第10章 たくましき仲間たち

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ようこう

太陽観測衛星「ようこう」は1991年8月に打ち上げられた。コロンブスから500年と銘打った国際宇宙年(ISY:International Space Year)の前年だった。ISYを記念する意味で、それまで実験班だけで愛称公募をしていたのを、一般の人々にも拡げようということになった。結果として全国から3,000通を越える投票があり、漫画家の松本零士さん等も入ってもらった選定委員会で、愛称決定の作業に入った。得票が最も多かったのは「にちりん」(日輪)だったが、何となく抹香くさいということで落選。最後まで残ったのは、「ひみこ」「かがやき」「ようこう」の3つだった。

「ようこう/SOLAR-A」

「ようこう/SOLAR-A」

委員の支持がいちばん多かったのは実は「ひみこ」だったのだが、いざ漢字をどうするかという段になってもめた。本来なら「卑弥呼」だろうが、これは難しすぎるという意見が出て、「日美子ではどうか」「何だか斎藤栄っていう作家の主人公に似てるな」などという往復があるうちに、何となくふるい落とされてしまった。

さて、選考会は外部からの委員のうちでも超多忙な松本零士さんのスケジュールに合わせて設定されたのだが、その日の朝になって松本さんから、「帯広で講演を頼まれていたのを忘れてまして」と電話がかかってきた。選考の最終段階で「かがやき」と「ようこう」が委員会の中でほぼ同数という展開になった時に、松本さんの欠席が効き、結局「ようこう」の勝利となったのである。会議への出席というのは大事なことである。

アメリカのように計画段階での名称がそのまま軌道投入後も使われるシステムと異なり、内之浦で採用してきたようなやり方には遊びの感覚があって、評判がいい。今後もこのゆとりを象徴するような命名劇が展開する時代の到来が期待される。

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