。地球周回軌道でたくさんの衛星を連携して運用する衛星コンステレーションが実現し始めています。コンステレーションとは、特定の目的のために協調した多数個の衛星・宇宙機の一群およびそのシステムを指します。その深宇宙版で、超小型探査機を同時に複数打上げ、それぞれが異なる小天体をマルチフライバイする軌道上でコンステレーションを構築します。各探査機がフライバイ探査といって小天体の近くを高速で通過しながら探査した後、地球スイングバイを行い地球の重力を利用して軌道を変え、別の小天体をフライバイ探査する、ということを複数の超小型探査機で繰り返すのです。対象天体との相対速度をゼロにして行うランデブー探査の方が、フライバイ探査より詳細な情報を得ることができます。しかし、日本がランデブー探査を行った小天体は、数十年の歴史の中でイトカワとリュウグウの2個です。小天体は、太陽系内に100万個以上発見されています。この方式ならば、1 ヶ月に1個の頻度で新しい小天体のフライバイ探査が可能です。また、深宇宙コンステレーションを組んでおくと、地球スイングバイ時に方向転換をして、恒星間天体等の突発的に現れる魅力的な天体を探査することもできます。その情報を元にランデブー探査の対象を決めたり、プラネタリーディフェンスや宇宙資源ビジネスが動き出したり、新しい世界が開けるでしょう。

宇宙ミッションデザインの今後は?

深宇宙コンステレーションがいくつも構築されるようになったら、多くの軌道設計が必要になります。経験で培った勘やセンスを必要とする現在のやり方では、対応しきれないでしょう。そこで私は今、軌道設計のスペシャリストが持っている勘やセンスをAI(人工知能)に学習させてモデル化しようとしています。探査機の仕様と目的地を入力すると、AIによって最善の軌道が自動で出てくるようにしたいのです。AIを用いた軌道設計の自律化研究は今、とてもホットなテーマです。世界に先駆けて軌道設計の不可能を可能にしたいと思っています。

【 ISASニュース 2023年3月号(No.504) 掲載】