イーロン・マスクに「やられた」と「頑張れ」

どのようなことに取り組んでいるのですか。

これまではロケット一筋で、M-V 型やイプシロン試験機の開発、運用に携わってきました。並行してこの15年ほどは、宇宙ロケットの将来計画を立て、それを実現する道筋を検討し実行に移す作業に取り組んでいます。

将来のロケットとは?

旧来のロケットは使い捨てなので、打上げにかかる費用が非常に高額でした。最近アメリカのスペースX社が、部分的に再使用できるロケットを開発して実用化しています。一方、永年活動している宇宙研の研究チームでは、機体全ての再使用化を目指した研究を進めています。ただし機体の再使用だけでは効果が小さいので、完全再使用の機体を大量につくり頻繁に打ち上げることで費用を大幅に削減することを目指します。それによって、ロケットはたくさんの人や物を運ぶ航空機やトラックのような普通の乗り物になる──そういう世界をつくろうとしています。

私は学生時代、スペースプレーンと呼ばれる有翼式の再使用ロケットへの搭載を想定したエンジンの研究をしていました。そのときから今まで「再使用ロケットを実現したい」という志を忘れたことはなく、チャンスを待っていました。

スペースX社の開発をどのような思いで見ていましたか。

再使用ロケットの開発は難しく、膨大な開発費用をかけて実現できたとしても需要はあるのかと言う人もいます。そうした中、イーロン・マスクがスペースX社を設立し、巨額の資金を投じて部分再使用のロケットをつくり実用化してしまった。「やられた!」と思ったのと同時に「頑張れ!」とも思いました。再使用ロケットが脚光を浴び、時代がそれを必要としていることも示されたと強く感じるので、彼には感謝しています。

日本が目指す水素社会との連携

宇宙研で研究している再使用ロケットの特徴は?

液体水素を燃料とする点、そして世界をリードする推進系技術として、ロケットエンジンとジェットエンジンを有機的に組み合わせた複合サイクルエンジン、エアターボロケット(ATR)を搭載する点です。ロケットエンジンは燃料を燃やす酸化剤にロケットに積む液体酸素を使い、ジェットエンジンは大気中の酸素を使います。そのため大気を使える高度でジェットエンジンを用いれば、液体酸素の積載量を減らせて機体を軽量コンパクト化できます。

またジェットエンジンは、ロケットエンジンに比べて静かです。ロケットエンジンのみのスペースX社の再使用ロケットなどに対しては、輸送効率だけでなく乗り心地でも差を付けられるでしょう。

燃料に液体水素を使うのは、なぜですか。

液体水素は、実用的な燃料としては最も低燃費で高性能ですが、温度がマイナス250℃程度と低いため取り扱いが難しく、また燃料としてあまり普及していないので高価です。しかし日本は今、国を挙げて地球環境問題への対応策の1つとして水素燃料の普及を目指す研究や開発を進めています。社会全体で水素燃料が使われるようになれば、取り扱いの技術は進歩し、生産量は桁違いに増え、価格も下がるはずです。イーロン・マスクは水素燃料の将来性を否定するような発言をしてきているので、日本だからこそ団結して実現できる再使用ロケットだと考えています。

どのような用途を想定しているのですか。

宇宙研の研究チームでは、世界をリードできるロケット技術を次世代の新しい観測ロケット、「新観測ロケット」として実用デビューさせようと検討を進めています。現在の日本の観測ロケットは機体が海に落下してしまうので搭載した高価な観測機器を1回しか使えませんが、新観測ロケットではそれを何回も使えてデータも全て取得できます。さらにジェットエンジンの利用によって、観測機器に求められる振動試験などの基準も緩和できて利用者側の開発負担を大きく減らせるはずです。それならばこんなことにもあんなことにも使えると、皆さんのイマジネーションが働いて、利用が大きく広がることを期待しています。そしてその先2030年代のうちに、日本が目指す人や物を大量に輸送できる完全再使用型ロケットの実現に大きく貢献するというのが、現在の目標です。

宇宙飛翔工学研究系 准教授 徳留 真一郎

ロケットの美学が変わる

ロケットの魅力は?

ロケットが轟音を立てながら宇宙に向かって飛んでいく姿を見ていると、衝撃が伝わってきて、体はもちろん、魂まで揺さぶられます。それを一度味わうと、やみつきになってしまいます。発射台から打ち上げられたら二度と戻ってこない。そのはかなさがロケットの美学でした。再使用ロケットは戻ってきます。正直、おかしな感覚です。ロケットは、今まで特別な乗り物でしたが、頻繁に打ち上げられ、しかも戻ってくるようになると、もう特別な乗り物ではなく航空機と同じ普通の乗り物です。ロケットの美学も変わっていくことでしょう。

【 ISASニュース 2022年4月号(No.493) 掲載】