いろいろと苦労のある仕事

最初は種子島。LE-7、H-IIロケット開発も。

専門に勉強したのは航空原動機でした。宇宙に興味がなかったわけではないけれど、航空エンジンとかロケットエンジンをやりたかった。実際、大手航空会社から内定をもらっていて、飛行機の整備をやろうと。ところが、旧宇宙開発事業団に先輩がいまして、遊びに来ないかと誘われていってみるとそれが面接で、当人は受けたつもりないのに、数日後に合格の連絡が来ました。今になってみればいい選択だったと思います。

入社(旧宇宙開発事業団)した当時、新卒の技術系職員はみな地方の事業所に出されると決まっていました。私の場合は種子島。N-IロケットやH-Iロケットの1段エンジン(MB-3)の燃焼試験場があり、燃焼試験や射場技術として推進系を担当しました。種子島には5年いて本社へ。燃焼試験のかたわら打上げにも携わっていたため、打上管制部に配属されました。そのころ、LE-7エンジンの開発が非常に難航していたため、人員補強も兼ねてエンジングループへ移籍。しばらくLE-7やH-IIロケットの開発に従事しました。その後、経営推進部(当時は計画管理部)に2度配属され、海外研修でドイツ(DLR)へも行きました。現在は離れていますが、30年の職歴の大半は直接技術・開発に携わってきました。もとより、技術の中身を知らないと今の私の仕事はできませんし、計画マネージャのポストはだいたい技術系の人が来ています。

皆さんに恨まれる仕事。

2年半程前から、宇宙研の科学推進部計画マネージャをしています。宇宙研の運営に必要な予算設定、各プロジェクトの進捗管理、外部資金の導入に関する交渉、管轄省庁に向けた科学研究費の申請など、予算獲得、資金設定のほぼすべてに関与しています。俗に大番頭と称される仕事なのですが、私の中では「皆さんに恨まれる仕事」というのが一番的を射ていると思います(笑)。皆さんにいろいろと文句を言われながら、それでも何とかやっていかねばならない。言いづらいこともしっかり言うので、いろいろと苦労はありますよ。

プロジェクトの進め方の改善にも取り組んでいます。人工衛星をつくるにしろ、ロケットを打ち上げるにせよ、宇宙研には宇宙研のやり方があっていいと思います。しかし、そろそろ修正すべき点はきちんと修正する時期に来ていると思います。今、衛星も大型化し機器も複雑になり、かつ国際競争が激化しています。昔のように1人の先生のヒエラルキーの中でみんなが動くやり方には限界があります。きちんとしたチームを組んで臨まねばならないのですが、気がかりなのが、古参の方と若手との世代間ギャップがあり、考え方が違うことが多いこと。ここをまず埋めていく努力が必要です。計画マネージャの在任期間は3~4年ですから、私に残された時間は多くない。でも、腰掛け的な仕事は私が一番嫌うところです。宇宙研をさらによくするために皆さんと頑張りたいと思います。

宇宙研の一番いいところは、若さ

先生が主役という先入観に誤り。

本社にいた時代から宇宙研の先生方とは交流の機会があって、何度かお邪魔していました。実際に来てみると、いいところはよりよく見え、今まで悪いと思っていたところは自分の勘違いだったことがわかりました。宇宙研の一番いいところは、ここには学生さんがいるんですね。若さ、これは他の事業所にはない魅力です。年に1度、夏にやるバーベキュー大会は私も楽しみにしています。若い人といろいろ話す機会があり、そこで活力をもらえます。では、悪いイメージは何だったかというと、先生方が主役で一般職には張り合いのある仕事はないのではないかと。これは全然違っていて、逆に、先生方と「技術部門・事務部門」が一緒になっていい仕事をしているのが宇宙研です。外からは先生方がすべてやっているように見えますが、一般職の方も各自適材適所で活躍しているのです。

焼酎、釣り、草野球観戦。

趣味は、仲間で和気藹々とお酒を飲むこと、そして釣りですね。このあたりは種子島の影響が大ですね。種子島にいると、休みの日は全くすることがありません。遊ぶといってもお酒(焼酎)と釣りくらい。釣りは朝・昼・晩、いつでもできます。魚が釣れる。それを肴にまた飲む。気がつくとこういう連鎖に入っていて、これがまた楽しかった。結局種子島には5年いました。行きは1人だったのですが、帰りは2人に。島の人口を1人減らしてしまいました(笑)。今は観るほうですが、野球も好きです。JAXAの近くの鹿沼公園に野球場があり、土日になると草野球をやっています。これが結構面白い。端っこに座ってビールを飲みながらの野球観戦は、捨てがたいですね。

【 ISASニュース 2018年8月号(No.449) 掲載】