水星到着まで科学者は一休み?

国際水星探査計画ベピコロンボで日本側の科学者代表であるプロジェクトサイエンティストを務めていらっしゃいます。

ベピコロンボは、JAXAが担当する水星磁気圏探査機「みお」とESAが担当する水星表面探査機MPOによって、水星を徹底的に調べ尽くそうというプロジェクトです。「みお」とMPOは2018年10月に打ち上げられ、水星到着は2025年末を予定しています。

今は一息ついているところですか。

打上げから到着までの7年間、科学者は暇だと思うかもしれませんね。でも、そうではないんです。

これまで水星へ行った探査機は、NASAの2機しかありません。探査機が太陽の大きな重力の影響を受けてしまい、水星に近づくことがとても難しいのです。1機目は1970年代の「マリナー10号」で、水星の近くを通り過ぎながら磁場の存在を発見しました。しかし、とどまらないと詳しい観測はできません。

初めて水星を周回しながら観測をしたのが、「メッセンジャー」です。「メッセンジャー」が2011年から2015年にかけて観測したデータの解析が今もまさに行われていて、新しいことが次々に分かってきています。新しいことが分かると、新しい謎が出てきます。最新の、そしてより本質的な謎を解くためには「みお」とMPOがどのような観測をするべきか、水星到着までの時間を使って科学者間で議論し、準備を進めています。

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「みお」は、どのような観測を行うのですか。

水星には、地球と同じように磁場があり、太陽から吹き付けてくるプラズマの風に対してバリアの役割をする磁気圏が形成されています。ただし、水星周辺の太陽風は地球周辺より10倍も強いのに、水星の磁場は弱く地球磁場の100分の1ほどしかありません。地球は小雨の中で頑丈な傘を差しているのに対して、水星は台風の中でボロボロの傘を差しているようなものです。

ボロボロの傘では強烈な太陽風にあらがうことができません。水星の磁気圏と太陽風の間でどのような現象が起きているか。それを調べるのが「みお」の仕事です。数億年のスケールで見ると太陽風には惑星の環境を変える力があます。水星を始め惑星がどのようにして現在の姿になったのか、将来どのような姿になるかを理解するのにも重要です。

水星磁気圏探査機「みお」観測イメージ

水星磁気圏探査機「みお」観測イメージ

国際プロジェクトで大切なもの

このプロジェクトで最も楽しみにしていることは?

個人としては、「みお」に搭載されているナトリウム大気カメラMSASI(ムサシ)の最初の画像です。私が初めて開発に携わった観測装置は、月周回衛星「かぐや」の紫外線カメラでした。その最初の画像が管制室のモニターに映し出されたときの感動は忘れられません。そのときに、惑星探査の世界で生きていこう、と決めました。MSASIとは付き合いが長い分、もっと興奮し感動すると思います。

MSASIとの付き合いは、どのくらいになるのですか。

MSASIの開発に加わったのが大学院生だった2006年ですから、水星到着時には19年の付き合いになります。MSASIの部品の一部は、ロシアやイギリスのメーカーがつくりました。国際協力で観測装置を開発するのは私にとって初めてのことだったので、最初はとても苦労しました。

国や文化が違えば、常識も違います。暗黙の了解は通じません。国際プロジェクトでは、違いを理解した上で相手をリスペクトすることが重要です。これは一朝一夕にできるものではなく、マニュアル化もできません。小さいトラブルを一つ一つ解決して、時にはお酒を飲みながら語り合うことで、ようやく歯車がかみ合い、深い信頼関係が築くことができるのです。その経験は、プロジェクトサイエンティストとしての今の仕事にも活きています。

「みお」という愛称は一般公募で選ばれました。ESAの研究者たちの反応は?

好評です。選考では、海外の人が呼びやすいことも意識しました。日本人の名前、特に長い名前は発音しにくいそうです。私の名前、「ごう」は大丈夫。だから探査機の愛称も2文字がいいかなと考えていました。「みお」は、海や川の表面にできる船の通った跡のことです。水に関する提案が多かったと話すと、ESAの人は「なぜ水?」と不思議がります。こういう反応も言葉が違う国際プロジェクトならではですね。

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SF映画の嘘を暴こうとしたら

なぜ惑星探査に携わるようになったのですか。

父の影響でSF映画が好きになり、『2001年宇宙の旅』を見て宇宙ってかっこいいなと思っていました。でも、『トータル・リコール(オリジナル版)』のラストシーンは納得がいきませんでした。主人公が、空気のない火星表面に放り出されてしまう。でも、かつてエイリアンがつくった装置を起動させると火星の北極と南極にある氷が融け、氷の中に閉じ込められていた酸素が火星に広がって助かる。そんなの都合がよすぎないかと。

ちょうど、好きなテーマについて調べて新聞をつくりなさいという宿題が出たので、「SF映画の嘘を暴いてやる!」と意気込みました。ところが図書館で図鑑を調べると、火星にはかつて空気と海があり、現在は北極と南極に氷があって酸素が閉じ込められている可能性がある、と書いてある。「ええ! 映画は正しかったの!?」と、さらに火星や宇宙に興味を持ちました。それが小学5年生です。小学校の卒業アルバムの寄せ書きには「火星の石を持ち帰ってきてね」と書かれているので、すでに「宇宙に関わる仕事をする!」と公言していたのでしょう。

宇宙飛行士になりたいとは思わなかったのですか。

近い将来、宇宙飛行士でなくても宇宙に行ける時代が必ず来る、と考えていました。例えば、私がつくった月面望遠鏡が故障したとき、直せるのは私だけだったら、私が月に行くしかない、となるでしょう。だから、宇宙に持っていく装置をつくり、それを使って研究する道に進みました。特に、自分の代わりに宇宙に行き、目になってくれるカメラの開発に取り組んできました。自分が宇宙に行くことは、今でも諦めていません。

太陽系科学研究系 助教 村上 豪

水星の次は、地球外生命探査へ

今後は、どのようなことをやりたいとお考えですか。

宇宙には、人をわくわくさせる力があります。でも、いろいろな探査機が飛ぶようになって、最近では少しくらいのことでは感動しなくなってきました。自分もみんなも感動することをやりたい。今考えているのは、地球外生命探査です。

ターゲットの一つは、木星の衛星エウロパです。エウロパの表面を覆っている氷の割れ目から噴き出す水を観測したり、採取したりして、生命の存在を確かめようという検討が進んでいます。私は惑星分光観測衛星「ひさき」やベピコロンボのMPOに搭載している紫外線分光撮像器の開発にも携わりました。この技術は噴出現象の観測にも使えるはずです。

もう一つは、太陽系以外の惑星です。恒星の近くに存在する惑星が次々に見つかっています。その惑星はどういう環境なのか、生命が存在できるのかを知る上で、太陽系で最も太陽に近い水星を徹底的に調べるベピコロンボがもたらす情報は、重要な手掛かりになるでしょう。

地球外生命探査の実現に必要なこととは?

私は、地球以外にも生命はいると思っています。でも、地球外生命探査には何十年もかかるでしょう。私たちの世代だけでは実現できないので、若い人たちにつないでいかなければいけません。それには、若い人に興味を持ってもらえるように情報を発信していくことが必要です。情報があふれている中、若い人に届く情報発信の方法を考えているところです。YouTuberになろうかな。

研究開発において大切にしていることはありますか。

惑星探査にはチームワークが必要です。私は、楽しいチームにすることを心掛けています。惑星探査はよく航海にたとえられますが、クルーを楽しませるには、船長が一番楽しんでいることが大切。周りからはふざけているやつに見えているかもしれませんが、自分のポリシーに従って真剣に楽しんでいるのです。

【 ISASニュース 2020年6月号(No.471) 掲載】