目指すのは水素燃料の完全再使用ロケット

どのような研究開発に取り組んでいるのですか?

液体水素を燃料とする再使用ロケットの研究開発を行っています。これまでにロケットの部分的な再使用は実現していますが、さらにロケット全てを再使用する完全再使用ロケットの実現を目指して活動しています。ロケットの燃料にはいくつか選択肢がありますが、燃料に液体水素、酸化剤に液体酸素という組み合わせが最もエンジン性能が高くなります。また、液体水素は燃焼時に二酸化炭素が出ないという環境的な利点もあり、たくさんのロケットが打ち上げられる時代には液体水素が選択されると、私は見込んでいます。

完全再使用ロケットの開発の現状は?

宇宙研では、1990年代から垂直に離着陸する単段式の再使用ロケット実験機(RVT)を開発し、能代ロケット実験場で地上燃焼試験や飛行試験を行ってきました。2019年からはRVTを大型化したRV-Xを開発し、地上燃焼試験を繰り返し実施しています。着陸時にはエンジン推力の繊細な制御など打上げ時には必要でない性能が求められたり、完全再使用ならではの課題があります。燃焼試験のたびにさまざまなリスクが顕在化しましたが、1つ1つ解決し、RV-Xの飛行試験の準備が着々と進んでいます。

単段式で垂直離着陸型の完全再使用ロケットの開発は、日本が世界を先導していました。しかしアメリカの民間企業が開発したニューシェパードが2021年に有人宇宙飛行に成功し、日本は遅れをとっています。正直、悔しい。このままでは海外を追いかける状況が続きます。そこで、革新的なエンジンの開発に取り組んでいます。

革新的なエンジンとは?

エアブリーザー型エンジンです。宇宙空間には燃料を燃やす酸素がないので、ロケットは酸化剤を搭載しています。宇宙空間に出るまでは大気中の酸素を利用しようというのが、エアブリーザー型エンジンです。搭載する酸化剤を減らせる分、多くの荷物を運んだり機体を小さくしたりできるので、運用や製造の費用を下げられます。

2022年3月にエアブリーザー型エンジンの地上燃焼試験を能代ロケット実験場で実施しました。今後、このエンジンを搭載した実験機をつくり、飛行試験を行います。宇宙研では、エアブリーザー型の一種であるエアターボラムジェットエンジンの研究開発を1980年代から行っていました。私は大学院時代その研究室に所属していたこともあり、長年の宿題をやり遂げたいと思っています。さらに、ロケットエンジンとエアブリーザー型エンジンを組み合わせた複合エンジンを開発し、それを搭載した完全再使用ロケットを実現する計画です。

能代ロケット実験場 所長 / 宇宙飛翔工学研究系 教授 小林 弘明

能代ロケット実験場が今、熱い

2022年3月に能代ロケット実験場の所長になられました。

以前は能代ロケット実験場で試験が行われるのは1年に30 〜60日ほどでしたが、最近は大学や企業からの利用希望も多くフル稼働している状況です。日本が目指す水素社会では水素を液化して輸送・貯蔵することが構想されていますが、マイナス253度の液体水素を取り扱うには特殊な技術が必要です。しかし、その技術を開発しようにも試験できる場所がありませんでした。そこで、液体水素を扱っていて試験設備もある能代ロケット実験場が注目され、利用されるようになったのです。

子どものころからロケットやエンジンに興味があったのですか?

子どものころは、本が好きでした。特に推理小説が好きで、横溝 正史や海外の作品を古本屋で買い集めて読んでいました。実は大学に入るとき、理系か文系か悩みました。文系の方が得意でしたし、文章を書く仕事にも憧れていたのです。でもそれで生活していくのは難しそうだと思い、理系、そして航空宇宙工学に進みました。大学院に進学するときに宇宙研の研究室に入ると大きな実験に参加できると聞き、希望した研究室のテーマがエアターボラムジェットエンジンだったのです。初めて能代ロケット実験場に来たとき、「日本海が目の前に広がる、こんなすごい場所で実験ができるのか!」と感動したことを覚えています。

さまざまな用途で実験場が使われることを、どう感じていますか?

とても喜ばしいです。水素社会が実現すれば、液体水素の価格は下がります。水素社会実現の流れとリンクして進めることで、液体水素を燃料とする完全再使用ロケットも実現に近付くでしょう。所長としては、増加する利用者に対してきめ細やかにシステマティックに対応できる体制を整備しなければ、と思っています。

【 ISASニュース 2023年1月号(No.502) 掲載】