神戸大学・名古屋大学を中心とするGRAINE共同研究グループ(注1)は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所が提供した大気球の飛翔機会を利用し(注2)、平成27(2015)年5月12日から同年5月13日にかけて荷電粒子の飛跡検出器として最も空間分解能が高い原子核乾板(エマルションフィルム)を用いたガンマ線望遠鏡システムの大気球による実証実験を実施しました。

GRAINE共同研究グループは、天体から放出されるガンマ線の画像を最先端のガンマ線天文観測衛星よりも100倍高い解像度で撮影できる可能性をもつ『エマルション望遠鏡』を開発しています。このエマルション望遠鏡を搭載した科学観測用大気球をオーストラリア・アリススプリングスより放球し、高度36.0kmを超える地点から明るいガンマ線源である中性子星Velaパルサーの観測を行いました。望遠鏡の心臓部となるエマルションフィルムは、観測を終了して無事に回収され、シドニー大学に輸送されました。その後、平成27(2015)年6月1日までにすべてのフィルムの現像作業を完了し、フィルムが健全な状態で観測が行われたことが確認できました。

現像後のフィルムを日本に輸送後、蓄積されたデータの読み出し・解析を進め、今後1年程度をかけて、所定の分解能でVelaパルサーのガンマ線イメージを得られたかどうかなど望遠鏡システムの性能を評価するとともに、観測結果をまとめる予定です。

注1 GRAINE(Gamma-Ray Astro Imager with Nuclear Emulsion)共同研究グループ: 神戸大学、名古屋大学、愛知教育大学、岡山理科大学 他の研究グループにより構成されています。宇宙から飛来するガンマ線を高い解像度で捉えるため、原子核乾板(エマルションフィルム)を使用したエマルション望遠鏡を開発・製作し、科学観測用大気球に搭載して大気トップまで打上げての観測を推進しています。
グループリーダー:神戸大学 大学院人間発達環境学研究科・教授 青木 茂樹

注2 JAXA宇宙科学研究所では、高度数10kmから約250kmという、航空機や人工衛星ではカバーできない高度における観測手段として、観測ロケットや大気球などの小型飛翔手段の研究とそれを利用した理工学実験研究を実施しています。

研究の背景・意義

ガンマ線天文学は1952年、日本の理論物理学者早川幸男によって提唱された天文分野の1つです。宇宙空間を高速で飛び交う陽子、電子、原子核などを総称して『宇宙線』と呼びます。スイス・ジュネーブ近郊にある世界最大の加速器 Large Hadron Collider (LHC)は、陽子を加速し8兆電子ボルトものエネルギーを人工的に作り出していますが、さらにその1千万倍ものエネルギーをもった宇宙線が天然に存在することが観測から確かめられています。高エネルギーの宇宙線が星間ガスなどの物質と衝突すると、そこからガンマ線が発生します。電磁波の一種で電荷を持たないガンマ線は、磁場の影響を受けることなく宇宙空間を直進する性質を持つため、我々はガンマ線がやってきた方向やそのエネルギーを測定することで、宇宙の高エネルギー天体現象について間接的に調べる事ができます。

ガンマ線の方向測定には非常に高度な技術が必要となるため、他波長の天文分野に比べて詳細な観測が進んでいません。ブラックホール、超新星残骸、高速回転する中性子星(パルサー)の他、ガンマ線を放出する正体不明の天体もこれまでに報告されており、より高性能なガンマ線観測器の開発が求められています。

原子核乾板、エマルション望遠鏡

原子核乾板(エマルションフィルム)とは、白黒写真フィルムと同じ材料を荷電粒子の検出に最適化したフィルムです。荷電粒子の飛跡を1ミクロンより細かい精度で記録できます。GRAINE共同研究グループは、半導体技術に基づいて記録するデジタルカメラよりも高い分解能で記録できる原子核乾板に着目し、これを宇宙ガンマ線の観測に応用するエマルション望遠鏡を開発してきました。

エマルション望遠鏡は、ガンマ線の入射する上流側からコンバータ、タイムスタンパ、カロリーメータの3つの部分より構成され、各ブロックはいずれもエマルションフィルムを積層した構造になっています。

コンバータ部
ガンマ線が起こす電子・陽電子対生成反応によってガンマ線を検出し、対生成後の電子・陽電子の飛跡を測定することでガンマ線の入射方向を精密に測定。

タイムスタンパ部
通常では入射時刻を知ることのできないエマルションフィルムを用いて時刻を知るための仕掛け。複数枚のエマルションフィルムを、アナログ時計の針のようにそれぞれ独立な周期で精密に動かします。解析の際に荷電粒子貫通時のフィルムの位置関係を正確に再現することで、貫通したすべての飛跡に対して10ミリ秒~100ミリ秒の精度で通過時刻を知ることができます。

カロリーメータ部
電子・陽電子が通過する際の直進性からそれぞれのエネルギーを測定。エマルションフィルムと金属板のサンドイッチ構造になっています。

さらに、ガンマ線入射時における検出器の天球に対する姿勢をモニターするため、可視光線により星座を捉えるスターカメラを気球に搭載し、気球観測を行いました。

エマルション望遠鏡は、天体が発するガンマ線の画像を最先端のガンマ線天文衛星よりも100倍高い解像度で撮影できる可能性を持っています。望遠鏡の実用化が進めば、これまで見えていなかった天体の空間構造を明らかにすることができ、新しい発見が期待されます。

大気球実験の実施

GRAINE共同研究グループは、旧来品よりも高性能の原子核乾板フィルムを作るため、2014年から名古屋大学内の施設で材料となる乳剤の製造および塗布を自分たちの手で行いました。2015年3月、製造した数百枚の総面積50平方メートルのフィルムをオーストラリアに輸出し、エマルション望遠鏡として組み上げ、宇宙航空研究機構(JAXA)の大気球に搭載しました。

5月12日午前6時03分(JST)、ニューサウスウェールズ大学が管理するアリススプリングス気球放球基地より放球された全長170メートルの大気球 (満膨張時体積30万立方メートル、直径93メートル)は、ガンマ線の大気による吸収をほとんど受けない高度36.0 km以上にまで上昇し、6時間以上に渡って明るいガンマ線源である中性子星Velaパルサーを観測しました。同日午後8時25分(JST),大気球はクイーンズランド州ロングリーチの北方約130 km地点に着地しました。エマルション望遠鏡の心臓部となるエマルションフィルムは、翌日中に無事に回収され、シドニー大学へと輸送されました。その後、6月1日までに搭載した全てのフィルムの現像作業を完了し、フィルムが健全な状態で観測が行われたことが確認できました。

今後の展望

現像後のエマルションフィルムは日本に輸送され、名古屋大学で開発した世界最速の読取速度を誇る原子核乾板解析装置HTSを用いて蓄積された飛跡データを読み取り、詳細な解析を進めます。今後1年程度をかけて、所定の分解能でガンマ線イメージを得られたかどうかなど望遠鏡システムの性能を評価するとともに、観測結果をまとめる予定です。

エマルション望遠鏡の概念図

図1 エマルション望遠鏡の概念図 © GRAINE collaboration

観測に使用したエマルション望遠鏡の写真

写真1 今回使用したエマルション望遠鏡(アリススプリングス気球放球基地にて)
中央のアルミラミネート紙のパックに積層したフィルム(約500枚、総面積約50平方メートル)が真空封入されている。円形容器(球形与圧容器の一部)の直径は1.6メートル © GRAINE collaboration

ゴンドラに搭載した球形与圧容器に実装したエマルション望遠鏡の写真

写真2 エマルション望遠鏡を球形与圧容器に実装しゴンドラに搭載した姿 (アリススプリングス気球放球基地にて) © GRAINE collaboration

放球用クレーン車で球形与圧容器を吊り下げるリハーサル風景の写真

写真3 打ち上げ時に使用する放球用クレーン車で吊り下げるリハーサル (アリススプリングス気球放球基地にて) © GRAINE collaboration

放球直前の実験場の全景写真

写真4 放球直前の様子(アリススプリングス気球放球基地にて)
ヘリウムガスが充填された大気球は上空で膨張し、体積は30万立方メートル(直径93メートル)になる。パラシュートやつり紐を含めた全長は170メートル © GRAINE collaboration

放球の瞬間を捉えた写真

写真5 放球の瞬間(アリススプリングス気球放球基地にて) © GRAINE collaboration

オーストラリア大陸の地図上に示した大気球の飛行経路の説明図

図2 大気球の飛行経路 © JAXA
・放球日時および場所:
 5月12日午前6時03分JST,アリススプリングス気球放球基地
・着地日時および場所:
 5月12日午後8時25分JST,クイーンズランド州ロングリーチの北方約130km地点
・飛翔高度:36.0km以上
・飛翔時間:14時間22分

現像直後のエマルションフィルムの写真

写真6 現像直後のエマルションフィルム(シドニー大学にて)
エマルション望遠鏡には、38cm×25cmのフィルム約500枚を使用 © GRAINE collaboration

現像したエマルションフィルムの顕微鏡写真

写真7 現像したエマルションフィルムの顕微鏡写真
画像の横幅は100ミクロン(0.1mm)に相当。現像処理により析出した銀粒子(1粒の大きさは1ミクロン程度)の点列が、上空で記録された荷電粒子の飛跡である。 © GRAINE collaboration

原子核乾板読み取り装置の写真

写真8:原子核乾板読み取り装置 HTS(名古屋大学)
大量の原子核乾板中の飛跡を3次元画像処理によりサブミクロンの精度で高速に読み取る。 © Nagoya University