第10章 たくましき仲間たち

カテゴリーメニュー

てんま

1984年2月半ば、「はくちょう」の次のX線天文衛星ASTRO-Bの打上げを数日後に控え、的川泰宣は内之浦のバー「ロケット」のカウンターでグラスを傾けていた。的川の両側には、X線天文衛星の世界のリーダーが2人、脅迫するように腰掛けている。小田稔と今回の衛星主任の田中靖郎である。

2人は衛星の愛称で迷っていた。そこでヒントとして星座の名前を的川に片っ端から言え、というわけである。「おおぐま」「こぐま」「カシオペア」「アンドロメダ」……あまり系統的とは言い難い方法で的川は列挙していた。ハッとするような名前が出てくると、3人でX線天文衛星に向いているかどうかを検討する。そしてまた次へ進む。「こと(琴)」と言ったところで的川はつけ加えた。

「てんま/ASTRO-B」

「てんま/ASTRO-B」

「この星座の主星はヴェガ、例の織姫星ですね。」田中が膝を打った。

「うん、いいな。こと座にはX線星も見つかってるし。どうですか、小田さん。」

「うん、いいね。これで行くか。」かくて翌日、命名の責任者である野村民也と協議の末に決定。一応文部省に報告の電話が野村から入れられた。ところがここから事態は意外な展開を見せることになった。

「おりひめ、ということにしようと思っています。」との野村の報告に、電話に出た文部省のお役人は、

「えっ、おりひめなんて何だか女工哀史を思い出して暗い気分になりますなあ。」

「それもそうですなあ。」

急転直下、白紙に戻ってしまった。その晩、前夜と同じ光景がバー「ロケット」で繰り広げられた。「おひつじ」「さんかく」「かに」「オリオン」……。今度は「ペガサス」で止まった。的川のコメント。

「ペガサスはいわゆる天馬ですね。朝鮮では千里馬かな。」

ここで小田と田中の合議で「てんま」という名前が誕生した。ところが、直後にひと騒動あった。新聞発表した後で野村が、広辞苑で調べてみたら「てんま」なんて言葉がない、と言い出したのである。あの羽の生えた馬は「てんば」と読むのが本当らしい。その場の雰囲気をなだめるように、「まあ、いいじゃないか。信州天馬峡ってのがあったから」と小田が言ったが、実は小田は三浦朱門に訊ねて「どちらでもいい」というお墨付きをもらっていたそうである。で、田中の好みで「てんま」に。

また外国向けにはTenmaかTemmaかという秋葉対田中の論争が起き、こちらの方はTenmaに決まった。

読みかけのページとして記録する

「読みかけのページとして記録する」について