MeVガンマ線天文学を開拓する

2019年、宇宙研に着任されました。それ以前は?

博士号の取得前に京都大学大学院理学研究科の教務補佐員に着任し、それから7年8 ヶ月で京都大学の9つの任期制ポストを経験して、10回目の着任で宇宙研に来ました。「研究者歴1桁年、着任回数2桁」という経歴を持つ人は、あまりいないのではないでしょうか。落ち着かず不安にもなりましたが、所属が変わっても自分の研究の柱であるガンマ線天文学に関わっていられたのは幸いでした。

どのような研究をされているのですか?

私が注目しているのは、メガ電子ボルト(MeV、メガは10の6乗)領域のガンマ線です。MeVガンマ線は、特に原子核の反応と深い関係を持っています。それを観測することで、宇宙のどこで、どの元素が、どのように合成され、どのように拡散していくのか、元素の起源や進化が分かります。ただし、ほかの波長での観測と比べてものすごく難しいのです。

私たちの研究グループでは、固体や液体ではなく、ガスを使った検出器を開発しています。これによりガンマ線の到来方向の決定精度が格段に向上しました。しかし、新しいアイデアの検出器をいきなり大型の宇宙ミッションに仕立てることは大変です。そこで、これまでに2回、気球に検出器を搭載して実験を行っています。私が参画後の2回目は2018年にオーストラリアで実施し、かに星雲などからのMeVガンマ線を捉え、設計通りの観測感度を達成しました。MeVガンマ線を観測しようといくつもの研究グループがいろいろな検出器を開発していますが、設計通りの性能を達成できたのは私たちが初めてです。気球による観測の成果を積み重ねて人工衛星などを実現し、誰も見たことがない宇宙の姿を解き明かしたいと思っています。

気球の飛翔航跡を設計し制御する

気球実験への参加は2018年が初めて?

はい、気球実験についてほぼ何も知りませんでした。科学成果を確実に上げる観測器だけでなく、安全に実験を実施するための準備にとても苦労しました。初めての気球実験に感動している余裕はありませんでしたね。それが実は今、気球実験の運用にも携わっています。

どのような役割を?

気球は高層風に乗って飛翔し、実験を行います。このとき気球からのガス排気とおもりの投下によって、どの風にどの程度乗るかを調整して飛翔航跡を制御します。十分な観測時間の確保や安全な飛翔と確実な装置回収には、高層風の状態がとても重要になります。地上気象と高層気象の予報を元に、いつが最適な放球で、どう飛翔すべきかを、保安と科学成果創出機会の最大化の両面で設計し制御するのが、私の主な役割です。

運用に携わって感じたことはありますか?

気球実験は宇宙への扉だと思います。しかし、人工衛星などに搭載する場合より実験装置への制約が緩いとはいえ、私が苦労したように、ものすごく簡単というわけではありません。宇宙への扉の障壁をもっと下げたい、と強く思うようになりました。

自分たちの実験装置を気球搭載用に改造するのですが、それには特有の技術が必要です。そこで、設計の一部分は個別に実施せずとも済むよう標準規格を決め、「相乗り実験」のように小型実験装置をまとめて搭載する機会の、より積極的な活用が効果的ではないかと考えています。技術的な障壁が下がるだけでなく実験機会も増え、宇宙との関わりが少なかった分野からも学際的な新しい宇宙実験が生まれるといいなと思います。

傘に当たる雨の音が好き

子どものころは、どのようなことに興味がありましたか?

雨の日に傘を差して歩いていると、ポツポツとかポンポンとか、いろいろな音がしますよね。小学生のころ、傘に当たる雨の音が好きでした。それがきっかけで天気や天(そら)に興味を持つようになり、ゆっくりと空を眺めるのも好きでした。いろいろな形の雲があるなぁ、あんな遠くにも雲があるんだ、と飽きずに見ていました。そして今、高層気象にも関わっている。つながりを感じます。

普段から心がけていることはありますか?

いきなり拒否はしないことです。「研究者歴1桁年、着任回数2桁」の中で、珍しい経験もたくさんしてきました。例えば、宇宙飛行士、軌道工学者、哲学研究者、芸術系の方などと協働して「有人宇宙学」という教育カリキュラムをつくりました。「お寺で宇宙学」という科学コミュニケーションイベントでは、お坊さんとお寺で対談をしました。違う分野や立場の人と接すると、知らない世界を知ることもでき、それが思わぬところで役に立つ。そういうさまざまな経験があったからこそ、今の自分があるのだと思います。

【 ISASニュース 2022年9月号(No.498) 掲載】