「あらせ」成功の背景にあるもの
さまざまなミッションに携わってこられたそうですね。
火星探査機「のぞみ」、月周回衛星「かぐや」、小型実証衛星1型「SDS-1」、国際水星探査計画BepiColomboの水星磁気圏探査機「みお」、ジオスペース探査衛星「あらせ」など、多くのミッションに携わってきました。現在は、深宇宙探査技術実証機DESTINY+のプロジェクトマネージャを務めています。その中でも、立ち上げから中心となって関わった「あらせ」には、特に思い入れがあります。
「あらせ」は、どのような衛星ですか?
地球周辺には高エネルギーの電子が充満した領域があり、放射線帯と呼ばれています。放射線帯の発見から60年以上たちますが、高エネルギーの電子がどのように生成されるのかは、まだはっきり分かっていません。そこで、高エネルギーの電子がつくられる過程を、その場で直接観測し、その機構を明らかにしようというのが、「あらせ」です。
しかも「あらせ」は、放射線帯の中心部を通る軌道を周回する衛星です。この領域は高エネルギーの電子が特に集中しているため、観測機器のバックグラウンドノイズが大きくなることが懸念されていました。しかし「あらせ」の観測機器は、放射線帯の中でも正確に計測するために、センサー自体でバックグラウンドノイズを除去できるように設計されています。そのため、とてもきれいなデータを取得できていて、高エネルギー電子の生成過程の一端が明らかになりつつあります。
こうした科学的な成果はもちろん、2016年の打上げ以降、軌道上での大きな不具合がゼロということも、「あらせ」のすごい点です。
「あらせ」成功の背景には、どのようなことがあったとお考えですか?
実は、地上試験の終盤で大きな不具合が出ました。その日は試験が予定より早く終わったため、メーカーの人から「こんな試験をやってみますか」と提案があり、それを試した際に発生したのです。解析の結果、その不具合が起きる確率は1万回に1回でした。今回は打上げ前に対策できましたが、仮に打上げ後に発生していたら、衛星は即、運用終了となっていたでしょう。
「高島さんは不具合が出ると、ニコニコしてうれしそうですね」と言われたことがあります。私にとって初めて衛星開発に携わった「のぞみ」は、火星周回軌道に入れることができませんでした。ほかにもさまざまな失敗を経験してきたからこそ、地上で不具合を出し切ることが、どれほど重要かを知っています。だから、「今ここで不具合が出てよかった」と思うんです。
起こり得る不具合を徹底的に想定し、試験し、対策を取る。「あらせ」では、それを最後の最後までやり切ることができました。「あらせ」のメンバーにはさまざまな衛星を経験してきた人が多く、人に恵まれていたことも、成功に導いた大きな要因だったと思います。

DESTINY+のターゲットは不思議な小惑星フェートン
プロジェクトマネージャを務めているDESTINY+について教えてください。
DESTINY+は、ふたご座流星群の母天体である小惑星フェートンのフライバイ探査を行います。フライバイ探査とは、目的天体の近くを通過しながら探査する方法です。
フェートンが軌道上にダストをまき散らし、地球がその軌道を横切るとダストが大気圏に突入して輝き、毎年12月にふたご座流星群が観測されるのです。こうしたダストが、地球に有機物をもたらすのに大きな役割を果たしたと考えられています。ダストは小さくて軽いですが、年間4万トンも地球に降り注いでいるんですよ。
DESTINY+はフェートンのフライバイ探査時だけでなく、フェートンへ向かう惑星間空間でもダストの分析を行います。そして、フェートンが放出するダストがどのような経路で地球に降り注いでいるのか、その過程で化学組成はどのように変化するのかを明らかにすることを目指しています。
フェートンを探査対象に選んだ理由は?
フェートンは小惑星に分類されていますが、彗星のようにダストを出している不思議な天体で、活動的小惑星とも呼ばれています。フェートンは、黄道面に対して大きく傾いた細長い楕円形の軌道を1.43年の周期で公転しています。水星軌道より内側に入って太陽に熱せられ、外側に行って冷やされます。膨張と収縮を繰り返すことで、もろくなってダストを出すのではないかと考えられていますが、よく分かっていません。
小惑星でありながらダストを出している機構を明らかにするため、DESTINY+はフェートンから500kmという至近距離を高速で通り過ぎながら2台の望遠カメラでフェートンの表面を観測します。その観測だけでは完全な決め手にはなりませんが、ダスト放出の機構を明らかにするピースの1つを見つけることができればいいなと思っています。
なんちゅうミッションだ!
「あらせ」とDESTINY+では、対象が大きく違うのではありませんか?
そうなんです。私の専門は、高エネルギー粒子の観測なので、小惑星探査は専門外でした。大学・大学院時代は、原子核工学の研究室で、加速器実験で用いる高エネルギー粒子の検出器の開発をしていました。その検出器を衛星に載せませんかと声が掛かり、「のぞみ」に関わるようになったのです。その後も、複数の観測装置を統合制御するミッションデータプロセッサを開発して「みお」や「あらせ」に搭載してきました。すると宇宙研の中で私は、高エネルギー粒子の研究者というよりも、工学の人というイメージが大きくなっていたようです。
DESTINY+に搭載する観測機器の開発は、千葉工業大学が中心となって進めています。これまでの経験を活かして観測機器の開発をサポートしてくれないか、ということで声が掛かりました。それが、気が付けば「あれっ、一番前にいるよ」となっていたんです。
自分から手を挙げて参加したわけではなかったのですね。
最初にミッションの概要を聞いたときは、「なんちゅうミッションだ!」と思いました。フェートンは黄道面に対して大きく傾いた軌道を持っているので、黄道面付近を飛行する探査機が観測できるチャンスは1.43年の公転周期の間で2回しかありません(うち一回は水星軌道の内側なので事実上1回ですね)。そのタイミングで探査機がフェートンの近くを高速で通り抜けながら観測しなければならないなんて、普通はやろうと思わないでしょう(笑)。NASAも計画したけれども諦めたと聞いています。でも宇宙研らしいミッションと思ってしまったんですよね。
難しいミッションを可能にするポイントは?
このミッションで誰が一番すごいって、軌道屋さんだと思います。さまざまな条件をクリアしてフェートンのフライバイ探査を可能にする軌道を見つけてくれました。
そして、それを支えるのがイオンエンジンです。従来の化学エンジンの場合、短時間の噴射で一気に軌道を変えられますが、推力が大きい分、その方向へ飛行し続けることになり、細かい軌道制御はできません。イオンエンジンは、推力が小さいので一気に軌道を変えることはできませんが、長時間噴射し続けることで精密な軌道制御が可能となります。
DESTINY+ではイオンエンジンを4台同時に運転するため、大きな電力が必要です。従来の太陽電池パネルでは重くなってしまい、飛行できません。そこで、新たに開発した軽い薄膜太陽電池パドルを搭載します。それによって、イオンエンジン4台を同時に運転して、軌道を高精度で制御できるようになりました。
DESTINY+は理工一体ミッションと言われています。
昔の宇宙研では、理学と工学の境はほとんどなく、まさに一体となってミッションをつくり上げていました。DESTINY+の場合、その時代の理工一体とは少し違い、工学実証機に理学観測が相乗りするというものです。イオンエンジンによる軌道制御など工学技術が実証されることで、理学の観測が実現する。それがDESTINY+の理工一体であり、今の時代に合った形ではないかと思っています。
地球接近小惑星アポフィスの探査も追加
DESTINY+の打上げ予定は?
2025年度にイプシロンSロケットで打ち上げる予定でした。しかしイプシロンSロケットの開発が遅れ、フェートンのフライバイ探査を達成するには打上げロケットの変更が必要になりました。
そうした中、ESAの小惑星探査機RAMSESをH3ロケットで2028年度に打ち上げることが決まったのです。RAMSESは2029年に地球に大接近する小惑星アポフィスを探査し、宇宙研は熱赤外カメラと薄膜軽量太陽電池パドルを提供することになっています。そしてH3ロケットにスペースがあるので、DESTINY+が相乗りとして打ち上げられることになりました。
打上げロケットの変更によって探査計画も変わってくるのでしょうか?
相乗りのため、DESTINY+はRAMSESと同じ方向に打ち出されます。ならばアポフィスも観測しよう、ということになりました。望遠カメラでアポフィスを観測し、その結果はRAMSESの観測計画に役立てられ、地球防衛に貢献できます。
もちろん、軌道設計はやり直しです。しかも、観測するのならばRAMSESより先に行きたい。だけれども、フェートンのフライバイの日付は変えられない。問題が生じたときのために代替の軌道が用意されていないといけない。そんな無茶な要求に対して、軌道屋さんは頑張って軌道を探し、ほぼ解が見つかっています。すごいですよね。
最初は、「なんちゅうミッションだ」と思いましたが、今ではワクワクしながら取り組んでいます。

経験機会の減少を「伝える」ことで補う
さまざまなミッションを進めてきた中で、ご自身の強みはどういう点だと思われますか?
最後まで笑っていることかな。追い込まれることもあります。しかし、ミッションを引っ張っている自分が「大変だ」という雰囲気を出したら、周りは不安になるでしょう。だから、楽しくやっていることを見せないといけない。まあ、本当に楽しいのですけれどもね。
今後やりたいことはありますか?
高エネルギー粒子ということでは、木星や土星で観測したいですね。木星と土星にも放射線帯があります。その環境は、地球と同じなのか、あるいはどう違うのかを明らかにしたいです。
もう一つは、伝えることです。
伝えるとは、どういうことですか?
地上で不具合を出し切ることが重要だと言いましたが、昔は時間を気にせず、時には24時間通して試験をやっていました。でも今それをやっていたら、おそらく失敗すると思います。時代に合ったやり方を見つけていかなければいけないのだと思います。昔は、良くも悪くも経験がたくさんできました。今は、経験する機会が減っています。そこを補うものが、伝えることかな、と思うのです。
伝える方法の一つが、文書化することです。文書化しておけば、今ならばAI技術を使って情報を整理したり、有益な情報を抽出したりもできます。ただし、文章に書かれていることについて、「なぜ、この基準をつくったのだろう」「これで本当にいいのだろうか」と考えることも必要です。文章にすると陳腐化してしまいがちですし、人にひも付いているノウハウも多くあります。やはり、人から人へ言葉で伝えることも重要でしょう。
私は若手にいろいろ言っていますが、どれも自分が失敗してきたことです。失敗を経験すると、次に同じ失敗をしないように注意します。ところが最近は、経験する機会が減ったことに加え、大成功を収めるミッションも増え、うまくいくことだけを想定しがちです。このままでは、どこかで失敗しかねません。だからこそ、自分の失敗の経験を伝えていかなければ、と思うのです。もちろん成功の喜びについても。ただし、「また、うるさいことを言っている」と思われないように、伝え方にも気を配らないといけないですね。

唯一、ミッションを忘れられるとき
休みの日はどうされていますか?
休むということを、あまり考えてこなかったんです。だから、休日に映画や動画を見ていても、「あそこの設計をこうしたらどうかな」とか、つい考えてしまうのです。でも最近、このままではよくないと思い、地元の阿波踊りグループに入りました。
太鼓を叩いています。簡単にできると思っていたのですが、意外と難しい。しかも、ほかのことを考えると、リズムがずれてしまいます。だから、太鼓を叩いているときは、ミッションのことが頭の中から消えるんです。いい趣味を見つけました!
【 ISASニュース 2026年2月号(No.539) 掲載 】(一部加筆)

