第10章 たくましき仲間たち

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計画と人のつながりを大事にして

よそさまのことをあまり語りたくはないが、1986年にアメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」が空中爆発を起こした。今なお脳裏に残像がよみがえる痛ましい事故だった。ご存じの通り、再使用可能なシャトルに対し、従来型のロケット・システムは「使い捨てロケット」と呼ばれているが、実はスペースシャトルの運用が本格化して以来、アメリカは、デルタ、アトラス、タイタンなどの使い捨てロケットの生産を一切中止していた。

それだけシャトルにかける意気込みが大きかったとも言えるが、実はそこに大きな落し穴があったのである。文字どおり「シャトルこけたら皆こけた」。アメリカはそれから2年半の間というもの、宇宙へ飛び出す手段を全く持たず、国際的にもずいぶん淋しい思いをした。

議会でも、「大型の計画ばかり追って、小さくても地道な努力が必要であることを忘れているのではないか」という批判が飛び出し、「日本の行き方に大いに学ぶ必要がある」などとも言われた。もちろん今では、この教訓に学んで、アメリカは再び使い捨てロケットを生産し始めた。

かつての宇宙科学研究所は、1970年の第1号衛星以来、大体1年に1機ずつの割合で、科学衛星を軌道に送ってきた。ロケットもあまり大きくはないし、予算の制約もあり、小粒ではあるが、そこは頭脳と特有の器用さで大型の衛星に決してひけをとらない成果を挙げ、「世界中の誰も予想しなかった速いペースで、第一線に躍りだした」(小田稔)と言える。行き当たりばったりではなく、こつこつと継続性のある計画を積み上げていくことがどんなに大事か、またそれを担う人間同士の絆がどんなに重要かを、宇宙研は大変雄弁に証明してみせたと言えるだろう。

チャレンジャー事故は、このそれまでの宇宙科学研究所の戦略の正しさを図らずも客観的に示してくれた。人の問題、計画の問題等、様々な障害が山積する中で、宇宙科学研究所本部となった現在も、従来にも増して自己の哲学と立脚点を固めていく必要があるのだが……。

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