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図1 明滅するオーロラの起源をあらせ衛星のプラズマ観測で解明

図1 明滅するオーロラの起源をあらせ衛星のプラズマ観測で解明 ©ERG science team

発表概要

高緯度地方の夜空を覆うオーロラ嵐は、磁気圏に蓄えられた太陽風(注1)のエネルギーが急激に解放されることで生じる現象です。典型的なオーロラ嵐では、よく知られたカーテン状の明るいオーロラに加えて、淡く明滅する斑点状のオーロラ(脈動オーロラ、 pulsating aurora)が現れて舞い乱れます。この明滅するオーロラは、磁気圏の高エネルギー電子が高度100km程度の上層大気に向けて降ったり止んだりすることで生じていますが、その間欠的な降り込みを起こす物理プロセスを観測的に捉えることは、これまで非常に困難でした。今回、東京大学大学院理学系研究科の笠原慧准教授をはじめとする研究チームは、2017年に観測を開始したJAXAのジオスペース探査衛星あらせ(ERG)の電子・プラズマ波動データを解析し、明滅するオーロラの源たる物理プロセスの同定に成功しました(図1)。これまでにない高精度で磁気圏の電子の分布を計測することにより、磁気圏内を往復運動する電子がプラズマ波動によって揺さぶられ地球の大気に向けて降り注いでいくという物理プロセスが、明瞭に示されました。電子の降り込みがいつ、どこで起きるかを、今後さらに詳細に調べることは、オーロラの多様性を理解するうえで非常に重要な情報となるとともに、宇宙空間で普遍的に起きているプラズマ波動と電子の相互作用の詳細な理解につながります。

発表内容

(1)研究の背景・先行研究における問題点

高緯度地方の夜空を覆うオーロラ嵐は、磁気圏に蓄えられた太陽風のエネルギーが急激に解放されることで生じる現象です。典型的なオーロラ嵐では、まず夕方から真夜中にかけてカーテン状の明るいオーロラが現れ、これが爆発的に舞ったのち、朝側では、淡く明滅する斑点状のオーロラが現れて舞い乱れます。斑点ひとつのサイズは数十から数百kmで、高度100 km程度に現れ、数秒から数十秒の周期で明滅(脈動)を繰り返します。この明滅するオーロラ(脈動オーロラ)は、磁気圏の高エネルギー電子(数十キロエレクトロンボルト)が高度100km付近の上層大気に向けて降ったり止んだりして生じることが、過去の地球近傍(高度<1000 km)での観測からわかっています(電子が降り込むと、そのエネルギーで励起された大気の原子・分子が発光する)。しかし、そのような電子の間欠的な降り込みが磁気圏のどこで、どのように起こっているかが問題でした。通常、磁気圏内の電子は、磁力線方向に沿った南北運動を繰り返しており、地球の大気に降ってくることはありません(オーロラは見えない)。ところが、何らかの理由で往復運動が破れ、電子が地球の大気に到達することがあります(オーロラが見える)。この往復運動を破るメカニズムの違いが、オーロラの多様性を生みます。特に脈動オーロラの場合は、「コーラス波動 (chorus waves)」と呼ばれるプラズマ波動の一種が、電磁力で電子の往復運動を破り、大気への降り込みを駆動するものと考えられてきました(図2)。しかしながら、そのような「電子の往復運動の破れ」の発生する現場を直接観測することは(60年にわたる衛星観測の歴史のなかでも)実現できていませんでした。

図2a

図2b

図2c

図2 (a)磁気圏内で磁力線に沿って往復運動する電子。(b)コーラス波動の電磁力により往復運動が破られ、磁力線に沿って大気に降り込もうとする電子。(c)降り注ぐ電子で発生するオーロラ。 ©ERG science team

(2)研究内容

この問題に挑むため、本研究では、ジオスペース探査衛星あらせ(ERG)によるプラズマ観測と、米国のTHEMIS地上全天カメラによるオーロラ観測が、同時に実施された事例のデータを解析しました。あらせは2016年12月にJAXA(宇宙航空研究開発機構)内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ、2017年3月から定常観測を開始しています。あらせは、ジオスペースにおけるプラズマ物理の解明を目的とし、6台の粒子機器、2台の電磁場観測器、1台のソフトウェア型分析器を搭載しています。このうち、今回用いたのは、中間エネルギー電子分析器(MEP-e)、プラズマ波動・電場観測器(PWE)、 磁場観測器(MGF)の3台です(注2)。一方、THEMIS地上全天カメラはオーロラ観測を目的としてアラスカ・カナダの多地点に設置されています。今回着目したイベントは、全天カメラの一つが明滅するオーロラを捉えており、かつ、その視野の中にあらせにつながる磁力線の根元(フットプリント、注3)がある、極めて幸運なものでした。

このイベントにおけるデータを解析したところ、間欠的に発生するコーラス波動と同期するようにして、降り込み電子も大きく変動する(コーラス波動が強まると、降り込み電子が現れる)様子が明瞭に捉えられました。これは、前述のようなコーラス波動による「電子の往復運動の破れ」の決定的証拠で、世界で初めて観測されたものです。また、磁気圏内であらせが捉えた降り込み電子の変動と、全天カメラの捉えたオーロラ明滅との同期も期待されますが、実際に、それらの強度の間によい相関があることも確認できました。このように、(1)コーラス波動の発生 →(2)波動による電子の揺さぶり、「往復運動の破れ」→(3)電子の大気への降り込み →(4)オーロラの発光、という一連のプロセスが間欠的に起きることで、明滅するオーロラが発生していることが、決定的になりました。

(3)社会的意義・今後の予定 など

今回の解析対象イベントは、あらせ衛星の定常観測開始からわずか5日目のものです。一方、あらせ衛星はその後も順調に観測を続けており、より広範なデータが蓄積されてきています。今後、それらのデータを解析することで、上記のメカニズムが起こりやすい条件や、それ以外のメカニズムによる電子の降り込みについても追及し、オーロラと磁気圏プラズマ物理過程の多様性とその詳細の解明を目指します。 これらの知見は、地球周辺の宇宙環境がどのように変化するかの解明につながるとともに、木星や土星といった他の惑星の磁気圏も含めて、宇宙空間で遍く起きているプラズマ現象の詳細な理解にもつながることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名: 「Nature」(オンライン版:イギリス時間 2月14日)
論文タイトル: Pulsating aurora from electron scattering by chorus waves
著者: 笠原 慧1★、 三好 由純2、横田 勝一郎3、三谷 烈史4、笠原 禎也5、松田 昇也2、熊本篤志6、松岡 彩子4、風間 洋一7、Harald U. Frey8、 Vassilis Angelopoulos9、 栗田 怜2、桂華 邦裕1、関 華奈子1、篠原 育4
★: 責任著者、1:東京大学、2:名古屋大学、3:大阪大学、4:宇宙航空研究開発機構(JAXA)・宇宙科学研究所、5:金沢大学、6:東北大学、7:Academia Sinica Institute of Astronomy and Astrophysics、8:University of California、 Berkley、9:University of California, Los Angels.
DOI番号: 10.1038 / nature25505

用語解説

(注1) 太陽風
太陽から吹きだすプラズマ(電子と陽子)の風のこと。平均的な速度は秒速500km程度。プラズマが太陽の磁場を引きずり出すようにしながら地球磁気圏に吹きつけることで、太陽風のエネルギー(の一部)が地球磁気圏内に蓄えられる。

(注2) MEP-e、 PWE、 MGF
MEP-e(Medium-energy particle experiments - electron analyzer、 中間エネルギー電子分析器):7-87 keVの電子を計測する。主任研究者:笠原慧(現・東京大学、開発時の所属はJAXA宇宙科学研究所)、副主任および共同研究者:横田勝一郎(現・大阪大学、開発時の所属はJAXA宇宙科学研究所)、三谷烈史(JAXA宇宙科学研究所)など。 PWE(Plasma wave experiment、プラズマ波動・電場観測器): DC~10MHzの電場、および数Hz~100kHzの磁場を計測する。電子密度の算出にも用いられる。主任研究者:笠原禎也(金沢大学)、共同研究者:松田昇也(名古屋大学)、熊本篤志(東北大学)、栗田怜(名古屋大学)など。 MGF(Magnetic field experiment、磁場観測器): DC-100Hzの磁場を計測する。主任研究者:松岡彩子(JAXA宇宙科学研究所)。

(注3) フットプリント
プラズマ観測をしている衛星の位置を、磁力線をたどって地球の電離圏高度まで投影したときの終点。プラズマ粒子は磁力線に沿って運動するため、衛星のフットプリントが地上カメラの視野に入っている場合、地上と衛星で対応したプラズマを観測していることになる。