第10章 たくましき仲間たち

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熟練化と老齢化のはざまで

日本のロケットが公衆の前に姿を現わしたのは、1955年4月、都下国分寺で行われた「ペンシル」ロケットの水平発射だった。M-Vは、直径も長さも「ペンシル」の100倍以上に成長した。「ペンシル」の開発と実験に携わった人々はすべてロケットの一線からは身を退き、今は「ペンシル」以後の「ベビー」や「カッパ」を育てた世代もすべて引退した。

しかし宇宙の謎に挑戦する仕事が、多様で大量になってきたのに対し、人的には決してそれに比例した増員がなされていないのも事実である。少ない人数でこのような事態に対処するには、1人1人の人間がどんどん熟練度を加えると同時に、1人でいくつもの役をこなす以外には方法がない。こうして、現在のような、(外国の人が聞いたらびっくりするような)スペシャリストの集団ができあがってきたのである。

しかしこの熟練者たちも次々に少なくなってきた。細かい仕事をするには老眼鏡が必要だし、ハードな作業をこなすには体力の衰えが心配である。何とか若い世代を大量に獲得してフレッシュな戦力を育てながら、もっともっと宇宙に大胆に挑戦したい。

益々先鋭化する世界の宇宙科学の競争で立派な業績をあげることは、明日の日本を切り開くためにどうしても必要なことである。基礎科学を軽視して栄えた国はない。現在の経済力だけで進める距離は、この先それほど長くない。どっしりとした質の高い科学・文化を築くために、この科学の現場の人手不足は、是非とも解消したいものである。

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