低燃費で往復飛行や深宇宙探査を実現

西山さんの専門であるマイクロ波放電型イオンエンジンについて教えてください。

日本では、小惑星探査機「はやぶさ」に初めて搭載され、現在飛行中の「はやぶさ2」にも搭載されています。イオンエンジンは、電気を利用して推力を得る電気推進ロケットの一種で、燃料をイオン化して強力な電圧をかけて加速し、高速で噴射することで推力を発生させます。アメリカやヨーロッパの探査機にもイオンエンジンが搭載されていますが、私たち独自の技術としてイオン化にマイクロ波という電波を用いています。

探査機や人工衛星を打ち上げるH-IIAロケットやイプシロンロケットのエンジンは、燃料と酸化剤を燃焼させて高温高圧のガスを噴射することで推力を発生させる化学推進です。イオンエンジンは、化学推進エンジンと比べると推進力は小さいですが、とても燃費がよく長期間加速を続けることができます。そのため、小惑星まで行って地球に戻ってきたい、遠くの天体まで行きたいといった探査には欠かせないエンジンです。

「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウの観測を終了し、2019年12月、地球帰還に向けてイオンエンジンの運転を開始しました。イオンエンジンが宇宙で運転しているときは、どのようなことを感じているのですか。

イオンエンジンの場合、ロケットの打上げのような華々しい瞬間はありません。ずっと運転しているので、常に気掛かりなものが宇宙にある、という感じです。心配で落ち着かないのですが、イオンエンジンが宇宙で活躍している証しなので、このドキドキはうれしいことなんですよね。

宇宙飛翔工学研究系 准教授 西山 和孝

深宇宙探査の新しい方法に挑む

「はやぶさ2」は、2020年11〜12月に地球に帰還する予定です。イオンエンジンを搭載する次の探査計画は?

深宇宙探査技術実証機「DESTINY(デスティニー・プラス)」です。小惑星Phaethonの近くを通過しながら観測を行う計画ですが、イオンエンジンがこれまで以上に頑張らないと目的地にたどり着けません。

DESTINYはイプシロンロケットで打ち上げられ、まず地球周回の長楕円軌道に投入されます。地球を周回しながら高度を上げていき、月スイングバイといって月の重力を利用して軌道変更と加速を行い、小惑星に向けて出発します。高度を上げていくために、イオンエンジンで加速します。「はやぶさ」のイオンエンジンの加速実績は2km/s、「はやぶさ2」は1.2km/sの予定です。一方、DESTINYでは4km/sもの加速能力が必要になります。

「はやぶさ」の2倍! 厳しい要求ですね。

私たちは、「はやぶさ」「はやぶさ2」の運用と並行して、不具合があったところを直すだけでなく、細かい改良を加えたり、原理を追究したり、イオンエンジンの性能を向上させるための研究開発を続けてきました。そうした技術や知見を盛り込むことで4km/sの加速を実現できるイオンエンジンを開発し、地上での耐久試験を2012年から始めています。イオンエンジンはまだ新しい未熟な技術なので、予定されている運転時間を上回る耐久性があることを実証する必要があるのです。連続運転はすでに6万時間を超えました。これはDESTINYの計画に対して十分余裕を持った時間です。

DESTINY+は、これまでで最も小型の打上げロケットと電気推進ロケットの組み合わせで深宇宙探査を行うことになりますね。

深宇宙探査機の多くは、大型ロケットで打ち上げられ、目的の天体に向かう軌道に直接投入されます。DESTINYの方法ならば小型ロケットでよいので打上げコストを抑えられ、その分、回数を増やせます。私たちは、低コスト、高頻度で深宇宙探査を行う新しい方法を手にできるのです。

深宇宙探査技術実証機 DESTINY+

深宇宙探査技術実証機 DESTINY+  Ⓒ JAXA/カシカガク

イオンエンジンがなければできない宇宙探査がある

なぜイオンエンジンの研究開発に携わるようになったのですか。

子どものころ宇宙を舞台にしたアニメが大好きで、宇宙を飛行するものをつくりたいと漠然と思っていました。でも、イオンエンジンをやるようになったのは偶然です。大学では、電気推進の一種であるアークジェットが専門の研究室に入りました。大学院でもその研究を続けるつもりだったのですが、希望者が多く研究室の定員を超えてしまいました。私はじゃんけんで負け、宇宙研の研究室で受け入れていただくことに。その研究室でイオンエンジンと出会ったのです。

イオンエンジンの魅力は?

イトカワやリュウグウに到着して観測しているとき、またイトカワの試料が入った帰還カプセルを手にしたとき、皆さんとてもうれしそうな顔をしていました。イオンエンジンがなければできない宇宙探査があり、それを実現することで喜ぶ人がいて、新しいことが分かる。それが、イオンエンジンの一番の魅力だと思います。

今後、どのようなことに取り組みたいとお考えですか。

イオンエンジンをどんどん使ってもらうことが私の役目だと思い、いろいろなプロジェクトに検討段階から参加しています。その一つが、ソーラー電力セイル「OKEANOS(オケアノス)」です。大型のセイル膜面に貼った薄膜太陽電池で電力を確保し、イオンエンジンで木星軌道上のトロヤ群小惑星を目指します。機体が大きく重いので、「はやぶさ」の2倍以上の推進力を出せるイオンエンジンを開発しているところです。

用途が往復飛行や深宇宙探査に限定されてしまっている状況も変えたい。イオンエンジンは地球近傍を飛行する人工衛星の軌道制御にも使え、燃費がよいので人工衛星の長寿命化にも役立ちます。利用の裾野を広げ、イオンエンジンの開発や製造がビジネスとして成り立つようにするのが目標です。

宇宙飛翔工学研究系 准教授 西山 和孝

忙しい中、休日はどのように過ごしていますか。

ひたすら寝だめをしています。布団に入ったままスマートフォンで韓国ドラマを見るのも、休日の楽しみの一つです。リビングのテレビを占領すると家族に怒られるので布団で、そしてたくさん見るために2倍速で、というのがポイントです。