原始重力波の痕跡を検出する
LiteBIRD(ライトバード)という衛星ミッションに参加しているそうですね。どういう衛星ですか。
LiteBIRDが見るのは、宇宙のはじまりです。宇宙はビッグバンからはじまった、と聞いたことがあると思います。ビッグバンは、確かにありました。天球の全方向からやってくる電波が観測されていて、「宇宙マイクロ波背景放射」と呼ばれています。それは、超高温だった宇宙が膨張しながら冷えて現在の姿になったとする標準理論(ΛCDMモデル)の決定的な証拠です。
一方で、熱いビッグバンは宇宙誕生の瞬間ではなく、その前に急激な加速膨張があったとするインフレーション理論が提唱されています。標準理論では説明できない課題を一挙に解決できるのですが、インフレーションがあったという証拠はまだ捉えられていません。LiteBIRDは、インフレーションの証拠の観測に挑みます。
インフレーションの証拠とは?
宇宙が加速膨張すると、空間のゆがみが波として伝わる重力波が発生します。重力波は天体の衝突によっても生じますが、インフレーションによって発生するものはそれと区別して「原始重力波」と呼びます。原始重力波が発生していれば、その痕跡が宇宙マイクロ波背景放射に偏光として残っていると予測されています。
しかし、宇宙マイクロ波背景放射の偏光の信号はとても弱く、観測が難しいのです。LiteBIRDでは、望遠鏡全体を5K(0K=- 273.15℃)、検出器を100mKまで冷却することで、ノイズを極限まで低減します。偏光観測感度は、これまでの衛星の約100倍です。LiteBIRDは、原始重力波の痕跡を2020年代に確認できる唯一のミッションです。
宇宙のはじまりに惹かれて
なぜLiteBIRDミッションに参加することになったのですか。
私は以前、国立天文台でアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)の観測装置の開発に携わっていました。1996年ごろから建設地を決めるサイト調査にも関わっていたので、ようやく2013年に本格観測が始まってきれいな画像が得られたときは、感無量でした。一方でALMAの受信機の開発が一区切りしたころから、有限の研究者人生でこれから何をやったら一番面白いだろうかと考えていました。
そのときに思い出したのが、大学院生だった1992年ごろ、NASAのCOBE衛星ミッションを率いたJohn C. Matherさんが来日して行った講演でした。後にノーベル物理学賞を受賞することになる宇宙マイクロ波背景放射の黒体輻射スペクトルの高精度観測の結果を生で聞き、とても感動しました。そして、自分も宇宙のはじまりや歴史を明らかにする研究ができたら、なんて素晴らしいのだろうと思ったのです。
高エネルギー加速器研究機構の羽澄 昌史さんが宇宙マイクロ波背景放射の偏光観測衛星の計画を提案していることを知って大きな魅力を感じ、ワーキンググループに入れていただきました。2017年に宇宙研に移り、今は日本が担当する低周波望遠鏡を含むミッション部の取りまとめをしています。
LiteBIRDは、ヨーロッパがもう1つの中高周波望遠鏡、アメリカが焦点面検出器、カナダが常温読み出し回路を担当しています。打上げは、2020年代後半を予定しています。
観測装置の開発から観測データを手にするまで、とても時間がかかります。しかし観測データの品質は、観測装置の性能で決まります。より高性能・高精度の観測装置を開発すれば、より品質の高いデータを取ることができる。それが宇宙の観測研究を進める上で非常に重要なポイントであり、私は観測装置の開発研究がとても好きです。
大学院生のときは、気球を用いてガンマ線による宇宙観測を行っていたそうですね。
当時、宇宙研の気球グループには、大変お世話になりました。4 〜8月は宇宙研に通ってガンマ線観測装置の製作、9 〜12月はブラジルで実験、1 〜3月は大学でデータ解析。私の青春時代は、その繰り返しでした。ブラジルでの気球観測は大変でしたが、楽しい思い出です。そのときの経験は、いろいろな意味で今に役立っています。
好奇心と小さな着想と周到な準備
研究をする上で大切にしていることは?
好奇心と小さな着想をたくさん持つことです。あと周到な準備を大切にしています。何をやりたいのか、課題を明確にして、3日先、3 ヶ月先、3年先までに何を優先すべきかを考え、行動するようにしています。
日常生活は、こだわりを少なくするようにしています。ですが研究では、大きな目標に向かって、石にかじりついてでも頑張っていく粘り強さを持つように心掛けています。
【 ISASニュース 2021年4月号(No.481) 掲載】