成功と失敗の狭間の真剣勝負でこそ進歩する

2020年は、日本初の人工衛星「おおすみ」の打上げから50周年に当たります。打上げ日と同じ2月11日に「宇宙科学・探査と『おおすみ』シンポジウム」が開催され、総合討論のモデレーターを務められました。シンポジウムを通して、どのようなことを感じられましたか。

(シンポジウムの様子はこちらでご覧いただけます。)

基調講演で秋葉鐐二郎先生が、とても大切なことを仰いました。「『おおすみ』の成功に至る4度の失敗は全て成功とも言えるし、『おおすみ』の成功自体が失敗とも言える」その言葉の通り、科学と技術は成功と失敗の狭間の真剣勝負でこそ進歩するのです。

ところが最近の宇宙研は組織全体が失敗を恐れて萎縮し、挑戦する雰囲気が失われているのではないかという強い危機感を私はもっています。「はやぶさ」や「はやぶさ2」のように世界をリードするチャレンジ精神で大きなことに挑戦し続けていくのか。あるいは、失敗しないような手堅いことだけをやっていくのか。私たちはいま分水嶺に立っていると言えます。

宇宙研がやるべき大きな挑戦とは?

NASAやESAは予算も人員も経験も私たちをはるかに上回っています。彼らが躊躇するようなことをやっていかないとだめですね。はやぶさ2のカプセルが見事地球に帰ってきました。この成功の陰には難しい選択を迫られる局面も多々ありましたが、常に挑戦する姿勢を失わず全てをやり遂げたプロジェクトチームはさすがだったと思います。ペンシルから始まった日本の宇宙開発はおおすみの成功を経て今日に至っていますが、我々の遺伝子とも言える大事なチャレンジ精神がしっかりと受け継がれていることを実感できます。しかし、我々にとってこれは単なる通過点です。ゼロからはやぶさを生み出したように、今は姿も形もないところから誰も想像できないような奇想天外なミッションを生み出し、世界を驚かすパイロットであり続けたい。

例えば、イプシロンでも打ち上げることのできる小さな探査機で世界をリードする、というのも一つでしょう。小型化は日本のお家芸ですし、小さな探査機であれば開発にかかるコストや人手を抑え開発期間も短くできます。私たちは、宇宙研という小さな組織だけでは出来ない大きなことを大学共同利用システムとして全国の大学の英知を結集することにより実現してきました。小型化の技術は民間でも進んでいるので、小型探査機の実現には大学に加えて民間との融合も不可欠になってくるでしょう。はやぶさ2が町工場を掘り起こしたように、大きな挑戦をするに当たって仲間を増やしていくことがとても大事なポイントです。

宇宙飛翔工学研究系 教授 / 研究基盤・技術統括 森田 泰弘

プログラム化によって大きな挑戦を成功に導く

探査機の小型化は打上げ頻度の増加にもつながりますね。

頻度が増えると挑戦のチャンスが増えます。ただし単に回数を増やすだけではだめで、これからの時代に大事なのは「プログラム化」という概念です。ひとつひとつの挑戦的な探査計画をエピソードとして戦略的に繋ぎ、壮大な物語として展開するのです。例えば、1機目はパイオニアの挑戦で未踏の領域を切り拓く。その成果を引き継いで2機目は壮大なミッションを完璧に完結させるという作戦です。難易度によっては3機構成(宇宙3部作)というのもありうると思います。このように成功と失敗の狭間の挑戦を複数ミッションから成るプログラムの中でやり遂げる。これならば、大きな挑戦を確実に成功へと導くことができます。

小惑星探査機「はやぶさ」と「はやぶさ2」は、最初から狙っていたわけではなかったとはいえ、プログラム化の勝利と言えます。1号機は成功するか失敗するかわからないような未知の世界に挑戦し、その成果を踏まえて2号機ではもっと大きなことに挑戦しながらも確実な成功を手に入れました。今後は、このようなことを計画的に行う必要があるでしょう。

深宇宙OTVが探査を変える

探査機を小型化すると搭載できるエンジンや燃料が制限され、遠くの天体まで行くことが難しくなるのでは?

そういう凝り固まった固定観念を覆すには発想の転換が必要です。例えば私たちは今「深宇宙OTV(深宇宙を行き来する輸送船)」という新しいアイディアをもっています。OTVはOrbit Transfer Vehicleの略で、軌道間輸送船のことを指します。現在の探査機は目的地で探査活動を行うためのコア部分と目的地までの行き来を司る輸送部分の両方で構成されていますが、このうち後者の機能はどの探査機でもだいたい同じで、しかもこれが探査機全体の大きな部分を占めています。これを探査機ごとに毎回新たに開発して地上から打ち上げるのはもったいないですよね。この輸送部分を共通化して宇宙に置いておき、いくつもの探査機で繰り返し使えるようにしておけば効率がずっとよくなります。どんな探査機でも好きなところに連れて行き、再び連れて帰るというわけです。一つ一つの探査機はコア部分だけ作ればいいのでイプシロンでも深宇宙探査が可能になるでしょう。

深宇宙OTVによって探査はどう変わるのですか。

深宇宙OTVは地球と太陽の間の待機領域(重力的に緩やかな安定領域)をホームポジションとして待ち構えます。そして打ち上げられた探査機を迎えに行って目的地まで運び、探査活動が終わったら地球近傍まで連れて帰ってくることも可能です。このようなことが何度でもできるように深宇宙OTVには十分な燃料を積んでおきます。このような仕組みによって、深宇宙探査の自由度は高まり頻度も増やすことができます。探査機の開発は探査活動に必須のコア部分に集中できるので、高度な探査に英知を結集し宇宙科学が飛躍的に発展するでしょう。

深宇宙OTVを実現した例はあるのでしょうか。

まだありません。国際宇宙探査の枠組みの中で今後は月や火星あたりまでを往復するOTVが出てくるでしょう。しかし、その開発には莫大な資金と時間を要します。一方、今ここで考えている深宇宙OTVは火星よりずっと遠くを目指し活動領域はずっと広い。しかも宇宙科学用ですから、小型にして開発も短期決戦でやるつもりです。このような発想は宇宙科学以外では中々出てこないでしょう。というのも私たちの深宇宙OTVは探査の世界と輸送の世界を融合させ一つの大きなシステムとして考えなければ実現できないからです。今、海外ではロケットの開発に民間企業が参入し、輸送と探査は分業で行われています。一方、宇宙研では、"輸送の人"と"探査の人"が、物理的にも精神的にも近いところにいます(同一人物のことすらあります)。だからこそ、深宇宙OTVという発想が出て来たわけです。しかも、宇宙研で長い間培ってきた再使用ロケットの技術を生かすことができます。いわば輸送系の深宇宙応用という新たな時代が始まろうとしているのです。

これは、まさに「おおすみ」以来、理学の分野と工学の分野の二人三脚で挑戦してきたことの集大成とも言えます。私たちが深宇宙OTVによる探査に成功したら世界はすぐ追いかけてくるでしょう。自分たちのやったことが世界のお手本となる。それは、科学や技術に携わる者としてこれ以上ない快感です。こうして私たちはこの分野でも世界をリードしていくのです。

温めると溶けて、冷やすと固まる。新しい固体燃料を開発

打上げ用ロケットについて新しい動きはありますか。

宇宙ロケットを飛行機ぐらい身近な乗り物にしたい。ずっとそう考えてきました。そのようなコンセプトの第一歩がイプシロンロケットです。イプシロンではモバイル管制や自律点検など新しいアイディアを取り入れることで、打上げシステムの革新を図りました。ロケット自体も簡単につくれるように、部品の数も大幅に減らしました。しかし、身近な乗り物というにはまだ遠い。次の大きな挑戦は固体ロケット燃料の改革です。

現在の固体燃料は粒子を混ぜた樹脂に熱を加えて固めますが、一度固めるとやり直しが利きません。作り置きができないので、大きな設備で一気に作る必要があります。しかもその設備はたまにしか使わないので効率が悪い(大規模低頻度生産)。これが、固体ロケットをつくる難しさや高コストの一因になっています。そこで私たちは逆転の発想で、熱を加えると溶けて冷ますと固まる、それを何度でも繰り返すことのできる固体燃料を作ろうと考えています。この性質を利用すると小さな単位で連続生産して貯蔵しておくことができます。固体ロケット燃料がまるでチョコレートのように簡単に作れるというわけです(小規模高頻度生産)。この新しい燃料は従来の固体燃料より融点が低いことから、低融点固体燃料(LTP:Low melting temperature Thermoplastic Propellant)と呼んでいます。「飛行中に溶けてしまうのでは?」とよく聞かれますが、熱が伝わって溶けるより速く燃えるので大丈夫なんですよ。

現在の開発状況は?

一昨年、昨年と小型ロケットの飛翔実験(北海道の赤平市と大樹町で実施)に成功しました(写真)。これまで固体ロケット燃料の製造には数週間程度の時間スケールを要してきましたが、LTPロケットは「製造開始から打ち上げまで約4時間(作ったそばから打ち上げ)」という画期的なスタイルです。現在は観測ロケットの開発に挑戦中で、その先はイプシロン級への応用も視野に入っています。実現すれば、ロケットが簡単に作れるようになり、身近な乗り物にまた一歩近づくでしょう。

低融点固体燃料という発想は昔からありましたが、簡単には実現できるはずがないと考えられてきました。実は、イプシロンロケットのモバイル管制も、周囲からは「できるはずがないからやめておけ」と言われていました。でも、できっこないからやめておけと言われるくらい難しいことに挑戦しないと燃えません。そうでないと、科学も技術も進歩しません。

写真

LTPロケット初飛行(2018年、協力:植松電機)
Low-melting point Thermo-plastic Propellant
Low melting temperature Thermoplastic Propellant

これまで見た中で、一番印象に残っているロケットの打上げは?

宇宙に向かって飛んでいく姿、音、光跡、その全てが美しく、ロケットの打上げは毎回感動します。だから、一番というのは難しいなあ......。最近では、低融点固体燃料を搭載した小さなロケットが初めて打ち上がったときですね。感動の大きさはロケットの大きさは関係ない。大きくても小さくても、大きな挑戦を秘めた自分の分身だからでしょう。

秋葉先生が常々、仰っていることがあります。「日本の宇宙開発は欧米の後追いで始めたわけじゃない。将来の目標を定めてやってきたのだ」 この精神を忘れず、これまでの延長線上にはない新たな世界を切り拓いていきたいと思います。

【 ISASニュース 2020年10月号(No.475) 掲載(一部加筆)】