大気球による科学成果の「回収」請負人に迫る!
〜2023年度オーストラリア気球実験の回収オペレーションをふりかえる:池田忠作氏インタビュー〜

池田忠作氏

宇宙科学研究所(ISAS)は、2023年2月から5月にかけて、オーストラリア北部準州アリススプリングスの気球放球場にて、気球を利用し、以下の2つの実験を実施しました。

放球場から放球された気球は、実験機器が搭載されたゴンドラを吊り下げながら、所定の高度で飛翔し、実験を行います。実験終了後、地上にいる実験班との通信によって、飛翔中の気球とゴンドラは切り離され、ゴンドラはパラシュートで地上に緩降下します。上空で観測データを記録した実験機器(ゴンドラ)や気球はその後着地し、広大なオーストラリア大陸どまんなかの荒涼とした大地で、人の手によって回収する必要があります。そこには、現場でのさまざまな苦難に臨機応変に対応する力と、気球実験による成果を求める実験者(気球ユーザー)のために安全かつ確実に回収を完遂できる知識と行動力が求められます。今回、オーストラリアにて回収班チーフとして、この回収オペレーションの陣頭指揮をとった、ISAS大気球実験グループの池田忠作 主任研究開発員に、回収作業の実際とその舞台裏、そして今後の展望等についてインタビューしました。

キャリア採用とのことですが、JAXA入社までの経緯を教えてください。

第53次日本南極地域観測隊参加時の池田氏
第53次日本南極地域観測隊参加時の池田氏

大学・大学院の専攻は化学で、ポスドク生活および国立極地研究所での第53次日本南極地域観測隊等を経て、JAXAには招聘職員として入社しました。南極観測隊では、大気中の温室効果ガス濃度やエアロゾル濃度の連続観測、南極氷床上での積雪深変化の記録などを行う業務を担当しており、上空のエアロゾル濃度を測定するために、小型のゴム気球を利用していました。また、越冬明けの時期に国立極地研究所の研究グループが上空大気を採取する気球実験を昭和基地で行った際には、放球作業と回収作業に携わりました。それが気球実験との出会いです。その後、同じグループが提案した気球実験をISASがインドネシアで実施することになり、JAXA職員としてその実験をサポートするため、招聘職員として入社しました。その後は、JAXAにキャリア採用していただき、以降、ISAS大気球実験グループに所属しています。

現在の大気球実験グループでの役割を教えてください。

気球実験が実施される際、実験班は主に放球班、受信班、回収班、総務班、ゴンドラ班等で編成されますが、私は主に放球班で気球の放球作業を担当しています。実験のない時は、次の実験に向けて、気球に搭載される機器の動作確認やメンテナンス、必要な資材の調達や機材の開発等を行っています。

JAXAが実施する大気球実験の意義や価値、加えて、日本国内とオーストラリアで実施する気球実験の違いを教えてください。

すでに随所で言われていることですが、気球実験は、低コストかつ、実験計画の立案から機器開発を経て実験実施まで短期間ですむこと、加えて、ISAS大気球実験グループによるユーザーサポート体制が整備されていることです。また、上空20〜50kmで長時間飛翔することが求められるミッションには、気球を使用するのが最適である点も、気球実験の価値であると思います。
北海道の大樹航空宇宙実験場で行われる国内での気球実験とオーストラリアで行われる気球実験との違いとして、気球や実験機器の回収を海上で行うか、陸上で行うか、という点があります。日本では、陸地の人口密度の観点から、船舶による海上回収にならざるをえない事情があり、重要な実験機器の防水処理は必須です。一方、オーストラリアでは広大な土地と低い人口密度の利点を生かし、ヘリコプターやセスナ、トラック等を駆使した陸上回収が可能です。次に、日本国内の実験では、飛翔時間は数時間程度ですが、オーストラリアでは、最長で丸1.5日程度の飛翔が可能です。これは、飛翔可能な範囲が全く違うためです。さらに、使用する気球の基本構造は同一ですが、飛翔高度と飛翔時間、搭載機材の重量等に応じて、充填するヘリウムの量が変わり、気球サイズが、国内実験では5,000〜100,000㎥、オーストラリア実験では300,000〜500,000㎥の気球を準備する傾向があります。

今回の回収作業について伺います。2023年10月の大気球シンポジウムの回収に関する報告では、「回収対象物を比較的スムーズに回収することができた」と総括されてました。「比較的」の意図も含めて、ご説明をお願いします。

エマルションガンマ線望遠鏡による宇宙ガンマ線観測計画(GRAINE)の放球作業
エマルションガンマ線望遠鏡による宇宙ガンマ線観測計画(GRAINE)の放球作業

大気球実験グループとしては、今回で3回目のオーストラリアでの気球実験であり、1回目と2回目は、福家英之 現大気球実験グループ長が回収等の現地指揮をとりました。私は、1回目と2回目の実験にも参加しましたが、今回初めて、回収作業に加わりました。回収作業は、JAXA1名、気球ユーザーのチームから1名、オーストラリア現地の方2〜3名の体制で行いました。ゴンドラのような特に大きなものはトラックの荷台にクレーンで載せて回収することになりますが、そのためには、その降下点にまでトラックで移動できる必要があります。
しかし現状は、着地させてから、場所を特定しつつ、そこまで行けるのかどうかを考えることが多いです。過去に、気球を予定どおりに降下させ、いざ回収に向かったら、途中、トラックが干上がった塩湖の泥地のぬかるみでスタックし、回収班はその独特の粘着質の泥をスコップでひたすらかきわけて、ようやくトラックが脱出できた、なんてこともありました。なので、降下現場周辺の様々な状況を事前に想定する必要があり、例えば、トラックの立ち入ることのできない泥地にゴンドラが降下した場合に備えて、泥地でも解体・分解できるような、様々な道具立てや機材を準備して臨みました。
結果として、今回は幸いにも、GRAINEについて、トラックをゴンドラに横付けできて、スムーズに回収できました。また、SRCも、気球とゴンドラ本体が牧場に降下し、気球の回収途中、トラックがスタックしたものの、短時間で抜けることができて問題なく回収できました。(ゴンドラ回収後、夜も更けていたので、夜営となりました。オーストラリア式キャンプを体験!)

実際の回収活動で手掛かりとする、飛翔中の気球、ゴンドラおよび実験機器の位置情報を、どのようにして地上で取得するのですか。

はやぶさ型カプセルの遷音速・低速域における空力安定性評価(SRC)の放球作業
はやぶさ型カプセルの遷音速・低速域における空力安定性評価(SRC)の放球作業

飛翔中はゴンドラと気球にそれぞれ搭載している送信機が発信するGPS位置を含む情報を地上局で直接受信して位置を把握しています。着地後は、ゴンドラからは衛星経由で送られてくる情報からGPS座標を把握できるため捜索は比較的容易です。
一方気球側には衛星通信ができる送信機は搭載していないため、着地直前の位置情報から落下予想範囲を計算し、その範囲をヘリコプターやトラックで回収に向かうので、探すのが少し大変です。

回収作業の際、現場で様々な判断・決断をされる時、何を基準にしていますか。

エマルションガンマ線望遠鏡による宇宙ガンマ線観測計画(GRAINE)の着地したゴンドラ
エマルションガンマ線望遠鏡による宇宙ガンマ線観測計画(GRAINE)の着地したゴンドラ

安全第一を最優先にするのは当然ながら、まずは、自分が回収班としての判断を誤り、回収作業を長引かせるようなことはしたくないと考えています。というのも、今回のGRAINEの場合、実験機器の中に収められた、供試体となる薄いエマルションフィルムを冷えた状態で回収する必要があったので、位置の特定だけでなく、現場へのアクセスに係る所要時間や回収の手順等を念入りに確認し、効率的な回収を意識しました。
私自身は、回収作業のようなフィールドワークは半ば趣味のようなもので楽しんでいる部分もあるのですが、気球ユーザーの研究者は彼らの研究人生をかけて、かなりの時間と手間をかけて準備し実験に臨んでいるので、可能な限り、彼らの要望や期待を汲み取って実験を実施し成果を最大化できるように心がけています。これは、私も含めた大気球実験グループのメンバー全員が大事にしている価値観だと思います。我々は実験をする側ではなく、大気球を利用した実験を実現させる立場です。大気球専門委員会で実験が採択されたら、全力でその実現・実施を推進します。

実験期間の約3ヶ月にわたる滞在でしたが、生活面はどのようなものだったのでしょうか。滞在中の息抜きも教えてください。

現地ではマンスリーマンションに滞在し、2〜3人につき1部屋(2~3LDK)で生活していました。基本的に、治安の面から外食はせず、3食とも自炊かテイクアウトで食事をしていて、自炊の際は自分が食事を作る機会も多かったような気がします。食材は町のスーパーでそれなりに調達できるので、家族にもよく振舞っている餃子を作ったのを覚えてます。
実験期間中は1日のうち、一番暑い時は約40度、一番寒い時は約3〜4度と寒暖差がかなりあり、特にオーストラリアに来てすぐは、体調管理を心掛けました。
滞在中、特に注意するのは毒蛇で、日本では普段は短い安全靴を履いていますが、現地ではなるべく長いブーツを履くようにして、回収作業中も、草の繁みに足をいきなり踏み入れないように注意していました。
あと、基本的に体を動かすのが好きなので、アリススプリングス市中の大型プールで水泳をしたり、町の周辺に広がるマウンテンバイクコースをランニングしたりしていましたが、その途中に荒野の中でカンガルーを見つけることもありました。

回収作業途中に遭遇したオーストラリア固有種のモロクトカゲ
回収作業途中に遭遇したオーストラリア固有種のモロクトカゲ
はやぶさ型カプセルの遷音速・低速域における空力安定性評価(SRC)の回収作業におけるキャンプの様子
はやぶさ型カプセルの遷音速・低速域における空力安定性評価(SRC)の回収作業におけるキャンプの様子
同回収作業におけるキャンプ時に撮影した朝焼け
同回収作業におけるキャンプ時に撮影した朝焼け
蟻塚と池田氏
蟻塚と池田氏

現地オーストラリアの人も、回収作業を支援いただいてます。

Eric Hessling氏とAshley Whear氏
Eric Hessling氏とAshley Whear氏

実験で利用させてもらった施設は、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学が管理する放球拠点です。その施設の維持管理をされていたEric Hessling氏と、アリススプリングス在住で地元の地理を知り、辺鄙な場所でのキャンプ等に非常に慣れているディーゼルエンジンのエンジニアのAshley Whear氏の両氏に支援していただきました。お二人と接する中で、英語力や回収作業の経験だけでなく、砂丘におけるランドクルーザーの運転技術の重要性を学びました。今後の回収作業に生きてくるかもしれないです。とにかく、このお二人がいてこその回収でした。大変感謝しています。

今後の目標を教えてください。

池田氏インタビュー

今回、私としては初めてのオーストラリア気球実験の回収オペレーションでしたが、比較的スムーズに回収作業を完了させることが出来ました。一方で、回収作業をより効率よくするための気づきや改善事項も多く得ていますので、次回以降の実験に反映していきます。私自身は気球の回収オペレーションなどのフィールド活動も含む気球実験全般のプロフェッショナルを目指したいと思っていますが、今回のこのような経験は気球実験以外のミッションにおいても直接、間接的に役立てられることもあると思いますので、機会があれば貢献してゆきたいです。