• 前のページに戻る

物語「性能計算書」(2)

M-3C-1/Black-Star/たんせい2号

M-3C-2/Sun-Star/たいよう

Starシリーズ──まず“Black Star”と“Sun Star”

M-3Cの時代に入った。このロケットによる初めの衛星はMS-T2(たんせい2)で、太陽電池が側面に貼ってなくて、地の色が露出して黒かった。性能計算書としては、多少即物的に“Black Star”、2号機SRATSは太陽放射線と地球熱圏の相互作用を研究するというので、「太陽」を活かして“Sun Star”とした。歯磨き粉の連想も。

M-3C-3/White-Star

M-3C-4/Eastar/はくちょう

“White Star”から“Eastar”へ

すでに小田稔と切っても切れない関係にあった「はくちょう座X-1」というブラックホール候補は有名で、初のX線天文衛星をめざして、3号機の性能計算書には、白鳥を意識した“White Star”を採用したが、志は潰えた。

雪辱戦となったCORSA-bの打上げの際は、衛星主任の小田稔が性能計算書のタイトルに非常な関心を持った。「X線天文学の蘇生をめざすんだから、ずばり“Easter”ってのはどうだい?」と来たのを、的川がまぜっかえした。「いいですね。けど、スペルは“Eastar”の方がいいんじゃないですか。M-3Cシリーズには全部Starをつけてきたし ……」。やがて出来上がった性能計算書を、折から内之浦にやってきた曽野綾子さんに、小田が得意そうに見せているのを、「それほどの出来でもないんだけど」と複雑な思いで眺めた。

M-3H-1/Seventh-Star/たんせい3号、M-3H-2/Pole Mall/きょっこう、M-3H-3/Mr.Slim/じきけん

未知の軌道へ──きょっこう、じきけん

1976年の暮れ、年の瀬の駒場はもうじき1年ぶりの打上げという興奮にざわめいていた。「性能計算書の名前も系統的な趣を持たせる必要がありますね。酒とかタバコをもとにしてヒネリますかね」(上杉)。「たとえば?」(松尾)「今度の試験衛星は、日本の衛星としては7番目なので、タバコの“Seven Stars”を文字って“Seventh Star”とか?」(的川)。

初の準極軌道をめざすEXOS-Aの性能計算書には、タバコの“Pall Mall”をもとにして、“Pole Mall”(極の散歩道)という洒落た装いの名前がつけられた。長楕円の軌道を持つEXOS-Bは、「スリムな軌道」ということで“Mr. Slim”。こうして、振り返ってみれば、M-3Hはタバコ・シリーズとなった。愛称はそれぞれ「きょっこう」「じきけん」という微妙ならざる命名となったが、前者は、この言葉が持つ美しい響きに多少救われた。

M-3S-1/Early Times/たんせい4号

M-3S-2/Sundy Mace/ひのとり

全段制御のM-3S──ひのとり

M-3Sの1号機(たんせい4)を控えて、性能計算書に酒シリーズ登場。早朝の打上げを記念して“Early Times”。当時日本でも流行り始めていたアメリカのバーボンである。内之浦の旅館には、かなりの“Early Times”が持ち込まれたが、それでも足りなくなって、近所の酒屋に買いに出かけた。「アーリータイムズ、ありますか?」「そりゃ何ですか?」「いや、いいです」。気の弱い的川は仕方なく芋焼酎「小鹿」を買って帰る羽目になった。

M-3S-2が打ち上げるのは、日本初の太陽フレア観測衛星ASTRO-Aである。「太陽フレアの観測って、綺麗な写真はとれるんですか?」(的川)「X線だから、それは少し無理だね」(田中靖郎)「ああ、スコッチ無理ですか」(的川)。てなわけで、スコットランドはLeithの本格的スコッチ“Sandy MacDonald (Sandy Mac)”に、“Sun”と権威の表象である“Mace”を捻じ込んで“Sundy Mace”という苦肉の命名。タイトルはせこかったが、内之浦で打上げ後にみんなで飲んだこのスコッチは旨かった。

M-3S-3/New Parr/てんま

M-3S-4/Vanallentine's/おおぞら

長生きにあやかって──てんま

「はくちょう」が「はくじょう」と言われるぐらい長命で活躍していたので、ASTRO-Bもあやかって性能計算書には“Old Parr”という名前をつけようと提案した。それをもう一捻りして“New Parr”というアイディアを出したのは牧島一夫である。日本人が初めて飲んだスコッチと言われるOld Parrのラベルに描かれているお爺さんは、Thomas Parrといい、実に152歳まで長生きをした。ルーベンスの描いた肖像画も残っている。

「おおぞら」の性能計算書について言えば、「ヴァン・アレン帯の観測だし、打上げ予定日は“バレンタイン・デー”だな。それならスコッチの《バランタイン》を使おうか」というようなわけで、“Ballantines”と「ヴァン・アレン・タイ」を組み合わせたのが“Vanallentines”である。思えばお寒い駄洒落の産物。

カテゴリーメニュー