ASTRO-Hが残した宿題に答える

X線分光撮像衛星XRISM(クリズム)プロジェクトのPI(研究主宰者)をされています。XRISMは、X線天文衛星ASTRO-H(ひとみ)の代替機ですね。

ASTRO-Hが2016年2月に打ち上げられ、X線マイクロカロリメータから送られてきたスペクトルを見た瞬間、ものすごい衝撃を受けました。私は長い間X線天文衛星に携わり、さまざまなX線スペクトルを見てきましたが、それらとは全く違っていたのです。例えるなら、ブラウン管テレビと8Kテレビくらい違う。これから新しいX線天文学の世界が始まる、と期待が膨らみました。しかし、打上げの翌月に異常が発生してしまったのです。

運用終了が決まったとき、ASTRO-Hが目指したサイエンスをこれで終わらせてはもったいない、絶対復活させなければならない、と思いました。国内外の研究者からもASTRO-Hの復活を望む声が上がり、さまざまな再発防止策を講じた上でXRISMプロジェクトが始まったのです。XRISMには、ASTRO-Hと同じX線反射鏡とX線マイクロカロリメータ、X線CCDカメラが搭載されます。

XRISMは、どのような謎の解明を目指しているのですか?

銀河団が、どのようにできて、現在の姿になったか。元素が、どこでつくられ、どのように宇宙に散らばり再び集まるのか。それらを明らかにすることが、XRISMの大きなテーマです。

ASTRO-Hは、ペルセウス座銀河団中心部の高温プラズマの動きを観測しています。その結果は、私の予想とは違っていました。私たちが考えていた銀河団の進化のシナリオは間違っていたのかもしれない、という事態になっています。しかしASTRO-Hは1つの銀河団しか観測できなかったため、それが特殊な例なのか、普遍的なのかが分かりません。XRISMではたくさんの銀河団を観測して、ASTRO-Hが残した宿題の答えを出したいと思っています。

きっかけは波動エンジンと相対性理論

子どものころは、どういうことに興味がありましたか?

『鉄腕アトム』のお茶の水博士を見て、博士と呼ばれる人がいるんだ、かっこいいな、と思っていました。幼稚園児のころです。SFが好きで、小学生のころは学級文庫にあったアイザック・アシモフやアーサー・C・クラークなど、子ども向けのSFを片っ端から読んでいました。SFの魅力は、やはりセンス・オブ・ワンダーです。例えば、スペースコロニーが登場するSFを読んだ後に、物が落ちるのを見ると、「おおっ! 重力だ」と思う。自分のいる世界が今までとは違って見える感覚が好きです。新しい科学に触れたときも、同じ感覚を覚えます。

なぜX線天文学の道に?

大きなきっかけは、小学生のころに見ていた『宇宙戦艦ヤマト』の波動エンジンです。超光速でワープできる波動エンジンってすごいなと思う一方で、本当は相対性理論というものがあり、光速より速く移動することはできないということを知りました。しかも、速く移動すると、早く年を取るという。そんな不思議なことがあるのかと、物理に興味を持ったのです。

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理学と工学が一体となって

XRISMプロジェクトには、国内外20を超える大学が参加しています。

私が教授を務める埼玉大学の宇宙物理実験研究室も参加しています。自分たちの研究室で開発した装置が宇宙に行くというのは、非常に楽しく、やりがいがあるものです。一方で、理学の世界で育ってきた私がPIになってあらためて感じたのは、理学と工学はやり方や考え方が違うということ。理学の人は、最高の性能のものを1つつくって新しい観測をする、ということを考えています。工学の人は、壊れず確実に動作しトラブルが起きたときにリカバリーできるものをつくる、ということを考えています。

もともと宇宙研には理学と工学が協力してプロジェクトを進めるという文化がありますが、XRISMではさらに意識してコミュニケーションを密に取りながら一体となって進めることを重視しています。その重要性は、ASTRO-Hの反省からあらためて学んだことでもあります。今は2022年度に予定している打上げに向けて、みんな、気合いが入っています。

今後、観測したい天体はありますか?

ブラックホールです。ブラックホールは、私が物理の世界に入るきっかけとなった相対性理論によって存在が予言された天体であり、その姿を見てみたいと、ずっと思ってきました。ブラックホールの姿を最初に捉えるのはX線だと信じていたのですが、2019年に電波望遠鏡で先に撮影されてしまい、あれっ!? と思っているところです。しかし、ブラックホールにぎりぎりまで近づいた物質は超高温に熱せられてX線を出すので、ブラックホールに最も近い場所の情報を届けてくれるのはX線のはずです。X線でブラックホールに肉薄し、その姿をぜひ見たいと思っています。

【 ISASニュース 2022年3月号(No.492) 掲載】