高温ガスから宇宙大構造の形成過程を探る

専門はX線天文学ですね。どのような観測を行っているのでしょうか。

銀河や銀河団の周り、銀河と銀河の間が、主な観測対象です。X線は、数百万度から数億度という非常に高温の物質から放射されます。そのためX線というと、ブラックホールから噴き出すジェットや銀河同士の衝突、超新星爆発の残骸など激しい世界を見るイメージが強く、何もないような空間が観測対象というのは意外に思われるかもしれません。

銀河や銀河団の周りや、銀河と銀河の間は真空ではなく、電離したプラズマ状態の高温ガスが広がっていてX線を放射しているのです。

なぜ銀河や銀河団の高温ガスに注目しているのですか。

私は、宇宙がどのようにして現在の姿になってきたかに興味があります。

生まれたばかりの銀河は、とても元気です。そして、だんだんおとなしくなっていきます。私たちの太陽系がある銀河系も、活動的な時代を経て、現在の姿になりました。そうした過程と並行して、たくさんの銀河が集まった銀河団ができ、それらが連なった宇宙の大構造が形成されてきました。

高温ガスが放射するX線を観測すると、高温ガスの分布や形、密度が分かります。さらに、分光といって、X線をエネルギーごとに分けてそれぞれの強さを測定することで、高温ガスに含まれる元素の種類や量、温度、どのように運動しているかが分かります。そうした情報から、どのような起源を持つ物質が、どのように集まって銀河や銀河団ができ、現在の宇宙の姿になってきたかを探る手掛かりを得られるのです。

X線天文衛星XRISMとAthenaに期待

どのようなX線天文衛星で観測する計画ですか。

一つは、日本のX線天文衛星XRISM(クリズム)です。2022年度の打上げを目指して開発を進めています。XRISMはエネルギー分解能が非常に高いので、高温ガスに含まれる元素の種類や温度、運動について、より詳細な情報が得られると期待しています。ただし、XRISMの分光観測の視野は3分角です。月の直径の10分の1ほどと狭いため、銀河や銀河団の周りに広がった高温ガスの観測は、あまり得意ではありません。

そこで私たちは、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)が2030年代の打上げを目指しているX線天文衛星Athena(アテナ)の開発にも参加しています。

Athena衛星の特徴は?

Athenaは有効面積が大きく、エネルギー分解能や感度もXRISMより大きく向上します。これまでのX線観測は近くの銀河や銀河団に限られていましたが、Athenaによって、より遠くの銀河や銀河団を詳細に観測できるようになります。現在の銀河団はたくさんの銀河がきゅっと集まっていますが、50億年前はぶよぶよと広がっていました。遠くから近くまでさまざまな時期の銀河や銀河団を観測することで、銀河が成長し銀河団ができていく過程が見えてくるのではないかと期待しています。その解析には、一足先に超高分解能のX線分光を実現するXRISMの成果が大いに役立つでしょう。

ダークマターの正体を知りたい

宇宙の大構造がどのようにできてきたかを理解するために、ほかに必要なことはありますか。

ダークマター(暗黒物質)の正体を知りたいですね。

銀河団は高温ガスで覆われていますが、X線や可視光などで観測できる物質の重力だけでは高温ガスを引きとめておけないことが分かっています。正体不明の物質、ダークマターが存在していると考えないと、銀河団、そして宇宙の大構造の形成を説明できないのです。そうなると、ダークマターは、どこから来た、どういう性質の○○さんであると、その正体を知る必要があります。

そこで私たちは、ダークマターの探索を始めました。ダークマターの候補は、たくさんあります。私たちが注目しているのは、アクシオンと呼ばれる未知の粒子です。アクシオンは太陽の内部でもつくられ放射されているという仮説があります。私たちが開発してきたX線検出器を少し変えると、太陽アクシオンを検出できると予測されているのです。ダークマターはほかの物質とほとんど相互作用しないため大気の影響を受けず、人工衛星の打上げを待つことなく地上で観測できるという利点もあります。

太陽アクシオンを検出できたら、ダークマターの正体に大きく近づくことができます。太陽アクシオンを検出できなかったら、候補を一つ潰すことができます。いずれにしても、ダークマターについて何らかの手掛かりを得られると期待しています。

波長を超えて横のつながりを広げたい

X線天文学を選んだのは、なぜですか。

偶然なんです。実は、素粒子物理学の研究をやりたいと思い、加速器を用いた素粒子実験を行っている研究室に入りました。ところが指導教官が突然、「ブラジルで超新星のX線観測をする」と言い出したのです。

1987年2月、大マゼラン雲で超新星爆発が起きました。超新星爆発に伴うニュートリノを「カミオカンデ」が捉え、その業績によって小柴昌俊先生はノーベル物理学賞を受賞しています。大マゼラン雲は銀河系の隣の銀河なので、超新星を詳細に観測できる絶好のチャンスです。大マゼラン雲は南半球でしか見えないのでブラジルへ行き、大気の影響を避けるため気球にX線検出器を積んで観測を行うことになりました。それに巻き込まれ、X線天文学の世界へ入ったのです。

ところが、日本ではX線天文衛星の失敗が続いた時期がありました。そのたびに、今なら間に合う、ほかの分野に移ろうか、と考えたりもしました。しかし、X線天文学にもまだ面白いことがあるはず、検出器の精度や解像度もまだ高くできるはず、と思いとどまり、今に至っています。

ただし最近は、X線だけに閉じるのではなく、広い視野が必要だと感じています。例えばAthenaでは、日本は冷却系を担当します。ノイズを抑えるには装置を極低温に冷やす必要があり、その要求に応えられる技術を持つのは日本だけだからです。ノイズの問題はX線に限ったことではなく、可視光でも赤外線でも電波でも同じで、みんな装置を冷やしたいのです。波長を超えて横のつながりを広げ、冷却技術をいろいろな波長の観測に展開していきたいと思っています。

ダークマターの探索でも、さまざまな波長で手分けする必要があります。宇宙について一番面白いこと、一番重要なことは何かを議論し、波長を超えて協力していかに取り組んでいくかを考えるべきでしょう。

宇宙物理学研究系 教授 山崎 典子

宇宙を広く見て、新しい謎を探す

これから特に取り組んでいきたいことは?

すでに提示されている謎を解き明かすのではなく、宇宙を広く見て新しい謎を探すようなことをしたいですね。私の博士論文になった研究が、まさにそうでした。

ブラジルで超新星のX線観測をしていたとき、角度を変える装置が動かなくなってしまいました。仕方がないので、その角度で視野に入っていた銀河面と呼ばれる銀河系の円盤方向を観測しました。すると、銀河面が明るく光っていたのです。ところが、X線源の正体が分からない。詳しい研究者に相談したら最初、そこにX線を放射する天体はない、と言われました。でも、何かがあるのは間違いない。データを詳細に解析していった結果、これまで見つかっていなかったX線源であることが分かったのです。

正体が分からないものを見つけると、まず、自分が何か失敗したのだろうと思います。見なかったことにしてしまおうかな、と一瞬思うんです。でも、そうもいかないと思い直す。そして調べていくと、新発見であることが分かり、新しい謎が出てくる。そのときほど楽しいことはありません。

ただし、分からないものを見つけることを目的とした研究プロジェクトは、成果が何も出ないリスクも高く、実現が難しいでしょう。すでに提示されている謎を解くことを目的に据えた研究プロジェクトを遂行しながら、宇宙を広く見るという意識を常に持っていたいと思います。そして、分からないものが見えたとき、見て見ぬ振りはしないことが大切です。

ご自身の性格は?

怠惰かな。楽をしたいので、何事も自動化する仕組みをつくるようにしています。それを使うことで、ほかの人も楽になったらいいですよね。

覚えるのが苦手、というのもあります。学生のころは、数学や物理の公式は最低限のものだけ覚えておいて、その場で導いていました。会議のときは、記録をしっかり取ります。いろいろなことを覚えておくのが面倒なだけですが、その記録をみんなで共有すれば属人性がなくなります。苦手なこともうまく使えば、いろいろな利点があるように思います。