[2020.2.11 国立科学博物館 日本館・講堂]
パネラー
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臼井 寛裕JAXA 宇宙科学研究所 |
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稲富 裕光JAXA 宇宙科学研究所 |
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船瀬 龍JAXA 宇宙科学研究所 |
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徳留 真一郎JAXA 宇宙科学研究所 |
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倉本 圭北海道大学大学院理学研究院 教授 |
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中須賀 真一東京大学大学院 |
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渡邊 誠一郎名古屋大学大学院 |
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津田 雄一JAXA 宇宙科学研究所 |
ファシリテーター
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森田 泰弘JAXA 宇宙科学研究所 |
はじめに
森田 今日は「おおすみ」からの50年の成果を踏まえて宇宙科学探査の未来を展望するという観点で議論したいと思います。
倉本 OTVや超小型衛星をうまく活用していく、というアイディアを拝聴し、理学の立場からできることが非常に増えるんだなあという実感を改めて持つことができました。一方で、今の宇宙探査ミッションを選ぶ枠組みでは、対応しきれないところもあるように思えました。非常にいいアイディアが出ても、今の枠組みだとそれを実現化する際、少し足枷になっている部分もあるという課題も発見させてもらった気がしています。
森田 宇宙科学を実行するためのツールとして、H-IIAロケット、それからH3ロケットで上げる「中型」とイプシロン級の「小型」があります。工程表では10年でそれぞれ2機とか5機とかそういう計画で進んでいるが、実際の機数がなかなか伸びない。そういう世界の中で、我々はどんどん自分たちの「質」を変えていかないと宇宙科学の未来はないという危機感が出始めています。
超小型衛星の良さ
森田 「質」を変えるツールとして超小型探査機というコンセプトをどうやって実現し、実行していくか、というのがまさに我々の真骨頂です。
船瀬 超小型のいいところは、高頻度にたくさん、繰り返しやるということです。繰り返して、「おおすみ」の頃のように、学習しながら成熟度を上げていくという発想でミッションを組み立てることができたら、もっと宇宙科学って楽しくなるし、いろんな人も参入しやすくなるのかなというふうに思います。
森田 「『おおすみ』は何回かの挑戦の末の成功だ」とか、「失敗とも成功とも言える」、「それは全部挑戦だ」という話がでました。大きな目標に到達する過程での出来事をどう考えるか、それが、まさに我々宇宙開発をやっていく人間のシステム的に一番大事なところだと思います。
中須賀 超小型衛星では、何でもそこでできると思わず、これは取っ払って、でもこれは実現するという、その感じがとても大事です。
それから、プロジェクトをプログラム化して、例えば1機目はまだ実証されていないコンセプトを実証する。2機目で例えば月くらいまで行って、少し高いレベルの技術実証をする。一番やりたいことを3機目で実行する。これだと、工学的にはすごく楽です。一歩一歩積み重ねていき、しかも早い段階からプロジェクトの成果を出せます。
この辺の仕組みを宇宙科学探査の中で作っていることが大事で、こういうシステムエンジニアリングの技術を身に付けていくことが大事だと思います。
森田 世界的にもそういう例が始まっていますか?
中須賀 アメリカではものすごい数のプロジェクトをしていて、いろんな技術を技術成熟度レベルの低い所から高いレベルに上げています。その中で本当に研ぎ澄まされた技術を、例えば JPL(ジェット推進研究所)の深宇宙探査をシリーズ化するとか、こういったことにつなげているということです。やっぱり、いきなり一発で、ということはやっていないのです。
超小型衛星のシステム工学
森田 例えば、3つめが最終目標だと、1つ目・2つ目は成功基準が単独の場合とは違ってきます。超小型衛星の長所を活かすために、このあたりを、体系化していくことは可能でしょうか?
津田 リュウグウを相手にして1年半の中で成果を挙げようというときに、相手が分からないところで一つ一つ成果を積み上げていく、これにはその場で学習していくような仕組み、それからチームメンバーが進歩していくような仕組みが絶対必要でした。見習ったのが、クイック・ターンアラウンドという素晴らしいやり方です。試しては失敗して直して、というのを繰り返してどんどん進化していく仕組みをうまく衛星開発でも活かせるようにできればいいと思います。
中須賀 超小型衛星は、まず衛星の基本的な機能の部分、バス技術をしっかりすることが必要です。例えば国内では、大学もベンチャーも、1か所か2か所の拠点が超小型衛星のバスをしっかりと作り、それをみんなが使い続けることでバスの技術がだんだん枯れてくる、きっちりと悪いところが直されていくという世界を作っていかなければいけない。
次に大事なのはミッション系技術です。これも、この大学はこれをずっと作り続けるとか、そこに研究開発費と、プロジェクトのときにはオーダー(発注)することで、そこがどんどん伸びていくということです。例えばカメラでいうと、東京理科大学の木村真一先生(理工学部電気電子情報工学科教授)のところは、もう「木村商会」というくらいカメラを作っています。同様に小型センサーの製作も、大学の拠点化の中でやっていく必要があると思います。ここは是非、宇宙研が音頭を取ってほしいです。
人材の育成について
森田 一方で、そもそもミッションの頻度が少ないので人も育たないという話がありました。
津田 頻度とともにレベルアップしていくような仕組みが必要だと感じます。私がプロジェクトのメンバーを探すとき大切にしたのは失敗している人です。失敗している人は成功するための閾値を知っています。失敗を経験した人たちが集まってたくさん議論をして物事を進めていけば、失敗はしにくくなると思っています。
逆に言うと、失敗体験をちゃんとできる場がなければならないし、宇宙科学をプログラム化するならば、そういう場にも一人一人にとってみたら成功や失敗をフィードバックできるような、そういう場が作れないかなぁというふうに思います。
森田 人やお金が足りないなど、いろいろな理由でミッションが単発にならざるを得ない部分があります。が、今後は系統立ててやっていくこと(プログラム化)が重要であって、成功に向けたチャレンジをする場と、最終的にチャレンジの要素は小さくして絶対に成功させるフェーズというようなグラデーションが必要だということですね。大きなチャレンジを実現していく上で、「プログラム化」というキーワードは今後ますます重要になると思っています。
渡邊 今日の話を聞いていても多少違和感があります。「頻度を上げる」ことは本当に可能なのでしょうか。スプートニクが上がったのが1957年、アポロで人類が初めて月に降り立ったのが1969年、12年後です。今や宇宙研のミッションは12年先というのはほぼ決まっていて、新たなミッションは立ち上げられない。その問題がここで一番考えるべきことのように思えます。やりたいことをどんどんやる、その活力が今なくて、この場にも非常に若い人が少ないことを一番危惧します。
民間・異分野・国際協調
森田 宇宙科学は、今の頻度では「発展」ではなく「維持」もしくは「衰退」です。この状態をなんとか打破したいという意味での「頻度の向上(チャンスの拡大)」です。イプシロンロケットと深宇宙OTVというコンセプトをセットにすると、ある種の「ブロック」で開発・運用ができ、例えば今より頻度も2倍くらい上がる。今まで単発でやっていたことをプログラムとして実行するチャンスです。
渡邊 年に一度ロケットを打てば昔の元気のいい宇宙研が取り戻せるというのは、僕は幻想ないしはノスタルジーに過ぎないと思われます。そうではなくて、一年に一回打ちたくなるくらいいろいろなミッションの提案をしていくことがすべきことだと思います。
中須賀 そのとおり。そのためにこそ軌道間輸送機は非常に大事な概念で、要は深宇宙における、ある種のロジスティクスのインフラですよね。これはやっぱり作っていく必要があるだろうと思います。一つ作ることによっていろんな国にメリットがあります。国際協力の枠組みで推進することになるでしょうが、日本は主導権を取るべくコンセプトをどんどん出して、ある種のイニシアティブを日本がとれれば、我々は非常に有利になります。
徳留 まずは自分たちで意見を持って、同志を募るということじゃないかなと思います。なので、我々が活発にそういう活動を展開している中で、海外の人たちが「俺達も一緒にやりたい」というふうに言ってくれるのがいいのではないかなと、私は個人的に思います。
中須賀 確実に日本が強い技術を持ってなきゃいけないということですよね。
徳留 その通りです。これまでに蓄積された技術というのはしっかりありますし、おそらく私の認識が間違っていなければ、やればできるだろうと。
稲富 国際宇宙探査では、民間の活動の中に我々がやりたいことをもぐり込ませる、一緒にやるという考えも必要でしょう。
臼井 超小型衛星や、プログラム化というアイディアに加え、それを支える「パイ」を拡大していくという観点もあったらいいなと常に思っています。「民間」、「国際化」は新たなパイになりえます。それから他の学問業界も新たなパイです。
森田 それはものすごく大事な視点で、数年前からJAXAも「開かれたJAXA」といって、いろいろな方面の皆さんと連携を深めていますけれども、まさに異分野とか民間の皆さんとの連携というのはこれから大事なテーマですね。
まとめ
森田 民間の皆さんがロケット開発でも月探査でもやる時代に我々は一体何を期待され、何を目指していくのか、という観点で最後に話をしたいと思います。それは世界初・世界一と誇れるコンセプトを掲げ、何が何でもやりぬき、新たな世界を切り拓いていくということに尽きると思います。繰り返しになりますがそのためには人材が最も大事な要素です。日本の宇宙科学は一体これから何をやっていくべきか、それを実行するために必要な体制をまず先に定義し、そこから逆算して分野ごとに人を採っていくような仕組みを作ろうとしているところです。
中須賀 やはり、技術と人材のプールをしっかり日本に作っていくということが必要です。それはおそらく紙の上でいろいろ議論するというのではなく、実践の場で培っていくものです。そういう場を数多くして、その中で人材と技術がちゃんと日本にあり、それを使っていろんなことができていくという、このベースを作っていくということがとても大事だと思います。
それからもう一つは、プロジェクトにおいて、「失敗したらもう絶対ダメだ」というコンセプトはやめた方がいいと思います。本当にきっちりやって挑戦して、それでも失敗したミッション、それは「失敗」ではありません。それは次につながる、とてもいい、ある意味での「成功」なんだと思って、失敗という言葉にあまり影響されないような、そういう宇宙研であって欲しいなというふうに思います。
倉本 「挑戦」できる環境作りはやはり非常に重要です。今そこが弱くなっているような気がしますので、皆さんと一緒に議論をして、うまい仕組みを作っていければというふうに思っています。
徳留 「失敗」と「挑戦」。これはまさに体で覚えることです。仮に何か失敗してもそのままその計画が終わってしまうというふうにならない程度の小さい計画をたくさん立てて、体験を積み上げてもらうような機会を作るのがいいと思います。これからは民間との協調が鍵になると思っています。ただ、民間との協調は、こちら側に相当の実力がない限り「協調」になりません。そのための実力を鍛えていくような計画を、意識的・連続的に生み出していくということを、肝に銘じてどんどんやっていきたいです。
船瀬 「はやぶさ2」とか「はやぶさ」というのは世界から見たらありえないことをやってのけているわけですね。そういう精神を表現すると、例えば「やんちゃなミッションをやる研究所」みたいなコンセプト、挑戦を楽しむとか、たまにちょっと失敗をしてでも、世界があっと驚くようなそういうことをできるような研究所になるといいかなと思いました。
稲富 宇宙科学研究所は、とんがったこと、奇抜なこと、でもいつかはそこを目指したいという意欲あふれる研究所であることを期待しています。何かと制限が多いのですが、その状況でも、より先の、例えば50年先のことを考える人が多くいる組織になることを期待しています。
津田 失敗にも「いい失敗」と「悪い失敗」というのがあり、「いい失敗」は次につながります。そういう、いい経験は、失敗であれ成功であれ、チーム、組織、あるいはコミュニティで共有していけば、もっと、成功だけでなく成長できる「伸びしろ」があるんじゃないかなというふうに思いました。先ほどのお子さんがすごく印象な質問を投げかけてくれ、嬉しくもありました。「サンプルリターンで冥王星に行けますか?」という質問です。我々は無意識に「いや、それはさすがに無理だよ」と思ってしまいました。だけど、重力天体・サンプルリターン・より遠くへ、といったら、冥王星ですよね。そういう新鮮な考え、発想、アイディアというのを取り入れてこそ、50年後の宇宙科学があると感じました。
森田 「宇宙研所長賞」の中に、「いい失敗部門」というのを作ったらどうでしょうか? それから、「一瞬聞いたら笑っちゃうくらい難しそうなミッション賞」とか、そういうものを考えたら面白い。これからも大きなチャレンジを後押ししていきたいですね。